この人に聞きたい│孫崎享さんに聞いた(その1)日中領土問題で得をしたのは誰なのか?│マガジン9

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2012-10-10up

この人に聞きたい

孫崎享さんに聞いた(その1)

日中領土問題で得をしたのは誰なのか?

孫崎享さんの近著『戦後史の正体』は、日本の戦後史を対米関係の観点から読み解く、衝撃的な内容でした。領土をめぐって日中・日韓関係が緊張し、一方、沖縄や岩国では、反対の声が高まる中でオスプレイ配備が強行。こうした状況は、どんな背景から生まれてきているのか。じっくりとお話を伺いました。

まごさき・うける
1943年生まれ。1966年東京大学法学部中退、外務省入省。駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を経て、2009年まで防衛大学校教授。今年7月に上梓した『戦後史の正体』(創元社)が話題になり、20万部を超えるベストセラーに。ツイッター(@magosaki_ukeru)では約5万人のフォロワーを持つ。『日米同盟の正体―迷走する安全保障』 (講談社現代新書)、『日本の国境問題―尖閣・竹島・北方領土』(ちくま新書)、『不愉快な現実―中国の大国化、米国の戦略転換』(講談社現代新書)など著書多数。

領土問題もオスプレイも全て関連している
編集部

 尖閣諸島や竹島などの領土問題、オスプレイの配備に象徴される日米問題など、今、日本の政治はコントロール機能を失っていると感じます。こうした一連の動きは、全て関係し合っているのでしょうか? 

孫崎

 そうですね。なぜこのような事態になったかを理解するために、まず尖閣諸島のことから話しましょう。尖閣問題は、捉え方に2つの路線があります。「日本固有の領土であるから、断固として領有権を確保しようとする道」と「お互いが領有権を主張しているから、紛争にならないようにどうするか考える道」です。
 今、日本国民のほとんどが前者の捉え方をしています。尖閣諸島が日本固有の領土であることは国際的に何の問題もなく、中国がいちゃもんをつけてきている、ということです。しかし、実は領土問題の"土台"となる事実を知っている人はほとんどいません。

編集部

 領土問題への関心は高いけれども、領土問題をめぐる史実や国際条約については、知りませんね。

孫崎

 戦後史を見ていく上で、一番大切なのは、ポツダム宣言なんです。1945年8月、日本が受諾したポツダム宣言の第8条には"「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルヘク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルヘシ"と書かれています。つまりカイロ宣言(1943年)の履行を求めているわけです。
 では、カイロ宣言にはどう書かれているかというと、"日本国カ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコト"とあります。日本が中国から奪った領土を全て返還しなさいということです。日本が尖閣諸島を併合したのは1895年でカイロ宣言より前ですから、本来、返還しなければならない可能性があります。

編集部

 そうなりますね。

孫崎

 同時に、ポツダム宣言で連合国側が求めているのは、「本州、北海道、九州、四国は日本のものだけど、その他の島々は我々が決定する諸小島に極限せられる」ということです。連合国側が決定していないものは日本の領土ではないことになりますが、アメリカは領有権問題について中立の姿勢で、日本側・中国側のどちらにもつかないと言っています。したがって、尖閣諸島が絶対に日本のものと言えるかどうかが、かなり危ないんですよ。

編集部

 そうした史実を土台にすると、先ほどおっしゃった2つの路線が問題になるのですね。

孫崎

 断固として領有権を守る道か、紛争にならないように考える道のどちらかですね。後者に関しては、いわゆる「棚上げ論」になるわけですが、「棚上げ」が持つ意味合いを理解するためには、中ソ国境紛争(1969年3月、国境にあるウスリー川の小島の領有権を巡って起こった大規模な軍事衝突)を知る必要があります。紛争が起きてすぐ、両国とも30〜40人の死者がでましたが、その後、エスカレートして場合によっては核戦争も辞さないとすら言われました。しかし、その状況のなか「川の上の島のことで戦争をするのが、中ソ双方にプラスなのか?」という話になっていきます。

 そもそもこの紛争が起こったのには、同じ年に、中国の内政で非常に重要な動きがあったことが関係しています。1969年4月に、中国国防大臣の林彪は、毛沢東国家主席の後継者に指名されました。つまり、中ソ国境紛争を起こしたことが、林彪にとって政治的にプラスになった。紛争などが起これば、国防大臣はやはり重要だということになりますから。いわば、意識的につくられた紛争だったのです。
 しかし、その状況に危機感を抱いた周恩来首相はソ連のコスイギン首相と会談し、「当面、この問題は棚上げにしよう」と同意しました。その知恵が、1972年の日中国交正常化の際、田中角栄首相と周恩来首相との会談でも用いられたのです。
 このとき、周恩来首相は、「小異を残して大同につく」と言って、尖閣問題を棚上げしました。さらに、1978年の日中平和友好条約の制定時にも、鄧小平副首相が「我々の世代に解決の知恵がない問題は次世代で」と語り、尖閣問題は再び棚上げされています。
 つまり、棚上げ論というのはある領土をお互いが「自分のものだ」と言っている状況で、いかに紛争にまでならないようにするかという、そのために出てきた知恵なんですね。

2010年の中国漁船衝突事件が転換期
編集部

 今回の尖閣問題では棚上げ論があまり語られず、勇ましい意見ばかりが目立ちます。

孫崎

 このところの日中問題の始まりは、2010年9月に尖閣諸島付近で起きた中国の漁船衝突事件(2010年9月、尖閣諸島付近で操業中だった中国 の漁船が、それを取り締まろうとした日本の海上保安庁の巡視船と衝突した事件)にさかのぼります。多くの日本人は、この事件を中国側に問題があると思い込んでいますが、実はハッキリそうとは言えません。日本の法律の使い方に変化があったからです。
 2000年に発効した「日中漁業協定」は、仮に中国が違反にあたる漁業をした場合、日本は拿捕するのではなく退域を求めることを定めています。それでも解決しなければ、中国側が処分する。以前から船の不法侵入は度々あったのですが、この日中漁業協定によって大事にせず対処していました。
 ところが、この2010年の事件のときには、日本は日本の領海に入り込んだ中国漁船を捕まえて臨検しました。これは日本の国内法である「漁業法」を適用したからです。国内法では、違反した船に対して乗り込んで調べることが認められています。日中漁業協定とは、対処法が全く違うんですね。

編集部

 二国間の漁業協定ではなく国内法で対処しよう、と方針が切り替わったのはいつなのでしょうか?

孫崎

 鳩山内閣が終わって菅内閣になってからです。菅内閣は、2010年5月に発足してすぐ「尖閣諸島は日本固有の領土であって、国際法的に何の問題もない」ということを閣議決定しました。中国漁船問題が起きる前ですね。その時点から国内法で粛々とやるという方針になっています。当時、国土交通大臣は前原誠司さんでした。彼の命令によって、中国漁船は拿捕されたのです。
 そのあたりから、今の問題は始まっている。だから、なぜその「切り替え」が起こったのかが非常に重要なんです。

すべてがアメリカにプラスの方向に動いた
孫崎

 そして、これは多くの人が気づいていないことですが、この事件をきっかけに、日米関係は大きく変わりました。

編集部

 日中関係の変化が、日米問題にどう影響したのでしょうか。

孫崎

 1つは、2010年11月の沖縄県知事選挙です。この時は、現職の仲井真弘多さんと伊波洋一さんが拮抗していましたね。ひょっとしたら伊波さんが勝つかもしれないと言われていました。伊波さんはずっと普天間基地の県外移設などを訴えてきた人ですから、もしも伊波さんが勝ったなら、沖縄の基地問題の状況は今とはすっかり違うものになっていたでしょう。ところが、中国漁船問題が起きた後の選挙で、かつては県内移設容認を表明していた仲井真さんがスーッと勝ちました。
 同じ年には、米軍への「思いやり予算」の改訂も行われています。その前の改定では若干、減額をして3年の延長となっていましたが、菅政権は減額なしの5年延長を決めました。もしも中国漁船事件が起きていなければ、これについても世間的にもっと厳しい見方をされたかもしれません。
 また、アフガニスタンの復興支援策として自衛隊医官を派遣する構想もありました。これについては、社民党の福島瑞穂さんが反対をして終わりましたが、派遣される可能性があったということです。それから、武器輸出三原則を緩和する動きもありました。これも、このときは最終的には社民党の反対によって見送られましたが…。
 このように、中国漁船事件を契機に、日米間のさまざまな問題が、オセロゲームのようにすべてアメリカ側にとって有利な方向に動いたのです。今、中国が軍事的にどんどん台頭してきた中、アメリカは国家予算の逼迫で国防費の減額を迫られています。そこで韓国、日本、台湾、ベトナム、フィリピン、それからオーストラリアで、中国包囲網を作ろうとしていますが、そのためには各国に強い対中敵視がなくてはなりません。尖閣諸島の緊迫というのは、アメリカの軍事関係者にとってはプラスなことなのです。

編集部

 菅政権は、アメリカにプラスになるとわかっていて、日中漁業協定ではなく国内法で対応したのでしょうか? それとも偶然ですか?

孫崎

 偶然ではありません。現場で動かされている人間はともかく、仕掛けている立場の人はわかっていたはずです。海上保安庁に国内法を適用するように言った前原さんは、おそらくわかっていたでしょう。前原さんはかなり強硬に「中国の漁船を拿捕しろ」と言っていました。彼にアメリカ側からのプレッシャーがかかっていたことも、十分にあり得ます。当時、アメリカ側は「日本は法治国家だから釈放するな」と言っていました。日本の中国との緊迫が長引くことを期待していたのでしょう。

アメリカが秘密保全法を作らせたい理由
編集部

 また、この事件の際の、衝突ビデオ流出問題がきっかけになって、秘密保全法(外交・安全保障などの特別秘密情報の漏洩を罰する法律)が作られようとしています。

孫崎

 秘密保全法は、2005年に日米安全保障協議委員会(2プラス2)が発表した中間報告書「日米同盟:未来のための変革と再編」と非常に密接に関わっています。この報告書には、イラク支援など国際的安全保障関係の改善のために、日米が共同で行動すると書かれています。しかし、ここで言われている「集団的自衛権」は、国連憲章が定めた集団的自衛権とは、まったく違うものです。
 国連憲章では、集団的自衛権について「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合」の「個別的又は集団的自衛の固有の権利」と述べていますが(51条)、「日米同盟:未来のための変革と再編」では、攻撃をされていなくても相手を排除することになっています。わかりやすい例で言えば、サダム・フセインの存在が国際的安全保障環境にマイナスと判断すれば、フセインが他国を"攻撃していなくとも"排除できるという意味です。そうした考え方に今、日本が乗っかろうとしています。
 仮にそうなったら、日米二国間で交わされる情報量はものすごく増えます。情報の管理を厳重にするために秘密保全法が必要だというわけです。秘密保全法は、日米軍事協力が一段と進んでいくことと並行して出てきた法案なのです。

編集部

 日本がアメリカと一緒に戦争をするための法整備だということですね。

孫崎

 それだけではありません。先日、農林水産省の対中輸出促進事業に関する情報が、外部に流出したという事件がありましたね。しかし、中国で農産物等をより積極的に売るための日中協力のプロジェクトなのですから、本当は秘密情報でも何でもないはずです。しかし、この問題で鹿野道彦農林水産大臣は辞任に追い込まれました。鹿野大臣はTPPに反対していた人物です。秘密保全法のような法律は、このような形で政治目的を達成するために使われる危険性があります。

編集部

 対米従属派でなく、自主自立を目指す政治家は、この法律でいとも簡単にやられてしまいますね……。

孫崎

 特に危険なのは、この法案は総理大臣・外務大臣が対象外になっていることです。政府が情報操作をしようとして、いくらしゃべっても罪に問われませんが、政府にとって不利な情報を流した人はアウトなんです。

編集部

 怖いですね。政府は、秋の臨時国会に秘密保全法案を提出しようとしていますが、そのまま通る可能性はあるのでしょうか?

孫崎

 これほど右傾化した日本の社会だと、法案成立の可能性は十分にあります。今回の自民党総裁選の候補者は全員右派ですし、維新の会のこともあります。これまでだったら、日本の政治の中枢は基本的にリベラルで、例えば自民党でも宮澤喜一さんは「日米関係は大事」と言いながら、軍事協力は否定していました。竹下登さんも、「経済は大事」としつつアフガニスタンへ自衛隊を送るようなことには絶対反対でした。しかし、そういう人たちはいつの間にか自民党の中からいなくなってしまいました。

編集部

 なぜそうなっていったでしょうか?

孫崎

 色々なことが関係していますが、マスコミの影響というのは非常に強いと思います。よく言えば対米協力派、悪く言えば対米従属派の政治家を、マスコミは徹底的に持ち上げます。一方、そうでない人たちは全く報道しない。橋下徹大阪市長は、まだ国政に何の影響も持っていないにもかかわらず、彼が代表を務める「維新の会」の政策集、維新八策は報道で大きく取り上げられました。しかし、同じ時期に「国民の生活が第一」が出した綱領については何も報じられません。

編集部

 マスコミが日本社会を対米従属化させ、またアメリカの戦争を支持するよう右傾化させているとも言えるわけですね。

孫崎

 ただ、原発との関係で非常におもしろい現象が出てきています。福島第一原発事故が起きて、多くの市民が政治家、学者、マスコミの言っていることには正しくないことがあると、初めて気づきました。そういった市民の力が、政治を変える動きを見せています。
 例えば、浜岡原発が止まっているのは、一般の人たちの反対がそうさせたわけです。首相官邸前のデモが続いていることもあって、民主党は次の選挙に向けて、「原発ゼロ」を公約にしようとしました。あの公約はまったくの詭弁で、単なる選挙目当てでしかないとしても、原発ゼロを掲げようとしたのは事実です。
 オスプレイの問題もそうです。当初、野田首相は「あくまで運用の問題」と言っていましたが、世論の約70%が配備に反対した結果、150メートル以下の低空飛行はしない高度制限が運用ルールに盛り込まれました。一般の人たちが声を出すことが、プラスに動き始めています。

(聞き手 塚田壽子 写真・構成 越膳綾子)

『戦後史の正体』(創元社/孫崎 享)
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その2へつづきます

一見、別の問題のようにも思える領土問題や基地問題、
そして秘密保全法の問題までが、実は深く関連し合っている。
その背景を、しっかりと把握し、読み解くことの重要性を痛感させられます。
次回、鳩山政権はなぜ失脚したのか? について伺います。

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