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2011-03-30up

伊藤真の「けんぽう手習い塾・リターンズ」

【第8回】最高裁大法廷での違憲状態判決について
(その1)

●東日本大震災について

 2011年3月11日(金)、午後2時46分に東北・関東地方でかつてない大地震が発生しました。その後、地震により生じた大津波が各地を襲い、多くの方が犠牲になりました。また、原発の問題によって避難を余儀なくされた方も多くいらっしゃいます。 被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

 そして、2週間以上が経過した今現在も大きな余震が続き、復興もままならない状況が続いているとは思いますが、1人でも多くの方が、1日でも早く日常の生活に戻れるよう心より願っております。こうした困難に直面したときこそ、それぞれが各自の役割を果たし、自分にできることを自分の頭で考えて行動することが必要となると考えています。

 私も出来ることを一つずつ淡々と、そして確実にこなすだけです。節電や被災地に住まわれている400名を超える塾生のフォローなどはもちろんですが、この国を真の代議制民主主義国家にする、すなわち、1人1票を実現する活動を継続して行っていくことが私に与えられた役割だと思っています。震災復興とともに1人1票を実現し民主主義を機能させることが新しい日本を創造するうえで不可欠の条件だと考えるからです。

 後述する最高裁大法廷での違憲状態判決を踏まえ、一部の国会議員から、「判決に従うと被災地を選挙区とする議員の数が減ることになり、被災地の声が国会に届かなくなるのでないか」という意見があるとの記事を目にしました。しかし、決してそうではありませんし、そうあってはなりません。

 これまでのコラムにも書いたとおり、そもそも現時点で被災地の方々は平等に1人1票を持っていません。国から冷遇され差別されているという現状をしっかりと認識すべきです。例えば参議院でいうと、岩手0.44票、宮城0.51票、福島0.59票、茨城0.40票、千葉0.29票です。これを文字通り「1人1票」にすることによって、被災地の声が国会に届かなくなることはありません。仮に西岡議長案では東北ブロックからは18人となります。

 どんなに被災地区選出の国会議員を増やしたところで、それによって復興が進むとはとても思えません。また、被災地以外の選挙区出身の国会議員が被災地の人々のことを無視して国政をするのでしょうか。今回の震災は正に国難なのですから、その復興策は単に一地方の住民の利益に関する問題ではなく、日本全体の問題だといえます。

 どこ出身の国会議員であろうと、被災地を訪れて被災者の声を聞くなど被災地の実情を把握し、全国民の代表として選挙区に関係なく復興策を議論できるはずです。そのためにも、被災地の方を含め、全国民が文字通り「1人1票」の選挙権、すなわち政治に対する影響力を持つことが重要なのです。

●2011年3月23日 最高裁大法廷判決について

 先週の水曜日に最高裁大法廷で2009年8月に実施された衆院選の1人1票実現訴訟の判決がありました。当日は計画停電の影響で交通網が乱れる中(しかも平日です!)、100名を優に超える人が傍聴に駆けつけました。そして、大勢の傍聴人が法廷内で見守る中、判決骨子が読み上げられ、下された判決は『違憲状態判決』でした。1994年に小選挙区制度が導入されてから初の違憲判断です。

 最高裁大法廷は、投票権の価値の平等、すなわち、1人1票の実現を阻む主たる要因ともいえる「1人別枠方式」(衆議院議員の定数を配分する際に、まず都道府県に1人ずつ割り振り、残りの定数は人口比例によって配分すること)を『憲法の投票価値の平等の要求に反する』とし、これを廃止するなど『できるだけ速やかに本件区割基準中の1人別枠方式を廃止し、……、投票価値の平等の要請にかなう立法措置を講ずる必要がある』としました。

 しかも、『合憲』と判断した裁判官は1名に過ぎず、12名の裁判官が『違憲状態』、2名の裁判官は『違憲違法』であるとしました(判決の種類については、〈その2〉で説明します)。

 この判決は歴史的判決ともいえるもので、そう評価できる理由をいくつか挙げて説明しましょう。
 第一に、今までの最高裁の判例から、衆議院では3倍以内の格差(1:0.33票)なら、合憲であるといわれていた一種の定説のようなものを完全に否定したことです。今回の選挙の最大格差は2.3倍(1:0.43票)でしたから、一つの大きな壁を打ち破ったといえます。

 次に挙げられるのは、いわゆる何倍という基準を違憲判断の理由にしていないことです。つまり、今回の最大格差は上述のように2.3倍だったのですが、仮に最高裁が判決で『2.3倍だから、憲法に違反する』といえば、国会は2.3倍未満にすればよいと解釈し、例えば2.2倍とか、もうちょっとは是正して2.1倍ぐらいにしておけばいいのではないか、という具合に小手先の修正をする可能性が高く、現に今まではそういった状況が長く続いていました。ですので、今回の判決が基準を何ら示さずに違憲の判断を下したことは高く評価できます。

 また、数年前に最高裁自身が合憲と判断していた「1人別枠方式」を今回は明確に憲法に違反するとしたことも評価できます。判決では、過疎地への配慮という趣旨で導入された「1人別枠方式」によって選出された議員であっても『いずれの選挙区から選出されたかを問わず、全国民を代表して国政に関与することが要請されているのであり』、『地域性に係る問題のために、殊更にある地域(都道府県)の選挙人と他の地域(都道府県)の選挙人との間に投票価値の不平等を生じさせる合理性があるとはいい難い』と断じました。

 更に、少数意見ではありますが、須藤判事・田原判事・宮川判事の3名は、少なくとも衆議院選挙に関しては1人1票が実現されるべきであるとし、我々の主張を認めていることも評価すべきでしょう。

 須藤判事は、『衆議院議員選挙における投票価値は特に厳格な平等が要求されるというべきで、それに殊更に差異を設けるような制度は、特段の合理的理由が認められない限り、憲法の投票価値の平等の要求に反するというべきである』とし、1人別枠方式はその合理的理由に当たらないとしました。

 田原判事は『衆議院議員選挙は、あくまで全国民を代表する議員を選出する選挙であり、各選挙区の利益代表を選出する選挙ではないのであり、……、投票価値の平等に優先する「政策的目標ないし理由」なるものはなかなか見いだし難い』とした上で、『国会は、従前から、投票価値の平等に譲歩を求めるに足りる合理的理由を積極的に明示することはなかった』としました。

 宮川判事は『衆議院及び参議院の各議員を選挙する権利は、国民主権を実現するための、国民の最も重要な基本的な権利であり、人口は国民代表の唯一の基礎であり、かつ決定的基準である』として、『国会は、……、広範な裁量権を有するが、……、投票価値の比率を可能な限り1対1に近づける努力をしなければならない』としました。宮川判事の反対意見は、衆参問わず1人1票を実現すべきとする我々の主張どおりの明確な1人1票判決といえます。

 このように、3月23日最高裁大法廷判決は、歴史的判決であると評価できるのですが、100点満点の判決とはいえないのも事実です。そこで、次にこの判決の問題点が、どの様なところにあるかを見てみましょう。

●この判決の問題点について

 第一に、1人1票が原則であることを正面から認めていないことです。つまり、判決において『1人1票でないから、違憲である』と、1人1票を実現していないことが違憲である理由なのだということを述べていないことです。この点は、ある程度予想していたとはいえ、大きな不満点です(前述の通り、補足意見・反対意見で、須藤判事、田原判事、宮川判事の3名は、少なくとも衆院選においては1人1票が原則であることを認めています)。

 次に挙げられるのは、やはりまだ『2.3倍』という表現を判決で使い、「0.43票」という表現を使わないことです。何度もこのコラムで書いたとおり、2.3倍とは国会議員一人当たりの有権者数の比(人数の比)を表すのであって、国民一人ひとりの投票権の価値を表現するものではありません。同じことのようにみえても単位が違うのであって、まったく意味が異なるのです。

 更に、多数意見は、『投票価値の平等は、選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく、国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関係において調和的に実現されるべきもの』と従来通りの判断枠組みを維持しています。民主主義を採用する以上は、多数決は絶対の要請なのですから、それを機能させないような政策的目的と調和的に実現するようなものではないのです。

 最後に最も重要な問題は、我々の統治論の主張にまったく答えていない点です。つまり、国会議員の多数は常に国民の多数となるような選挙制度でなければ、主権者による多数決が機能する民主主義国家とはいえない、という我々の主張に最高裁は全く答えていないのです。判決文をみても『憲法の投票価値の平等の要求に反する』と従来どおりの平等論によって判断しているに過ぎず、統治論(少数決の理不尽さ)について一切言及がありません。

●世論の盛り上がりを最高裁判事も感じていた

 以上のように、問題点がいくつかありながらも、このような歴史的判決が出たのは何故でしょうか。それは、国民がこの問題を「自分事」として意識し、さまざまな運動を展開し、そのことを最高裁も認識したからに他なりません。

 例えば、判決のちょうど1ヶ月前の2月23日に最高裁の大法廷で口頭弁論があったのですが、当日は裁判前に100名近いサポーター、原告、代理人が集まり、「清き0.4票はオカシイ!」などと書かれたプラカードを持って裁判所の短い距離ですがともに歩きました。また、155席の傍聴券を求めて220名以上の方が並び、弁論後に行った記者会見(TVカメラ6台!)も全員入りきれずに立ち見の方が多く出ました。この行進と裁判傍聴には、東京ヤクルトスワローズの元監督である古田敦也さんも参加していましたし、記者会見には「サンプラザ中野くん」さんも参加してくれました。

 特に「サンプラザ中野くん」さんは、twitterでサポーターの依頼を受けて、1人1票を実現しようという素晴らしい歌(『ONE for ONE ~#ippyoの歌~』サンプラザ中野くん with 向谷倶楽部)を作ってくれました。この歌はiTunesストアで購入できます。皆さんもぜひ購入して、友人にもプレゼントしてください。こうした縁で記者会見に駆けつけてくれ、記者会見場で初めて依頼したサポーターと対面していました。

 このように、1人1票を実現しようとする世論の高まりを私が実感したように、最高裁の判事も満席の傍聴席を見て、この問題に対する国民の意識の高さを感じたのではないでしょうか。現に、升永弁護士、久保利弁護士、私と3人で弁論した際に、竹崎長官をはじめ各判事が真剣に話を聞いていた様子が印象に残っています。

※3月23日の最高裁大法廷判決の判決文は、伊藤塾のHPで閲覧・印刷できます。また、同ページには2月23日の口頭弁論当日の様子も掲載されていますので、是非ご覧ください。

 次回は「合憲判決」と「違憲状態判決」の違いについて、説明します。

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3月23日に最高裁大法廷で出た判決は、これまでの判決をくつがえす画期的判決ではありましたが、「1人1票」の運動はこれがゴールではありません。最後は、私たち主権者が1人1票実現に向けてやるべきことについても紹介していきます。

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伊藤真さんプロフィール

伊藤真(いとう・まこと)
伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長。1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。著書に『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『憲法の力』(集英社新書)、『なりたくない人のための裁判員入門』(幻冬舎新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)など多数。近著に『憲法の知恵ブクロ』(新日本出版社)がある。

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