ホームへ
もくじへ
最新へ 世界から見た今のニッポン
バックナンバー一覧へ

『映画 日本国憲法』の中で、「若者たちに、平和的な感受性を育てていくことが
何より重要だ」という発言をされていた、韓国の歴史家・韓洪九さん。
大学で教鞭をとるかたわら、さまざまな平和運動にも積極的に取り組まれています。 
韓国のいわゆる「民主化世代」でもある韓さんに、
「平和」への考え方をめぐる韓国の現在について、
そして日韓の関係について、お話を伺いました。


第20回
ドイツ
「韓国から見た日本と憲法9条」ハン・ホング
リチャード・デーラーハン・ホング/歴史家
1959年ソウル生まれ。
聖公会大学教養学部助教授、同大学人権平和センター所長。
ベトナム戦争における韓国軍による民間人虐殺事件の真相究明や
その和解に向けての運動、平和博物館の建立運動、
良心的兵役拒否権実現運動などに関わる。
韓国のみならず日本でも注目を集める新進歴史家。
日韓に存在する、大きなギャップ

ここのところの日本における「韓流ブーム」によって、日本と韓国との人間同士の交流は、昔と比べると非常に増えました。ただ、私自身はこれにはいい面だけではなく、逆に新たな緊張が生まれる可能性もあると考えています。

というのは、現在のように、平和的な感受性を育てるための教育がきちんとなされていないままにお互いが会ってしまうと、個人がある種国家の代理みたいな感じでぶつかり合ってしまうことがあるかもしれないからです。例えば、日本では旧日本軍のアジア侵略に関する歴史をきちんと教えていないので、南京大虐殺とか日本軍慰安婦のことをよく知らない大学生もいる。それに対して韓国人は、「何で知らないの。ちゃんと謝罪と反省をしなさい」みたいなことから会話を始めてしまったり。歴史認識のギャップがそのまま表れて、ぶつかってしまうんですね。

そうした、日韓の歴史認識のギャップがもっとも大きく表れているのが、原爆に関してではないかと思います。韓国における原爆に対する考えはとてもストレートで、ひどい言い方になりますが「ざまあみろ」とか「そのおかげで私たちは解放された」とかいったものが一般的です。原爆というものをそういうふうに理解してしまうと、原爆によって朝鮮半島から来た人が3万人も亡くなったんだということも一緒に埋もれてしまうのも事実なのですが。

今年の10月、韓国の平和運動家たちと一緒に広島の原爆記念館を訪れたときのことです。日本の平和運動家と一緒に開いたシンポジウムで、韓国からの1人がまず発言したのが、「原爆が落とされる発端になったのは日本が起こした戦争なのに、記念館にはそれに対する責任と反省に関する記録がない」ということでした。私はとてもショックを受けたのですが、その人にとっては、日本の過去の侵略戦争が、原爆という人類最大の悲劇と衝撃を前にしてさえ消えないほど、大きな問題だということだったのでしょう。

私個人としては、原爆をテーマにした博物館なのだからまず原爆のことを詳しく伝えるべきだと思います。もしもう一歩進めた展示をするのであればそれは、今イラクにはこれと同じような痛みを味わっている人がいるんだといったことでしょう。平和運動家としては、それについて何も展示していないことをこそ指摘すべきだったのではないかと思うのですが…。民族という壁は、それだけとても乗り越えにくい、大きいものだということなのかもしれません。

韓国の平和運動と「憲法9条」

韓国では、日本の憲法9条について学校などで教えることはまずありません。それに、韓国で映る「日本」というと、やはり小泉首相や主だった政治家たち。彼らの暴言や靖国参拝などが大きく取り上げられるので、そのイメージの中では、平和憲法というものはほとんど見えてこないのです。

平和運動に関わっている人の間でも、9条への関心はまだそれほど高くはありません。韓国における平和運動の歴史はとても短くて、本格的に行われるようになったのは2003年のイラク派兵の後。平和運動における国際的な連帯という考え方も、まだそれほど広がってはいません。国内でもやらなければいけないことが山ほどあるので、それだけでも精一杯なのです。

ただ、日本との交流が多くなるにつれて、9条への関心が少しずつ高まってきているのも事実。日本の平和運動については、残念な部分ももちろんありますが、一方で刺激を受ける、学ぶ点も多いです。日本の憲法をただ見ているだけではなく、何かをしなければいけないという認識も広がりつつありますね。

さらにいえば、日本の側からも、9条の存在を韓国へ発信するということを考えてほしいと思います。まず、9条の内容について韓国へ直接発信する。そしてそれだけでなく、日本国内でさまざまな平和運動を行って、それが結果的に韓国へ伝わってくるということも必要でしょう。

というのは、韓国人から見ると、日本の政治家などの暴言というのはいわば定期的に繰り返されているので、それを聞くたびに「何で日本ではああいうことを阻止されずに言えるんだろう」と感じるんですね。日本の人たちが彼らをきちんと阻止しようとしているんだということを伝えるのも、とても重要だと思います。

まずは、お互いに関心を持って話し合うこと。日本の中にある平和的な精神が、韓国には伝わっていないんですよね。例えば憲法改定についても、一般の人に聞いてみれば「変えちゃいけない」という人が多いでしょう。そういった声はなかなか伝わってこない。もっと関心と話し合いを持って、それにもとづいてお互いの長所や痛みを共有する、そして理解していくことが重要だと思います。

徴兵制によって「軍事化」する社会

最後に、私が今、韓国で取り組んでいる徴兵制の問題についてお話ししたいと思います。

ご存じのとおり、韓国には男子だけに徴兵制度があります。しかしこれは、ただ単に若い男の人が軍隊に送られてかわいそうだというだけの問題ではないんですね。

軍隊というのは、自分の人権が侵害されるばかりでなく、自分が他人の人権を侵害せざるを得ないような構造になっています。今はさすがに物理的な暴力をふるうことはあまりできなくなりましたが、言葉の暴力はいまだに残っています。今年の6月にも、兵役中だった1人の若者が、同僚を8人くらい銃で撃って殺して、最後に手榴弾を投げたという事件がありました。彼も、言葉の暴力にずっと苦しめられていたようです。

徴兵制の問題というのは、若者たちがそういう社会の中で傷ついた経験を癒すことなくそのまま社会に出てくるというところにもあるんです。毎年、27万人もの人が髪を切って軍隊に入り、また同じ数の人が社会に戻ってくる。軍隊で身に付いてしまった厳しい序列関係、力の原理、強い者にへつらい、弱い者に強く当たるような関係がそのまま社会の中にも現れてくる。それを社会全体の軍事化と呼んでいます。

徴兵制があることによって、この社会全体の軍事化が維持され続ける。もっとも象徴的なのは、力による解決という「軍隊文化」でしょう。そうしたものが定着して広がってしまっている社会では、戦争を放棄するようなことは決してあり得ないのではないでしょうか。

『韓洪九の韓国現代史1・2』(平凡社)

韓国の時事週刊誌「ハンギョレ新聞」に連載された歴史コラムをまとめたもの。韓国では3巻まで刊行されていずれもベストセラーになった。
「親日派」問題、朝鮮戦争における民間人虐殺、南北分断の現実、徴兵制の抱える問題など、韓国現代史における重要なトピックスを歴史的背景とともに解説し、分析する。
ユーモアあふれる語り口で「韓国とはどんな国なのか」を明らかにする、新しい視点からの韓国史。
今、もっとも力を入れて取り組んでいる活動の一つが、徴兵制の問題だという韓さん。
イベントのため来日していた際も、夜は鞄いっぱいに詰めた
書類と向かい合っていらっしゃったそうです。
日本でも、9条改定で「自衛軍」が認められれば、
次は徴兵制導入ではないかという囁きも聞こえてくるこのごろ。
「徴兵制の問題は、軍隊に送られる人だけの問題ではないんです」という
韓さんの言葉が、重みを持って聞こえました。
ご意見募集!
ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せください。
このページのアタマへ