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前回のコラムでは、インターネットの普及が、日本の社会や日本人の
考え方に大きな変化をもたらしたと、王敏さんは指摘しました。
そういった情報のグローバリズムの流れの中において、
日中外交はどうあるべきか、そして中国における
9条の認知度について、お聞きしました。

第25回
ドイツ
「日米同盟とアジアの中の日本と憲法9条」グリット・オーセ
カトリン・ハドバ 王敏(Wang Min)
法政大学国際日本学研究所教授。
1954年中国河北省生まれ。
大連外国語大学日本語学部卒業。
四川外国語学院大学院修了後、宮城教育大学に留学。
東京成徳大学教授を経て、現職。
人文科学博士(お茶の水女子大学)。
専攻は日中異文化研究・宮沢賢治研究。
『謝々!宮沢賢治』(河出書房新社)、
『中国人の愛国心』(PHP新書)など
著書、訳書を多数発表。
政治に対する考え方の相違

  ――現在の「政冷経熱」(日中の政治関係は悪化、経済関係は良好をいう)ではありませんが、過去の日中関係を見ると、実務的な部分に重きを置いたときの方がうまくいっているように思えるのですが。

  中国にとっては政治が最も重要な要素です。興亡の長大な歴史から外交関係を重視する考え方を体質化させました。他国との関係を常に念頭に置きます。それほどに政治的な国民性の国です。しかし、敵対ではなく、良好な関係を築いていくことをめざしてきたと思います。 ただ、政治は観念的なところがあり、観念となる基準が異なり、重点とされる内容も違いますから、国同士が観念でやりあったらまとまりにくいでしょう。実務的に処理する方向へもっていく方法が考えられますが。

  ――昨年、駐日中国大使が「1985年に当時の中曽根首相が靖国公式参拝を行った後、日中間では“政府の顔である首相、外相、官房長官の3人は参拝を行わない”(他の閣僚はかまわない)という紳士協定が結ばれた」と述べていました。こうしたことも実務的な処理の方法だったといえるのでしょうか。

  そうだと思います。中国政府は小泉首相の参拝だけを批判しているのですから。 どの国にも、これまで積み上げてきた独自の伝統や国民の考え方があります。違う国が互いに認可することはむずかしいでしょう。だからこそ政治における実務的な処理が大切なのではないでしょうか。

  ――EU型の理念主導による地域統合をアジアで行うのはむずかしいですか。

  そうですね。民主主義の原則のひとつに政教分離がありますが、アジアが統合するにはまず、異なる理念の統一が難題でしょう。恐らく政文分離を試してみてもいいかもしれません。

  ――「政治」と「文化」を分けるということですか。

アジアの人々は政治ではなく、文化や心情を通じてわかりあうところがあります。小泉さんがいくら「靖国参拝は心の問題」といっても、政治的に語っていると思われる限り、韓国や中国人から理解はえられないでしょう。

  一方たとえば日韓の政府や官僚が互いにいがみ合ったとしても、一般の日本人はキムチを食べ、韓国に旅行し、ヨン様に歓声を上げている。その逆も同じ。それは文化の力です。文化は人間の感性を近づけ、政治は利益と力を強調する。相互の補完ができれば理想に近づきますね。


  ――理念型の中国でも政文分離は可能ですか。

  可能だと思います。たとえば日中平和友好条約は両国の民間交流のおかげでした。政府は政治決定の成果と思っているかもしれませんが、彼らは最後に協定書にサインしたからそう思っているだけ。周恩来が「民間外交」と言ったように、それ以前から続いていた民間人同士の付き合いがあったからこそ、官民一致の対日感情が落ち着いたのです。

  ――日ソ国交正常化についても、それ以前に両国のビジネス交流が行われていました。

  経済交流の主とする担い手が民間でしょう。こうした姿勢に日本がもっと自覚的になり、さらに発展させることができれば、日本は国際社会においてより多くの国々に信頼され、尊敬され、友好関係をもてるでしょう。

日本自身のことを世界にもっと語る必要がある


  ――そのためにも日本は国際社会で自らを語らなければなりませんね。

  グローバル社会がインターネットとともにやってきた21世紀には、個人にしろ、国家にしろ、ローカルとグローバルの2つの思考回路が必要となります。グローバルな世界だからこそ、ローカルなものを大切にすることは重要ですが、一方で大きな状況の中で互いに共有できるものを探さなければなりません。 内なる世界でローカルなものとグローバルなものの相克が強くなればなるほど、外の世界に対してアグレッシブになる。夏目漱石が指摘した外発的なものと内発的なものの問題がいまも続いているのです。 日本が外交問題を抱えている場合、そこには必ず国内の事情もあるはずです。対外関係において「国益を損ねられた」と怒るだけでなく、「どうしてわが国は相手国にやられたのか(不利な条件を示されたのか)? その理由はどこにあるのか?」と自問すれば、それらは貴重な教訓や知恵となるでしょう。

  ――私は日本が世界に対して発信するに足るもののひとつが9条だと思いますが、9条のことを知っている中国の人々はどのくらいいるのですか?

一般人のほとんどが知りません。中国に9条改定に関するニュースが入ってくるとすれば、まずは、9条はどういう中身なのか? そもそも9条はどうして生まれたのか? 他国と比較した場合に9条はどういう特徴があるのか? 中国にとってどういう意味があるのか? といった、たくさんの説明が必要となります。そうしたことを抜きにして「改定されると日本で軍国主義が復活する」というような短絡的な見方ではいけないと思います。

  ――日本はこれまで周辺諸国に9条について語ってきませんでした。

  日本は外国からいいものを一生懸命吸収しました。ところが外国が日本について知っていることといえば経済に止まります。こうした現状を認識し、外国の状況と対比しながら、日本という国のあり方を、それこそ無駄と思わず、多くの言葉で一生懸命に説明すべきです。

  ――言葉を尽くして世界に知らしめる努力ですね。

  日本人は決意表明を重んじますが、それにいたる説明が不足しています。それをやってこなかったツケがきているんだと思います。グローバルに付き合っていくことがますます求められるようになっているいま、説明責任をいよいよ果たしていってほしいと思います。賢明な日本人の知に期待しています。

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『中国人の愛国心 日本人とは違う5つの思考回路』
(PHP新書)

中国人の精神構造を理解するための5つのキーワード「愛国」「歴史」「徳」「中華」「受容と抵抗」をあげ、徹底的に分析。中国の最近の変化についても取り上げ、グローバル化のただ中にある、日中関係の改善へのヒントにも。現在の中国と中国人を理解するための一冊。
「話さなくてもわかるでしょう」という思い込みが、日本人にはどうやらあるようです。
しかし自らを語ってこなかった結果「日本は(日本人は)何を考えているのかわからない」
と隣国から見られ、9条についても一般には知られていない。
これは、外交的にもマイナスではないでしょうか。
冷え切った日中関係を打破して、新たな関係を作りだすために、
どうすればよいのか。中国脅威論を煽るのではなく、
冷静に建設的に考えていくことこそが必要でしょう。
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