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89年以来、東京に在住している、環境問題のジャーナリスト
レーナ・リンダルさんに、持続可能な発展と憲法9条という視点から、
コラムを書いてもらいました。

第26回
ドイツ
持続可能な発展と「第9条」レーナ・リンダル
カトリン・ハドバ Lena Lindahl(レーナ・リンダル)
持続可能なスウェーデン協会・日本代表
(Sustainable Sweden Association, Japan Representative)
スウェーデン生まれ。1982年初来日。
主要先進国の国会議員で構成される地球環境国際議員連盟
「グローブ・インターナショナル」日本支部の事務局長、
総裁秘書を経て、1995年よりフリーランスとして活動。
執筆、講演活動を通じてスウェーデンの環境保護活動や
政策を日本で紹介している。
http://www.netjoy.ne.jp/~lena/
  私は、「持続可能な社会を作りましょう」という姿勢で仕事をしているので日本国憲法の「第9条」をその視点から考えてみたいと思います。第9条には、日本が陸海空軍の戦力も、他国と戦争をする権利も持たないことが、書かれています。今、この9条を改正すべきかどうかの議論が日本で行われています。

  まず、私は日本国民ではなく、スウェーデン国籍です。しかし、1989年以来、日本を生活の基盤にしています。日本には、私が亡命をしたなどの理由で住み着いたわけではなく、自ら選んでここに来ています。簡単にいうと、私は日本が好きだから、住んでいます。


軍隊をもって国をまもること

  スウェーデンは中立国で軍隊をもっています。徴兵制度もあるので、父も、二人の兄も同年齢の男性たちのほとんどが、約一年間の軍事訓練を受けています。その意味では、スウェーデンの軍隊は、日本の自衛隊に比べれば、とても身近な存在です。スウェーデンで育つ中で軍隊とは「スウェーデンを守るためにそこらへんに仕方なくあるもの」として私は意識していたと思います。

  1986年、当時はソ連だったところに、チェルノブイリ原発の事故が起きてしまいました。放射能汚染がスウェーデンに飛んできてスウェーデンの森や湖を汚染しました。父が生まれ育った美しい農村にもその放射能汚染がある程度降り掛かりました。目には見えない、匂いもしないものですので、知らないふりをすれば意識しない汚染ですが、その汚染の影響がなくなるまでは約20年かかると、スウェーデン政府によって知らされました。ソ連は、私たちスウェーデン人に対してなんという失礼なことをしてしまったかと私は思いました。

  しかし大国のソ連は、スウェーデンなど被害を受けた国々に対して事故が起きたことさえ知らせてくれませんでした。スウェーデンは自国で事情を発見してからいろいろな対策をとりました。必要になった対策にはもちろんお金もかかりました。汚染をおこしたソ連は、補償は何も払わなかったしお詫びもしなく、一切責任をとりませんでした。スウェーデンは仕方なく泣き寝入りをするしかなかったです。

  その時私が気づいたことは、スウェーデンを他国の侵害から守る役割を担っていた軍隊は、一切役に立たなかったということです。起こった被害は、意図的な行為によるものではなく、事故だったから、スウェーデン政府は自然災害が起こったかのような扱いをしたと私は感じました。しかし事故の場合でも、加害者に責任があるはずなので、その姿勢はおかしいと思いました。脅威の性質と防衛策にミスマッチがあることに気づいたと言えます。

  この経験をして私は、環境問題には国境がないことにはっきりと目覚めました。軍隊が役に立たなかったことに気づいたのと同時に、国を脅かすものは、他国の武器や侵略行為だけではないと分かりました。自分たちを守るためには、予防的で、長期的で国際的な取組みをしないといけません。そのことを理解したことが、環境問題を解決していくための仕事をするきっかけの一つになりました。


これまでの防衛策の盲点

  その後のスウェーデンは、国を守る政策に大きな盲点があったことに気づいたようです。国際社会でいろいろな努力を続けながら、自国でできる範囲で責任をとろうとしています。その具体的な事例を二つ紹介します。

  環境法の新しい体系として1999年に施行された「環境法典」によると、スウェーデンは、他国の環境に大きな影響を与える可能性のある事業を行う場合、その事業に関する情報を、その国に自主的に提供しなければならないことになっています。また、その国の希望であれば、スウェーデンはその事業について、その国と協議をしなければならないことになっています。「他国」とはその政府だけではなく、その国の市民もさしています。当然、近隣国にもあってほしい規定です。

  また、原発政策に関しては、スウェーデンはチェルノブイリ事故が起こった時点ですでに原発を廃止していく政策を決めていました。その廃止を実施していくなかで、「デンマークの首都コペンハーゲンに近い原発を先に廃止してください」という自国に原発をもたないデンマークからの要望に耳を傾け、それら2基を最初に廃止しています。

アメリカにも盲点

  軍事力の大国アメリカにも盲点がありました。それは2001年、9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルが民間の旅客機という武器によって破壊された時に明らかになりました。
  個人主義や人権を掲げてきたアメリカは、国家の命令ではなく、個人として行動し自らの命を捨てて攻撃してくる人に対して無防備でした。
  アメリカに対するその脅威は、他国ではなく、人のこころの中にあるものでした。そのことにアメリカが目覚め、国の対戦ではない、テロに対する「戦争」をはじめました。その中でアメリカは、情報収集や分析に必要なアラビア語などの語学力をもった人、イスラム文化に詳しい専門家などの人材が防衛組織に不足していることに気づいたそうです。

  今の日本を脅かしているものは何かと考えた時に、似たような盲点はないでしょうか。日本に対する本当の脅威は何でしょうか。そしてその脅威に対して効くもので日本を守る「武器」とは何でしょうか。


日本人にもってもらいたい「武器」

  私から見れば、日本は遠くて政治的に不安定な地域から来る石油への依存度が高くて危険な状況です。このまま石油の価格が上がり続けるとどうするのでしょうか。食料も、日本はお金で全世界から買ってきて、自給率は低いようですが、買えなくなった場合はどうするのでしょうか。
  すでに進行中の地球温暖化による気候変動が、世界各地の人々の痛い経験になって、二酸化炭素の排出をおさえないといけないことを一人一人が痛感した時、日本はガソリン車の販売で日本経済を維持していくのでしょうか。これらの割と、近い将来に起こりやすい問題に対して、日本は軍事力をもって対処するつもりでしょうか。

  それよりは、早くから若い世代に、自分たちの手でより安全で安心できるような社会を作る能力や、道具をもたせて将来に対する希望を与えたほうが、より有効でしかも建設的で、経済効率から見た場合でも将来に向けたよい投資だと思います。特に語学力、他文化の相手とのコミュニケーション能力、国際問題や環境問題への理解とその解決への道の開き方を知ることなどが、最高の「武器」だと思います。

  日本国憲法の第9条の問題、「日本が陸海空軍の戦力をもち、他国と戦争をする権利をもつべきかどうか」を考えると、日本は、スウェーデンに比べて経済大国ですし、人口は多いけれども、それでも、もっている予算と人材は限られています。それらの戦力をもつことに税金を注ぐことは、将来に向けた建設的で効率のよい、賢明な投資でしょうか。

  それよりも、軍事力を持たない、戦争をする権利も持たない憲法9条の基本理念をこれからも維持する努力をしたほうが、大きな社会的価値があるのではないでしょうか。すでに60年間以上、その基本理念を維持する努力をしてきたことによって、近隣国の人々の心の中に少しずつ積み重ねてきた日本に対する信頼は、60年ほどの時間をかけて得た利子みたいなものではないでしょうか。その利子は60年間、平和に暮らしてきた一人一人の日本国民の共通の財産のはずです。一度捨ててしまえば、取り返しがつかないのではないでしょうか。
スウェーデン政府は今、軍隊のあり方を大改革しているところだそうです。
軍事費を大幅にカットし、徴兵制度の縮小など。
「スウェーデンにとっての本当の脅威は何か、
それをよく考えたのがその原因だと思います」と、レーナさんは言います。
アメリカの軍事情報ばかりではなく、ヨーロッパや北欧の軍事改革や
軍縮の動きについても、注目していきたいと思います。
レーナさん、ありがとうございました!
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