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子供のころ、「日本は世界でもまれに見る平和な国」と思っていた
日系ブラジル人のアンジェロさん。
実際に東京で生活を送る彼の目に、
現在の日本はどのように映っているのでしょうか。

第34回
ブラジル
日系移民が戦争を嫌い、ブラジル人が軍隊を信じない理由
アンジェロ・イシアンジェロ・イシ(Angelo Ishi)
1967年ブラジル・サンパウロ市生まれ。
サンパウロ大学ジャーナリズム学科卒。新潟大学大学院および東京大学大学院を経て、ポルトガル語新聞の編集長を3年間務める。日本とブラジルの移民やメディアを研究する傍ら、ジャーナリストとしても活動。日本各地で国際交流や共生をテーマに数多くの講演をこなしてきた。NHKラジオジャパンのポルトガル語ニュースのアナウンサーも経験。2004年より武蔵大学専任講師。著書に『ブラジルを知るための55章』(明石書店)、『変容する日本社会と文化』(東京大学出版会、共著)ほか多数。総務省「多文化共生の推進に関する研究会」構成員。
日本とブラジル、どちらが安全か

 私はブラジル・サンパウロ市生まれで、留学生として1990年に来日した。幼少時から日本についてはいろいろ聞かされたが、中でも記憶に残るのはこの国が世界でも珍しく、「軍隊を持たない、戦争への参加を禁じる法をもつ平和主義の国である」ということだった。
 このような「平和主義」が政府の善意から生まれたのではなく、占領軍によって強いられたものであることも習った。しかし、われわれブラジル人にとって重要なのは、その決定がどのような影響を及ぼし、また順調に守られているか(あるいは応用されているか)という結果論なのである。
 多くのブラジル人にとって、(憲法を筆頭に)すべての法律は単なる紙切れに過ぎない。でもブラジルが「無法地帯」だと勘違いされては困る。われわれは法律というものが満足に実行され、効力を持たない限り、それは単なるフィクション、「絵に描いた餅」に過ぎないと考えるのだ。
例えばブラジルの憲法には国家が「貧困を無くし、社会的不平等を無くす義務がある」と「保障」しているが、誰もそのような言葉を真に受けていない。周りを見渡せば、貧富の格差があまりにも明白だからだ。しかし、誰も「政府は憲法を守っていない」などと弾劾しない。なぜなら、これは大統領一人の号令で解決できるような問題ではなく、「みんなの責任」だということを心得ているからだ。
 来日するまで、私は憲法9条を持つ日本国民のことがとてもうらやましかった。ブラジルの男性には18歳になれば1年間の徴兵義務がある。実際にはいろいろな理由をつけて免除される者の方が多いのだが、私は日本生まれの男たちは本当に幸運だと思っていた。
 ところがどうだろう。日本に長く住めば住むほど、ブラジルのほうがずっと安全な国に思えてくる。「反ブラジル運動」を起こす隣国もなければ、「対テロ戦争」やイラク戦争がらみで国土がテロの標的になることを恐れる必要もない。対する日本はといえば、いまだに地下鉄などでテロ防止の特別厳戒態勢が続くという有様である。ロンドンの地下鉄で誤射されて死亡したブラジル人移民のデ・メネゼスさんと同様の悲劇(2005年7月、ロンドンの地下鉄テロ事件で容疑者と間違われて英国警官に射殺された)が、東京で起こらないという保障はどこにもない。

戦争が生んだ「臣道連盟」というテロ

 日本の皆さんの多くは「軍隊」という組織が「自国を他国から守ってくれる味方」だと信じ過ぎているのではなかろうか。しかし、これは立派な幻想なのだ。軍隊とは「諸刃の剣」であり、時には自国民を脅かし、痛めつける存在にもなり得ることを忘れてはならない。1964年のクーデター以来、20数年もの間、軍事独裁政権に苦しんだブラジル国民は、拷問と暗殺が当たり前だった時代の恐ろしさを忘れていない。
 また、ブラジルに住む日系移民とその子孫は、とりわけ第二次世界大戦に対して、日本人とはひと味違う苦い思い出を抱いている。なぜなら終戦後、移民社会の中には日本が戦争に負けたことを信じようとしなかった(あるいは認めたくなかった)いわゆる「勝ち組」が出現し、敗戦を素直に認める「負け組」との間で「もう一つの戦争」を繰り広げてしまったからである。
 それは単なる論争に止まらず、「勝ち組」は「臣道連盟」というテロ組織を形成し、「負け組」の人々を「国賊」扱いして暗殺した。ブラジル在住の日系人は、あまりにも残酷な戦争の「二次被害」を体験させられたのだ。その傷跡は完全に癒えたとはいえず、いまだにこの「戦後の分断」はタブーとされている。
 このように戦争は、思わぬ場所で、無関係な人々までをも巻き込む勢いで、予期せぬ暴力の連鎖と犠牲者を生んでいく。
 平和な日本にあこがれて留学し、やがて大学教員になり、この国への永住を決心した者として、私は9条という「世界遺産」が憲法から消されてはならないと考える。そして、それを守るのは、日本に住む200人万人の外国籍住民を含めた「みんなの責任」でもある。
戦後、ブラジル日系移民の間で起きた悲劇は、戦争や戦闘が終わった
後も人々を苦しめ続けることを私たちに教えてくれます。
9条を守るのは日本に住むみんなの責任、という
アンジェロさんの言葉をかみ締めたいと思います。
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