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2011-11-09up

雨宮処凛がゆく!

第209回

大久保の火災と生活保護過去最多? の巻

 11月6日、あまりにも痛ましい事件が起きた。

 ご存知の方も多いと思うが、東京・大久保のアパートで火災が発生、50〜70代とみられる4人の遺体が発見されたのだ。また、70代と30代の男性が意識不明の重体だという。

 報道によると、このアパートには23人が住んでいたものの、うち17人が生活保護を受けていたとのこと。1人暮らしの高齢者も多かったという。築40年のこのアパートでは数ヶ月前にも配線のショートでボヤ騒ぎがあったそうだが、火災の詳しい原因はまだわかっていない。

 この報道に接して思い出したのは、「たまゆら」での火災だ。09年3月、群馬県の高齢者施設「たまゆら」で火災が発生し、10人が死亡したという悲しい事件だが、うち6人は東京都墨田区で生活保護を受給中だった人々。墨田区は行き場のない高齢者を県境を超えて斡旋していたのだが、施設は無届けだった上、防災体勢も整っていなかった。身寄りがなく貧しい高齢者がこうして命を落としたことはメディアでも大きく取り上げられたが、私がもっともショックを受けたのは、亡くなった人のうち、家族が名乗り出ることもなければ遺骨の引き取り手もいないという人が少なくない数、いたことだ。

 「無縁社会」という言葉が登場して久しく、3・11の大震災を受けて「ひとつになろう」といった言葉や「助け合い」「絆」といったキーワードが強調されている。しかし、その影で、どんどん深刻化する貧困問題は忘れ去られていることも同時に感じる。そんな時に起きた大久保での火災に、暗澹たる思いが込み上げてきたのだった。

 さて、この原稿がアップされる9日、そんな貧困問題に関して厚生労働省から非常に重要な数字が発表される予定だ。それは今年7月時点の生活保護受給者の数。この数字が史上「過去最多」となる可能性があり、メディアでも大きく取り上げられるのではないかと言われている。

 言うまでもなく、それほどに受給者が増えているということは、貧困が拡大しているということである。それを裏付けるように今年7月に発表された貧困率は過去最悪の16.0%。しかもこれは09年時点での貧困率だ。現在は更に悪化している可能性がある。

 しかし、生活保護受給者が増えるにつれ、バッシングも大きくなっているのを感じる。「生活保護三兆円時代」といった言葉が一人歩きし、「怠けている奴に無駄な金を使うな」といった声は根強い。

 最近も、そんな声に触れた。どこの誰とは書かないが、それは生活保護を受けている人が多い地域のある市会議員と話した時のこと。何やら「市民」から生活保護受給者が「怠けてる」「あいつらパチンコに行ってる」などといった声を多く聞くことから、とにかく生活保護受給者を減らしたい、とお悩みの様子で、「不正受給を許しません!」「適正な運用を!」といったパンフレットなども作っているようなのだが、話していると、彼らが「生活保護受給者はお荷物」と思っていることがひしひしと伝わってくるのだ。

 で、私は聞いた。

 「怠けてるって声が多いってことは、○○市では“その他世帯”は何%くらいなんですか?」

 この連載でも何度も触れてきたことだが、生活保護を受けている人の内訳は、今年5月の数字で高齢世帯が42.8%、傷病・障害世帯で32.8%。高齢者と病気、障害を抱える人で実に8割に迫るのだ。そして母子世帯が7.5%。「働けるのに怠けている」ともっとも言われてしまいそうな稼働年齢層は「その他世帯」とされ、こちらの数は16%。

 世間で言われる「生活保護バッシング」はおそらくこの16%に対する「勝手なイメージ」で作られているのだと思う。確かに、数として「その他世帯」はこの10年で増えている。現在は24万6000人。しかし、完全失業者数との関連で考えてみてほしい。労働力調査によると、今年9月の完全失業者は275万人。更に今年2月の総務省の発表によると、失業期間が「1年以上」にわたる人は121万人。これは「過去最多」の数字だという。

 単純計算してみても、この121万人から24万人をひいたら97万人。1年以上失業している人のうち、97万人が生活保護を受けずに自力でなんとかしているわけだが、みんなそんなに貯金があるのだろうか? という疑問が沸いてくるのは私だけではないと思う。それを裏付けるように、この国の生活保護捕捉率(本来受けられるべき人がどれだけ受けられているかを示す数字)は非常に低く、20%程度というのが多くの専門家が出す数字だ。

 ということで、本当に「適正な運用」をしたら受給者はもっと増えるわけだが、市会議員は受給者を減らそうとして「適正な運用を」といったパンフレットを作っているわけである。何かとってもディスコミュニケーションな空気の中、先に書いたように私はその地域の「その他世帯」がどれくらいいるかについて、聞いたのだ。

 で、返ってきた答えに、ちょっと驚いた。それは「知らない」という言葉だったからだ。生活保護について、実は8割近くが「高齢・障害・傷病世帯」であることをこの原稿で初めて知った人もいるかもしれない。それを知ると、それまでの「なんか怠けてる人がいる」というイメージが、少しは変わらないだろうか。そしてそういった具体的なデータや完全失業者数との兼ね合いについて知っておくことは、政策や今後の運用を考えるにあたって、非常に重要なことだと私は思っている。

 で、市会議員という立場で「生活保護を減らしたい」という強い意思を持っている人は、その辺のデータなどについて、当然知っているものだと思っていた。しかし、知らなかったのだ。ある意味、市会議員に「生活保護受給者批判」する「市民」は知らなくても仕方ないことかもしれない(本来は批判するのであれば知っておいてもらいたいが)。なんとなく、最近テレビなんかでもバッシングされてるから、市会議員に会ったついでに言ってやれ、みたいなことなのかもしれない。しかし、実際に権限を持ち、発言力を持っている立場の人が詳しいデータに基づかず、「なんかみんなバッシングしてるから」というイメージで最後のセーフティネットに手をつけようとしていることに、改めて愕然としたのだった。

 もちろん、ホームレス状態の人をスカウトして劣悪な施設に押し込み、保護費をもっていく貧困ビジネスなど様々な問題はある。当然、不正受給もあってはならない。しかし、一部の「悪い例」が殊更に強調されることで、それ以外の、本当に苦しんでいる人たちに手が差し伸べられないなんてことはあってはならないと思うのだ。「不正受給」「貧困ビジネス」といったわかりやすい「悪」を前提に最後のセーフティネットを語るやり方は、ものすごく意図的で雑な議論だ。

 ということで、今後、生活保護に関しては一層のバッシングが出てくる可能性がある。しかし、そんな時、ここに書いたもろもろをほんの少し、思い出してもらえると嬉しい。

 ちなみに私が会った市会議員の人たちは、漢字が読めなかったり、「あなたとは違うんです」という発言をしたり、渋谷に敷地だけで62億の豪邸を持っていたり、「抵抗勢力」という言葉で自分をヒーローにするのが上手かったり、「構造改革」で日本をメチャクチャクにしたり、原発を推進しまくってきたり、といった人たちがいる(いた)政党であることも最後に付け加えておこう。

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病気やけがで働けなくなる、突然仕事を失った…
そんな状況は、いつ、誰にでも起こりうるもの。
そこで生活保護に頼るのは「甘え」でも「怠け」でもなく、
当たり前の権利であることは言うまでもありません。
「受給者の増加」という言葉やイメージにだけ惑わされるのではない、
最低限の事実を共有した上での議論が必要です。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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