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2011-12-28up

雨宮処凛がゆく!

第215回

東電会長・勝俣さんちへのリアリティツアー。の巻

12/19、「創」のイベントで、おしどりさん、鈴木邦男さん、創編集長の篠田さんと。

 これを読んでいるあなたは、どんなクリスマスを過ごしただろうか。

 私はといえば、12月25日、東電会長の勝俣氏宅を「見学」してきた。「リアリティツアー2011 東電解散! 会長・勝俣さんちに手紙を届けよう!」に参加したのである。

 「原発事故は、わたしたちの生活と生存に対する犯罪です」から始まるツアーの告知文には、原発に反対するデモや抗議行動の場では参加者が逮捕されるのに、人々の生活を破壊している「原子力犯罪」は追及されないという大矛盾が綴られ、以下のように続く。

リアリティツアーの待ち合わせ場所にはなぜかたくさんの警察が。

 「さて、具体的に原子力犯罪の責任者を名指しましょう。これは多数存在しますが、まずは勝俣恒久氏の責任追及が必要です。歴史に残る犯罪の責任を持つ、東京電力の会長です。ところが彼は地位もそのままに、50%減額されたとはいえ未だ3500万円を超える年収を得ています。勝俣氏は東京電力の無責任体質を身をもって体現しています」

 そんな勝俣氏は四谷に地価7億円の邸宅を構えているということで、そこに手紙を届けようという企画である。ちなみにリアリアティツアーとは海外でよく開催されており、例えば貧乏人が高級住宅街を見学に行って改めて「格差」を実感する、などという目的のものである。私は2回目の参加。一回目は08年で、当時の首相だった麻生太郎氏の62億円の豪邸を見に行くという「リアリティツアー」に参加したのだが、この時はなぜか道を歩いていただけで3人が逮捕されるという異常事態が発生したのだった。格差社会に疑問を持ち、なんとかしたいという「意志を持った貧乏人」が麻生邸に向かって歩いているだけで逮捕されてしまうという現実は、何かこの国の状況を象徴しているかのようだった。

 これは今も続くことだが、例えば「哀れみを乞う貧乏人」は比較的同情されやすく、「救済」の対象になりやすい。しかし、その「貧乏人」が意志を持ち、主張した途端に世間から叩かれる、という不思議な現実がある。そんな現実を見てきて今思うのは、これと似たことが「被災者」に起きている気がするということだ。「ありがとうございます」「本当にすみません」と、「世間」に感謝し、頭を下げているうちは「同情」と「救済」の対象になる。しかし、彼らがやむにやまれず「主張」を始めた途端に手の平を返すような光景を、震災から時間が経つにつれ見聞きする機会が増えたような気がするのだ。が、本当は、「当事者の主張」ほど重要なものはない。そこには経験した人でないとわからないニーズがあるからだ。

しかも徒歩移動にものすごい大群がぞろぞろとついてくる!

 最近、原発事故で自主避難した人、避難していない人に一律賠償金が支払われるという方針が示されたが、子どもと妊婦は40万円、それ以外は8万円という安すぎる賠償額に対して異議を唱える自主避難者に対し、冷ややかな視線を送る人が少なくない数、存在した。これも「主張すると叩かれる」典型だろう。が、当事者が声を上げてくれない限り、どんな無法も不条理もまかり通る。特にこの問題でいうと、ただでさえ原子力損害賠償紛争審査会の議論では、途中まで自主避難者を補償の対象外にしようとしていた。それに対してずっと声を上げてきた当事者・支援者がいたからこそ、やっと盛り込まれたのだと私は思っている(それにしても不完全すぎるが)。メディアを通して知らされる様々な「決定」の背景には、多くの「当事者の声」「運動」が存在する。私自身も労働運動をはじめ数々の現場に行くまでまったく知らなかったけれど、そうして声を上げている人たちが様々な権利を勝ち取ることで、全体の権利が人知れず底上げされている。だからこそ、勇気をもって「主張する」人の声には耳を傾けたいし、そうすべきだと思うのだ。

 しかし、なぜかこの国の少なくない人は「主張する人」が嫌いだ。しかもやっかいなのは、「うざい」と思いながらも実は自分も同じ要求を持ってたりして、しかし「誰かがなんとかしてくれる」と思ってるっぽいことだ。が、自らは決して手を汚さない。だけど、誰かの主張によって得た権利の恩恵に浴することには疑問を感じない、というようなメンタリティ。これってどこか、ひどく「卑怯」な気がするのだ。前回の原稿で、「デモに参加する若者の増加は、10年後、20年後の日本のあり方に大きな影響を与えるはず」ということを書いたが、私が言いたかったのは、そんなうっすらとした「卑怯」な生き方を自らの意志で選択しない人たちが増えているということだ。そしてその「卑怯」は、私の中にも確実に存在している。だからこそ、常に今の自分は「卑怯」じゃないかに意識を向けるようにしている。

封鎖される東電会長宅に続く道。

 さて、前置きがやたらと長くなってしまったが、そんなことで、「主張する人たち」はクリスマスの13時、新宿アルタ前で待ち合わせてして東電会長宅に出発! しかし、ただ道を歩いて勝俣宅に向かう私たちの両側にはびっしりと警察官・・・。デモとかじゃなくて、ただの「徒歩移動」なんだけど。

 で、勝俣宅の近くまで行くと警察によって道を封鎖され、「5人ずつしか通さない」と言われた挙げ句、歩道になんかとんがりコーンみたいのを立てられて車道側に隔離される。

 そうして私たちは「5人ずつ」で警官になぜか「こっちこっち」と誘導されながら勝俣宅を見、見終わったらすぐに戻されて次の5人、ということを繰り返したのだった。そんな勝俣邸は近代的なデザインのちょっと要塞っぽい邸宅で(正面からは全体像がよくわからない造りになっている)、しかし「金かかってんなー」というのは誰が見てもわかる感じだったのだ。ちなみに家の前には当然警備員常駐。警備員には手紙を渡せたらしい。

 ということで、無事にツアーは終わったのだが、このツアーに対してはおそらく賛否両論あると思う。しかし、政府が「原発事故の収束」を宣言し(どの辺が収束?)、必死であの事故を「終わったこと」にしようとする力が働く中、こうしてあえて「東電会長宅に手紙を届ける」という行為には意味があると思うのだ。事故から9ヶ月、その中で最近強く感じるのは、「東電を責めても仕方ない」というような諦めムードだ。そんな中、改めて責任の所在を可視化させること。

歩道に「隔離」されるツアー参加者たち。

 なぜなら、今も福島県の15万人が避難生活を送っている。その中には、家族とバラバラの生活を強いられている人も多くいる。もう戻れないかもしれない故郷、情報がない中、結果的に置き去りにしてしまった動物たちへの罪悪感、失った家や職やその地域での生活。それをまるごと奪った原発事故が「収束」したという政府の宣言。そして大気中に飛び散った、広島原爆の168個分の放射性物質。

 私たちは、忘れっぽい。そして辛いことほど早く忘れてしまおうという防衛本能が無意識に働く。私自身も「忘れっぽさ」という点では誰にも負けないと胸をはれるほどだ。だからこそ、このツアーに参加した。事故から時間が経過する中で、「責任」の所在が曖昧になっていく怖さ。そしてあえて曖昧にされるように、いろいろな力が働いていることを決して忘れたくないと思うのだ。

 ということで、突然だが、12月31日夜、暇な人は経済産業省に集まってほしい。ここでカウントダウンをする予定だ。何をするかなどはこれから告知するが、激動の2011年の最後の瞬間を、これからともに世界を変えていこうとする人たちと迎えたいと思っている。詳しくは、私のツイッターなどで。

マガジン9の忘年会で、なんと連載200回突破のお祝いケーキが! しかも下の方にはSUGIZOさんが!!

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2008年の「麻生邸リアリティツアー」については、
連載第75回に詳しく書かれています。
まずはきちんと声をあげる、動くこと。
2011年は、改めてその重要性を考えさせられた1年でもありました。
年越し、東京にいる人はぜひ経産省前へ!

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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