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2012-11-28up

雨宮処凛がゆく!

第248回

「強いリーダー」を待ち望む人へ。の巻

 選挙を前にして、ぜひ読んでほしい本がある。

 この時期に出版されたことを心から感謝したくなる一冊。それは湯浅誠氏の『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日新聞出版)だ。

 なぜ、今読んでほしいのか。それは「決断できる政治」や「強いリーダーシップ」を待望してしまう人々の「気分」が、あまりにも鋭く分析されているからだ。

 特に読んでほしいのは、「さっさと誰か決めてくれ。ただし自分の思い通りに」と思っている人。それはあらかじめ裏切られることを約束された願いであるということが、本書を読むと怖いくらいによくわかる。

 たとえば、閉塞感極まる状況で、私たちはもう長いこと「既得権益バッシング」が激化するさまを見てきた。公務員や労働組合、そして最近では生活保護受給者までもが「既得権益」という言われ方をする。

 そんな既得権益に対して、湯浅氏は以下のように書いている。

 「世の中は不要不急の『既得権益』に満ちている。『一人ひとりを大切に』というのは、結局のところは『既得権益を大切に』というように聞こえる。いま求められているのは、デフレ、人口減少、高齢化、財政難と日本社会が沈没しかけている中で、ひるむことなく既得権益に切り込む力だ——という理屈です。/ここは、言い方一つのようなところがあります。『一人ひとりの生活と、そこから出てくるニーズ』と言えば、その一つ一つが尊重されるべき"善"だと思えてくる。他方、同じものを『既得権益』と言えば、尊重するどころか、一つ一つ潰していくべき"悪"だと感じる。ここで問われてくるのは、私たちにそれら一つ一つを見分ける力が備わっているかどうか、ということです」

 そうして湯浅氏は、ある懸念について、触れる。

 「怖いのは、社会全体に停滞感や閉塞感が広がり、仕事や生活に追われて余裕のない人が増えると、『自分はこんなにがんばっているのに、楽にならない』という不満から『自分は不当に損をしている』と感じる人も増える。その『自分は報われていない』というフラストレーションを背景に、『ズルして楽している人間は許せない』という怒りが高まり、その義憤に押されるように『既得権益』のレッテル貼りが横行していく、という事態に至りかねないことです。/難しいことはよくわからないのだけど、自分が正当に報われていないという実感は確実なものとしてある。そのときに『世の中にこういう既得権益があります』と言われると、自分の日々の努力を踏みにじられたような気分になり、日々に余裕がないゆえに、なおさらそれを許せなく感じる——という状態です」

 そうして余裕のない人が増えれば増えるほど、「既得権益」という「犯人探し」の傾向が強まる。そして、そこに切り込む「切り込み隊長」が待望される——。

 しかし、気をつけるべきなのは、その「切り込み隊長」がバッサリと斬りつける対象は、もしかしたらあなた自身かもしれないということだ。「ヒーロー」の後ろから「いいぞ!」と声援を送ってスッキリし、ガス抜きしていたら、そのヒーローがいきなり振り向いて自分をバッサリと斬りつけているかもしれない。

 湯浅氏は、「誰かさっさと決めてくれ」というような民主主義の空洞化・形骸化の背景には、格差・貧困問題の広がりがあることを指摘する。お金も時間もなく、生活に追われている人が多い"溜め"のない社会。

 「単純に言って、朝から晩まで働いて、へとへとになって九時十時に帰ってきて、翌朝七時にはまた出勤しなければならない人には、『社会保障と税のあり方』について、一つひとつの政策課題に分け入って細かく吟味する気持ちと時間がありません。/子育てと親の介護をしながらパートで働いて、くたくたになって一日の家事を終えた人には、それから『日中関係の今後の展望』について、日本政治と中国政治を勉強しながら、かつ日中関係の歴史的経緯をひもときながら、一つひとつの外交テーマを検討する気持ちと時間はありません」

 そんな「溜め」のない社会で強まる「ヒーロー」を求める気持ち。

 本書の最大のキーワードは「民主主義」だ。自分たちで引き受けて、それを調整して合意していくシステム。しかし、それは「まず何よりも、おそろしく面倒くさくて、うんざりするシステム」だと湯浅氏は強調する。そのことを、まずはみんなが認識する必要があるのだと。が、どんなに面倒でも、私たちは「主権者」であることからは降りられない。

 「誰か決めてくれよ」という前に、「自分たちで決める」しかないのだ。

 そのために必要なものはたくさんある。湯浅氏は、最近、以下のように考えるようになったという。

 「民主主義とは、高尚な理念の問題というよりはむしろ物質的な問題であり、その深まり具合は、時間と空間をそのためにどれくらい確保できるか、というきわめて即物的なことに比例するのではないか」

 私もまったく同感である。本書を読んで思い出したのは、08年に洞爺湖で開催されたG8に反対するキャンプのことだ。世界各国からG8に疑問を持つ活動家たちが集ったキャンプで、私たちは数日間を「民主主義の実践」だけに使った。それはおそろしく面倒で、しかし、これ以上ないくらいに刺激的な体験だった。が、そもそも「反G8のキャンプ」に参加できる人は限られている。多くの人は仕事を休めなかったり、そもそもキャンプに参加する交通費を捻出できなかったりするだろう。

 だからこそ、私たちにはもっと多くの「溜め」が必要なのだ。それをどうやって作るかが、また難題なのだが・・・。

 湯浅氏は、最後に、以下のように書いている。

 「ヒーローを待っていても、世界は変わらない。誰かを悪者に仕立て上げるだけでは、世界はよくならない。ヒーローは私たち。なぜなら私たちが主権者だから」

 投票に行く前に、ぜひ、読んでほしい一冊だ。

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誰かが「決めてくれて」「変えてくれる」、
それはたしかに楽かもしれないけれど、
同時にあまりにも怖いことでもあります。
「お任せ」の結果は、何よりも自分と、
そして未来の子供たちに降りかかってくる。
そのことを、今こそもう一度強く認識したいと思います。
以前にご登場いただいた湯浅誠さんのインタビューも、あわせてお読みください。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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