マガジン9

憲法と社会問題を考えるオピニオンウェブマガジン。

「マガジン9」トップページへパンにハムをはさむニダ:バックナンバーへ

2012-02-08up

パンにハムをはさむニダ

第36回

北朝鮮の「つぶやき」をRTで逮捕された韓国の友人
(その2)

パクさんの釈放を訴えるポスター。

 1月17日、パク・ジョングンさんがイ・ミョンバク大統領宛に書いた手紙が公開された。 冗談で捕まった彼らしくユーモアと皮肉が溢れる文書だ。パクさんの仲間たちはそれを英語、ドイツ語、日本語に訳しネット上で公開している。

 この書信の中でパクさんは「冗談の弁明をするのは冗談に対する礼儀ではない故に、そんなことをすると冗談が冗談ではなくなる」と述べて、「金正日万歳!」などのつぶやきが冗談であったことを立証せよ、と迫る検察の要求を事実上拒否する意思を伝え、数ヶ月にわたる捜査による最も大きい被害として「性欲減退」とそれによる「写真館の売り上げ減少」を訴えた。そして「写真館の経営数年だけで私の人生を終えるわけにはいけません」といい「(私も)エリカ・キムのような素敵な女性と一生の恋もしてみたい」など将来の夢を語った(エリカ・キムはイ・ミョンバク大統領と株価操作を行った容疑と不倫スキャンダル容疑(?)で話題になっている韓国系アメリカ人)。また書信の終わりにパクさんは彼が真理であると思って部屋の壁に張っているというある有名な言葉を引用した。
 「ひとりの青年が自分の力で生き抜こうとしているのに国がその前を塞ぐのは、国が青年に永久に返すことのできない借りを作るということです」。これは日韓基本条約反対デモに参加した経歴のために就職に困っていたイ・ミョンバクが当時の朴正煕大統領宛に送った手紙の文句である。

 しかしこんなことをするとさらに出られなくなることが心配だ。ここでパクさんの容疑に関連する国家保安法の具体的な条文をみてみよう。パクさんのつぶやきがひっかかっているのは国家保安法第7条の「讃揚・鼓舞罪」である。

 第7条(讃揚・鼓舞等)①国家の存立・安全又は自由民主的基本秩序を危うくするという情を知って反国家団体又はその構成員又はその指令を受けた者の活動を讃揚・鼓舞・宣伝又はこれに同調し、又は国家変乱を宣伝・煽動した者は、7年以下の懲役に処する。

 ここでいう「反国家団体」は北朝鮮そのものを指すのであって、これが韓国の法体系の対北の基本的認識であるが、そうであれば北を主権国として認めている国連に韓国は加入してはいけない。しかもその国連はこの第7条について「人権侵害の要素がある」と廃止を勧告している。このように反国家団体を容認している国連で事務総長を務めている潘基文氏は大丈夫なのか。このような矛盾の上に立っているこの法律の最大の問題は「処罰の範囲」だ。「反国家団体又はその構成員又はその指令を受けた者の活動を讃揚・鼓舞・宣伝」だけではなく、「これに同調」した人間まで「7年以下の懲役に処する」からである。

 これによって北朝鮮のTwitterアカウント@uriminzokのつぶやきをリツイートしたパクさんは「工作員だ」ということになる。このように本当の工作員だけではなく、罪の適用が曖昧な点を利用してパクさんのように気に入らないやつをでっちあげ事件で排除するのも国家保安法の歴史である。

 ところで、パクさんの弁護団はパクさんのアカウント@seouldecadenceの7万件に至るつぶやきから、彼が「従北主義者ではないことを立証するような決定的なつぶやき」をついに見つけたようだ。その「つぶやき」とは『金正日 カーセックス』。
 これから検察は『金正日 カーセックス』が「反国家団体の讃揚・鼓舞・宣伝」に当たることを立証する必要がある。法廷で一本のスタンダップ・コメディーがみられるだろう。

 ところで1月23日、この事件は日本で思わぬ方向に展開していった。その数日前私は「今度マガジン9に載せる予定の出来事だが、イ・ミョンバク政権がまたアホな一件やっちまった」と知り合いのライターの神田桂一氏にパクさんのことを話した。Twitterで起きたという点で、ネット世界のネタだと判断した神田氏はニコニコ動画で有名な「ニコニコニュース」にこの事件を報道した。
 翌日の夜、神田氏から電話がかかってきた。「大反響だよ!すごいことになってる!」。
 早速記事をみたら記事に連動されているTwitterでやたらとこの事件に関するつぶやきが続いていた。しかも意外にパクさんに関して好意的な反応が多数だった。まず捕まった人にしては笑顔の写真があまりにも面白かったからだろうが、「金正日萌え」という言葉にある種の共感があったのではないだろうか。
 翌週発表された統計によるとその一週間、ニコニコだけでその記事のヒット数は50万で(ほかのニュースサイトにも転送していたため総計数は倍以上だと思われる)「かつて例のない反響」だったようだ。最も驚いたのは私が家庭教師を務めている中学生のレッスンで「キムさん、最近『金正日萌え』って流行ってるよね」と言われたことだ。彼は日本人だけど、もし韓国人だったらあの子も「国家保安法違反」にされたんだろうか。
 Twitterのつぶやきで起きた事件である以上、ネットに限っての反応であるだろうが、少なくとも50万人は記事を読んだには間違いないから、神田氏との打ち合わせの時は二人で「なんていうことだ。怖いよ・・・」と大げさな会話をしていたのである。
 その後もパクさんの手紙や「金正日万歳!」と歌う韓国のグラインドコアバンド「バムソム海賊団」などを紹介する記事が、続々とニコニコニュースに上がった。そして25日、突然「明後日、ニコ生に出てしゃべってほしい」という連絡があった。後で「対談相手はジャーナリストの青木理氏だ」ということを知らされた。
 そうやって突然著名なジャーナリストの方と対談することになったのだが、27日は大学の試験もあったので一日中ダブルで緊張していたのである。ネット配信だったので韓国からもパクさんの支援団体の方がみてくれたようだ。結局2万2千人がみたらしいが、番組が終わったら「キム・ソンハこそ工作員」(安悪喜)、「共和国はあなたの功績を忘れません」(大分KCIA)など友人たちからのメッセージも寄せられた。青木さんは「日本でも今似たような法案『秘密保全法』が、今国会に出されようとしている」と言ったが、パクさんの件が「人の思想と表現を規制する法律」に関して日本でも議論するきっかけに繋がれば良い。だからパクさんが監獄から出てきたらぜひ来日させたい。 (ニコ生出演)

 私の工作(?)はここまでだが、その後パクさんの事件は世界中に広がった。1月31日、拘束調査を終えた検察はパクさんを正式に起訴した。「金正日万歳」などのつぶやきやリツイートが国家保安法違反だから工作活動であり、「金正日 カーセックス」は法の適用には関係ない、というものだったようだ。
 2月2日、ロンドンに本部がある国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」がパクさんの事件に関して「韓国政府が風刺を全く理解していないことがわかる残念な事件」とし、パクさんの釈放を要求した。これをきっかけに世界中がこの事件に注目したのである。
 IT関係のニュースで有名なメディア「Mashable」は「多分韓国政府はリツイートが『支持』を意味するものではないことすら知らなかったんだろう」と評した。

 ニューヨーク・タイムズは「ネット上の親北活動で起訴された人数は2010年は151名であり、2008年にはわずか5名であった」とイ・ミョンバク政権が同法律を悪用していることを指摘した。

 LAタイムズは「イ・ミョンバク大統領はNPR(米公共放送)とのインタビューで『自分も大学生の時はこんな法律は廃止すべきだと思っていた』と笑っていた」と報道した(じゃ、24歳のパクさんも若いから許してくれ!)。

 最も面白い反応は北朝鮮からあった。北朝鮮の「朝鮮中央通信」は2月2日、元となった聯合ニュースを見る限り、「パクさんのことだとみられる記事」を次のように報道した。
 「南朝鮮の『聯合ニュース』によれば南朝鮮社会党のある成員がインターネット上で《偉大な金正日同志は永生される。》、《敬愛するキム・ジョンイル将軍様は世界が公認して仰ぎ従う軍事の英才で勝利の象徴だ。》など絶世偉人の偉大性を称賛する文章数十件を掲載した。(中略)、(金正日同士の偉さは)南朝鮮各階層人民の中で大きな反響を呼んでいる」と報道した。(注:これらは実はパクさんが北当局のつぶやきをリツイートしたもの)。

朝鮮中央通信!韓国じゃ遮断されているけど面白すぎて読んでしまった!

 この事件が世界中で注目を浴びた理由は、イ・ミョンバク政権下の韓国政府に対するパク流のユーモアと皮肉に共感したからではないか、と思う。

 逮捕される数日前、パクさんはTwitterで以下のようなことをつぶやいた。これこそ7年の懲役を覚悟した「コメディアン」の最後のネタである。しかし本当に早く出てきてほしい。

 『どうせこんなことになったから検察でもからかってみよう。この野郎!ばーか!ばーか!金正日、金日成、金正恩、金玉、高英姬、金正淑、張成沢、金正哲、金正男、金英南万歳!万歳!万々歳!』 1月12日、1時53分ツイート。@seouldecadence

(アル・ジャジーラでも報道されたパクさんの事件。なぜ日本ではまだ主流メディアに報道されていないのだろうか。ニコ生で私なりにその理由について意見を言ってみました

←前へ次へ→

韓国の「国家保安法」にも通じる「秘密保全法」については、
B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」でも指摘してくれています。
こうした法律が成立してしまえば、
次はいつ私たちがパクさんの立場になってもおかしくない。
海の向こうの他人事ではなく、「自分ごと」として捉えるべきニュースです。

ご意見・ご感想をお寄せください。

googleサイト内検索
カスタム検索
キム・ソンハさん
プロフィール

キム・ソンハキム・ソンハ1984年、釜山生まれ。高校中退後大検で卒業しイギリスに2年間留学し、その後日本の大学に進学した。韓国徴兵制の不条理にムカつき、日本で韓国徴兵を考える会「PANDA」の結成に参加。現在高円寺に滞住しながら、「仕事募集中」。納豆も食べられるので食生活には特に問題なし。