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2012-05-09up

鈴木邦男の愛国問答

第98回

本間龍さんの『転落の記』

 「本当の悪党は犯罪なんか犯さない」と、三島由紀夫は言っていた。『不道徳教育講座』の中で言っていた。いや、犯罪を犯しても捕まるようなことはしない。という意味だった。道徳的で善意の人間が、それを貫こうとして、ある時、無理をする。そこに犯罪が生まれるという。初めから沢山の悪徳を持っていれば、善意や純情の果てに犯罪を犯すこともない。

 例えば、アバズレ女(と、三島は書いている)に純情青年が恋をし、金を使い、それでも足りなくて、友人から金を借りまくり、さらには強盗に入り、捕まる。よくある話だ。強盗をした時に、追いかけられ、持っていたナイフで刺すかもしれない。相手が死んだら、本人だって強盗殺人で死刑になるだろう。危ない女に対する「恋」を貫こうとしたからだ。「純情」を貫いたからだ。

 三島は言う。もっと多くの女に恋をし、遊んでたらよかったのだと。一人の女に対し、「その恋愛に於て甚だ道徳的であったがために」犯罪を犯したのだという。

 女が沢山いて、それぞれの女に「不実」「不道徳」を働いていたら、こんなことにはならなかった。

 <その結果、たとへ金に困っても、強盗まで行かず、せいぜい「借金を踏み倒す」といふくらゐの不道徳を犯すだけですんでゐたでありませう>

 そして、三島は結論づける。

 <九十九パーセント道徳的、一パーセント不道徳的、これがもっとも危険な爆発的状態なのであります。七十パーセント道徳的、三十パーセント不道徳的、ここらが最も無難な社会人の基準でありませう>

 まるで本間龍さんの為に書かれたような文章だな、と思った。本間龍さんは博報堂に20年勤務したエリート社員だ。それなのに詐欺事件を起こし、逮捕され、黒羽刑務所に送られた。どんなに酷い、悪辣な手口の詐欺かと思ったら、何と、元は「善意」「責任感」から起こったことなのだ。「社員としての責任を果たしたい」「会社に迷惑をかけたくない」という善意から起きている。

 取引会社に未収金がある。いくら請求しても払ってくれない。上からは「早くしろ」と言われる。それで思い余って、自分で1千万円を作って博報堂に入金する。自分の預金をはたいて、又、友人たちから借りまくって…。あまりに「責任感」が強いからだ。悪党なら、いや普通の人間なら、こんなことはしない。1千万を払わない相手の会社が悪いんだ、自分はやるだけやった、勝手にしろ! と居直る。自分で弁償しようなどと思わない。

 奥さんには黙って(あとでバレるが)、預金を下ろし、友人たちから借りまくり。その時、幸か不幸か、博報堂株の上場問題があった。「持ち株を売ってくれ」と友人にいわれた。上場すると何十倍にもなる。その話に乗った。さらには「上場」を自分から口にして、友人たちから金を集めた。返せるつもりだった。ところが、株は思ったほどには上がらない。友人たちに謝り、少しずつ金は返し始めた。だが、追いつかない。その為に、さらに借りる。サラ金からも借りる。又、付き合っていた愛人にも金がかかる。又、借金する。そして、とうとう友人たちから告訴され、逮捕、刑務所へ。

 『転落の記』(飛鳥新社)にその経過が詳しく書かれている。本の帯にこう書かれている。

 <転勤、未回収売上金、一部上場、不倫…企業人が堕ちていくすべての要素が詰まった、身につまされる悔恨の告白>

 企業人ではないが、僕だって身につまされた。読み始めたら、止まらなくなった。高田馬場のロイヤルホストで、一気に読んだ。3時間もいて、読破した。いい人なんだな、この人はと思った。善意の人だ。三島の言うように、悪徳を多く持っていたら、刑務所に行くことはなかった。一番悪いのは、1千万を払わない相手会社だ。又、友人達には、少しずつ金を返している。それに彼らだって、未公開株を買っておけば…と欲につられた人間ではないか。それなのに返済が遅れただけで、長年の友人を刑務所に入れるのか。たかが数百万の金のことで。…と、僕なら逆恨みをする。

 でも本間さんは、弁解しない。いい人だな、と思った。黒羽刑務所では、「第16工場」で働く。ここは健常者と一緒に懲役労働をすることが困難だとされた人々(認知症高齢者、知的障害者、身体障害者、同性愛者など)を集めた工場だ。そこで本間さんは、彼らのお世話係をする。

 その体験は『転落の記』にも書かれている。さらに、もう2冊、刑務所体験の本を書いている。『「懲役」を知っていますか』(学習研究社)と、『名もなき受刑者たちへ』(宝島社)だ。3冊とも一気に読んだ。実に感動的な本だった。山本譲司さんの『獄窓記』以来の感動だった。それに、同じ黒羽刑務所だ。

 5月2日(水)、文化放送の「夕やけ寺ちゃん活動中」で、この本間龍さんに会った。僕は、1年ほど前から、文化放送に毎週水曜日、出ている。「来週はゲストで本間龍さんが来ますよ」と聞いていたので、3冊を一気に読んだのだ。僕の思った通り、実にいい人だった。それに有能な営業マンだった。話し方も、うまい。本の文章もいい。だから、これだけ大活躍しているのだ。刑務所を出て間がないのに3冊の本を出し、テレビにもよく出ている。講演、ドラマの設定監修…と引っぱりだこだ。大忙しだ。博報堂のエリート社員だった時よりも忙しいのかもしれない。

 僕は政治運動関係の逮捕者には友人が多い。この人たちは初めから「逮捕されることもある」と覚悟をして運動している。しかし、本間さんは、普通の企業人だ。そして、これは誰もが落ち込むかもしれない事件だ。それだけに、多くの人への「教訓」になるだろう。又、本間さんは、警察でも、検察でも、刑務所でも、一生懸命だ。真摯に反省し、学ぼうとする。教訓を得ようとする。「転落」すらも、人生の学校にしている。これは凄いと思った。人を怨まない。全ては自分の問題として引き受け、教訓化している。

 こんな話がある。刑務所で、「なぜ本間さんのような人がこんな所へ来たのか」と刑務官に聞かれ、正直に話す。それを聞いて刑務官がいう。その言葉が実にいい。

 「そうか…でもさ、あんたもその時点でストップして良かったんじゃねえの? 下手したら、もっとひどいことになってたかもしれんよ。ここには金の貸し借りで傷害とか殺人とかやっちゃった連中が山ほどいるからな。それに比べたら全然マシだろ」

 確かにそれは言えるだろう。その点では本間さんは「幸せ」だったのかもしれない。これは誰にでも起きるかもしれない失敗だし、転落だ。だからこそ、多くの人たちの教訓になればいいと思う。僕も、いい本を読み、いい人に会った。幸せだ。

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「刑務所に入った」と聞けば、
とんでもない悪人? とも思ってしまいがち。
けれど実は、自分と何も変わらない「普通の人」が、
ちょっとしたボタンの掛け違いから「転落」していくことのほうが多いのかもしれません。
「誰にでも、いつでも起こりえること」。
その感覚を持つこと、とても大事だと思います。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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