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2012-05-16up

鈴木邦男の愛国問答

第99回

2012年の憲法改正議論

 日本国憲法の改正議論が急に活発になった。いや、そう言われているだけかもしれない。だって、5月3日の「憲法記念日」が過ぎると、「改正議論」の熱も冷めてしまったようだ。「国家の根本問題を我々はこれだけ真剣に考えているのだ」とアピールするだけのようだ。パフォーマンスだ。何が何でも今すぐやらなくてはならない問題ではないのだ。
 改憲案は自民党、みんなの党、たちあがれ日本の3党が発表した。又、産経新聞が「国民の憲法」起草委員会を発足させた。3党とも、基本的には似ている。天皇を「元首」にすべきだと言う。国旗・国歌についても、「日章旗、君が代」と明記すべきだと言う。又、安全保障については、自民党が、国防軍。自衛権(集団的自衛権行使含む)を保持。たちあがれ日本は自衛軍。集団的自衛権行使を明記。みんなの党は、自衛権の在り方を明確化。つまり3党とも「9条改正派」だ。
 保守派陣営からの改憲論議の提出という点では同じで、目新しいものはない。ただ、みんなの党が、首相公選制、地域主権型の道州制、一院制の導入を明記した。この点だけは、新しい提案だ。
 それよりも、今年の5月3日に向けて、3党ともに一番強力に主張しているのが、緊急事態の問題だ。昨年3月11日の東日本大震災、原発事故を受けて、「だから改憲を!」と訴えている。これからも同じようなことが起こったらどうする。しっかり対応できるように憲法に明記すべきだと言う。これは一見、もっともらしい。
 では、どう言っているのか。自民党は、武力攻撃や災害時に首相が「緊急事態」を宣言、首相の権限を強化。たちあがれ日本は、首相が非常措置権を行使。みんなの党は、非常事態法制の整備を明記。と、なっている。どうも、これは一種の脅しだ。地震、津波、原発事故が又あったら、日本は守れない。今の憲法のままではダメだ。改憲して、その災害に備えるべきだと言う。
 でも、あの未曾有の災害は憲法が不備だから起こったことなのか。違うだろう。政治家が無能だったからだ。少なくとも、天災後の人災はそうだ。首相は、おたおたして東電を怒鳴りつけたり、不必要なヘリコプター視察を強行して、救援をむしろ遅らせていた。そんな首相に、もっと強力な権限を持たせるのか。これは、おかしいだろう。改憲したらもっと立派な首相が生まれるという保障もない。ろくな政治家はいないのに改憲したらよくなるというのは、ごまかしだ。「自分たち政治家は頑張っているのに憲法がダメだから、あんな大きな災害になった」と言ってるようだ。責任転嫁だ。
 自衛隊や警察や消防のレスキューなどがあったから災害救助にあたれたのだ。彼らは普段から一朝有事に備えて厳しい訓練をしている。準備をしている。だから出来た。その点、政治家はついこの前にポッと出て当選した人間も多い。覚悟も訓練もない。むしろ、政治家を教育し、訓練するように改憲したらいい。
 だから、今、改憲を言ってる人達は、問題をすりかえていると思う。僕は、憲法を見直すことは必要だと思う。しかし、それは何年も時間をかけて、じっくり検討してやるべきだ。一時の勢いでやるべきではない。それに、原発、東北の復興、北朝鮮の拉致……など抱える問題が沢山ある。そっちの方を優先させるべきだ。それなのに、「憲法を改めないから、こんな事件・事故が起きるのだ」と言わんばかりに、憲法に全ての罪をなすりつけている。そして、憲法さえ変われば、国の安全も、経済も、全てがうまくゆく。そんな幻想を与える。これでは霊感商法と変わらない。
 実は、これは僕自身の自己批判・反省を込めて言っている。右翼学生の頃は、「諸悪の根源・日本国憲法」と言っていた。国防、経済、教育……全ての責任は憲法にある。アメリカから押しつけられた憲法を守っているから、日本人としての誇りもないし、国を守る気概もない。教育もダメになっている。青少年の犯罪も増えている。全ては憲法のせいだ、と。分かりやすい。運動のスローガンとしては、ターゲットを一つにすると、力も結集できる。そんな思惑もあった。
 今から考えると恥ずかしい。考えてもみたらいい。改憲したからといって、すぐ経済が回復するわけでもないし、犯罪がなくなるわけでもない。国民の意識は何も変わらないかもしれない。それをキチンと押さえておく必要がある。その上で、「何も変わらないかもしれないが」、冷静に憲法を見直す議論をするべきだと思う。たとえば、いまの憲法は旧仮名・旧漢字で書かれている。これだけでも変えよう。僕はそう思う。でも、「それを突破口にして、9条を変えるのだろう」と護憲派の人は疑う。じゃ、9条は変えない。その了解を取った上で、見直してもいい。又、天皇を元首にする問題も、それだけに限って論議したらいい。全体を変えようとするから、思想的な闘いになる。思想戦争になる。イデオロギー戦争になる。
 橋下徹・大阪市長は、5月3日の産経新聞で、自民党改憲案についてこう批判していた。
 「参院に何も触れていない。国民の心はつかめない。参院は国会議員の既得権で、ここに触れるかどうかで有権者に意気込みが伝わる」
 さらに、自身の憲法観についてこう言っている。
 「憲法は思想書ではなく、基本的には価値中立的で、権力者の権力を縛るためのものだ」
 これを読んで、ハッと思った。さすがは弁護士だ。僕らは憲法を<思想書>にして、これで闘おうと思ってきた。又、今の政治家はこれを武器にして国民を教育し、治めようとしてきた。これは間違いなのだ。国民が自由に、豊かに生活できる為に憲法はある。そしてそれに干渉する権力者、政治家を縛るためにあるのだ。
 慶応大学の小林節教授は、今まで改憲論議をリードしてきた人だ。ところが最近は、「自民党の改憲案には反対だ」と言っている。自民党は、教育の問題に立ち入り、「愛国心」を強制しようとしている、と言う。そして言う。
 「国民が愛せるような国にすることが政治家の仕事だ。それを忘れて、自分は何もしないで国民に愛国心を押しつけようとしている。とんでもない」と。「自民党に改憲されるなら、今の憲法のままの方がいい」とまで言っている。
 漫画家の小林よしのりさんも、かつては強力な改憲論者だったが、今は、改憲に反対している。今のムードのままやると、9条を改正し、国防軍を作る。そして外国にも出す。そうすると、アメリカに言われるままに動くしかない。「アメリカの傭兵」になってしまう、と。それよりは、「今のままの方が、まだいい」と言う。

 最後に付け加えておくが、自衛隊はこのままでいい。このままの形で憲法に明記したらいい。9条とは少し矛盾するが、早急に「統一」する必要もない。だって、軍隊はないはずなのに、これだけの自衛隊がいる。もし「国軍」「国防軍」と明記したら、どこまでエスカレートするか分からない。そんな不安がある。でも自衛隊は必要だ。だから、妥協点として、それを書く。憲法は<思想書>じゃないんだから、それもいいだろう。
 又、天皇は、今のままでいいと思う。文化的、歴史的に日本を代表する存在だし、象徴だ。元首にしたら、政治的に責任が生まれる。まさか、これから戦争があるとは思わないが、そんな大事な時に元首として判断してもらう、などという事態になってはいけないだろう。皇室を週刊誌はいいようにバッシングし、国民と同じ権利も人権もプライバシー権もない。その上、「義務」だけを押しつけて、無能な政治家は責任逃れをするつもりなのか。天皇を元首にし、国防軍を作り、「強い国家」を作るつもりかもしれないが、それは根本的に間違っている。すぐ逃げ出し、責任もとらない政治家たちばかりなのに、そんなことを言う資格はない。政治家に頼らず、一人一人の国民が自覚し、自立し、強くなることだ。それが強さだろう。

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問題の本質から目をそらし、すべてを「憲法のせい」にする。
そのおかしさは、例えば辻元清美さん伊勢崎賢治さんなども、
それぞれ違う視点から指摘しています。
憲法を変えれば、いろんな問題が解決する。
そんなふうに誤魔化しているとしか思えない「改憲案」には、
やっぱり違和感と嫌悪感しか抱けません。
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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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