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2010-08-11up

森永卓郎の戦争と平和講座

第43回

理想と現実のどちらを優先すべきか

 7月27日、辻元清美衆院議員が社民党からの離党を表明した。辻元清美氏は、土井たか子元委員長の秘蔵っ子で、いずれは社民党党首になると、多くの人が期待していた有力議員だ。その辻元氏が社民党を離れると言ったのだから、ショックを受けた人は多かっただろう。私もその一人だ。辻元氏とはこれまでも色々な議論をしてきて、彼女が聡明で、優しさに溢れ、誠実で、情熱的な政治家だと確信してきたからだ。

 辻元氏が離党した理由はいくつもあるが、きっかけを作ったのは、間違いなく社民党が連立政権から離脱したことだ。辻元氏は、小選挙区で選ばれた衆議院議員だ。前回の選挙のときには、民主党、国民新党の選挙協力の下で当選した。社民党が連立を離脱して、彼女の選挙区に民主党が対抗馬を立ててくれば、次の選挙で当選することはむずかしくなる。

 しかし、それだけが理由ではない。「批判だけでは、日本を変えることができない。いろんなことを具体的に解決していく政治を進めたいとの思いが強くなった」と辻元氏は離党を表明する会見で語った。

 外にいて批判を繰り返すのではなく、現実の様々な制約と立ち向かい、少しずつでも社会を変えていく。そういうことのできる政治家に自分はなりたいと辻元氏は言うのだ。もちろん、理想ばかり唱えていては、世の中は変わらない。しかし、本当に辻元氏は理想を実現する手段として、現実を踏まえた政治ができる政治家になるという選択をしたのか。実は、私はそうではないのではないかと考えている。その理由は、国土交通副大臣になってからの辻元氏の行動があるからだ。

 国土交通副大臣としての辻元氏の業績は日本航空の更生計画策定と高速道路の料金体系見直しだとされている。

 まず、日本航空の再建のために何が行われたのかを振り返ってみよう。日本航空は短期間での再建、黒字化を図るために、2年間で国際線28路線、国内線50路線を撤退し、国際線の事業規模を4割減、国内線3割減とする計画を立てている。そして1万6千人の大規模リストラを断行し、残った従業員についても、パイロットは年収3割カット、客室乗務員は25%カット、地上職員は20%カットという大幅賃下げを断行する。これによって地上職の年収は、スカイマークを下回る水準になる。また、株主には100%減資を求めた。日本航空には38万人もの個人株主がいる。株主の多さは、かなり特殊だ。航空運賃が半額になる株主優待券が欲しくて、多くの個人が株式を保有したからだ。ところが、100%減資としたため、株主優待の権利も吹き飛んでしまった。ダイエー再建のときには、99%減資だったから、株主優待の権利は残った。辻元氏がリードした日航再建は、それさえも許さないという徹底的な縮小均衡、ハゲタカ路線なのだ。もちろん、こうした再建策は、およそ社民政策とは相容れないものだ。

 また辻元氏は、高速道路の無料化にも反対だったという。国土交通省のなかで無料化にブレーキをかける役割だったと辻元氏自身が語っていた。疲弊する地方経済を救うためには、高速道路の無料化は大きな効果を発揮する。その政策に根本から辻元氏は反対していたのだ。

 この二つの政策を見る限り、どう考えても、辻元氏は、理念を変えてしまったとしか思えない。

 なぜ辻元氏は変わったのか。私は、前原国土交通大臣と一緒に仕事をしたことが原因なのだと考えている。離党表明後のテレビ番組で、私は彼女に聞いた。「なぜ、安全保障面で、思想が180度違う前原大臣と仲良くなったのですか」。辻元氏はこう答えた。「思想は違うけれど、彼はきちんと議論ができる人だった」。

 同じ関西人として、辻元氏は前原大臣と馬が合ったようだ。そしていつの間にか、思想自体が前原氏に近寄ってしまっていったのではないか。

 朱に染まれば赤くなる。実は辻元氏の離党とある意味で共通する「事件」が起きた。千葉景子法務大臣が、死刑の執行命令書にサインをしたのだ。

 千葉大臣は旧社会党出身で、社民党の副党首も務めていた。その後民主党に転じたが、法務大臣就任直前まで、死刑廃止議連のメンバーだった。法務大臣就任時の会見でも、「死刑執行には慎重に対応したい」とはっきり言っていたのに、現実を前に変わってしまったのだ。これも周りの影響だろう。

 現実を無視しろとは言わない。ただ、現実を踏まえれば、理想は曲げざるを得ないのだと最初からあきらめてはいけない。千葉大臣には、任期中ずっとサインをしないという選択肢が当然あったはずだ。日本航空の再建も、法的整理をするのではなく、銀行団に債権放棄を求めた上で、会社を継続させ、路線の大幅な縮小や厳しいリストラを避けるなかで、経営再建を図る道筋もあったはずだ。普天間基地の移設についても、米国に「政権が変わったのだから、普天間の機能は米国領土内にすべて引き取って欲しい」と強く要求することもできたはずだ。もちろん、そんなことをしたら米国から様々な嫌がらせを受けることは目に見えている。しかし、それに耐えてでも、国外移転を求めていくという選択肢はあったはずなのだ。

 いまの日本に広がっている一番大きな危機は、全体主義が台頭してきているということだろう。消費税や普天間問題に限らず、あらゆる問題で自民党と民主党の政策がどんどん近づいてきている。現実を踏まえれば仕方がないという問題ではない。まず自らが理想とする政策をきちんと掲げて、現実との間で、譲るべきところはギリギリ譲るという形にしていかないと、国民が選択肢を失ってしまうのだ。

 平和と平等と人権を守るという理想を掲げる政治家を国民が選べなくなったら、日本はおしまいだと思う。

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前回のコラムにもあったように、
どんどん「同じようなものになって」きた自民党と民主党の政策。
「現実的に考えれば仕方ない」は、まさにそのキーワードと言えそうです。
現実をシビアに見極めながらも、理想を捨て去るのでなく、
そこに近づくための方策を議論し、実行していく。
理想と現実の二択ではない、それこそが「政治」なのでは?

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森永卓郎さんプロフィール

もりなが・たくろう経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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