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2012-01-18up

時々お散歩日記(鈴木耕)

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責任はどこに、誰に?

 昨年暮れの東京新聞のコラムで、俵万智さんが絶賛していた沖縄の3人組グループ「きいやま商店」の『沖縄ロックンロール』を聴きながら、原稿を書いている。とてもとても心地いい。
 かなり意識的に、いわゆる“沖縄音階”を避けているような曲調だが、感じる風はやはり沖縄だ。ふうーっと気持ちが奪われて、あれっ、原稿が進まない。
 ちょっと、音楽、小休止。

 音楽はいいけれど、沖縄、辛い話が続く。替わったばかりの田中直紀防衛大臣がとんでもない発言。「沖縄県民のみなさんのご理解を得て」という前提付きながら「年内に辺野古の埋め立て着工できるかが当面の手順」とNHKの番組で言い放った。まだアセスメント評価書さえきちんと検討されていない段階で、もう着工時期に言及する。沖縄の意志など、まるで忖度していないかのようだ。もっとも、翌日(1月16日)には「決して年内着工を断定しているわけではない」とあっさり前言撤回。まったく言葉の軽さには、呆れるしかない。
 東京新聞の半田滋記者がいつか書いていたように「沖縄と原発の問題の根っこは同じ」なのだと、あらためて思う。基地や原発を弱い所へ一方的に押し付けて、あとはカネで片をつけようという姿勢だ。
 あの昨年暮れ(12月28日)未明の、アセスメント評価書の県庁への運び込み。まるでコソ泥のような情けないことを行った人たちが、沖縄防衛局のれっきとした官僚たちだったのだから言葉もない。
 それにしても、政府や与党民主党にまともな人材はいないのだろうか。出てくる政治家が次々とわけの分からない発言をして批判を浴びる。年齢と当選年次だけを大臣の任命基準としているから、知識も見識もない大臣が生まれるのだ。官僚たちも同様で、沖縄の人たちよりもアメリカが大事、姑息な手段を用いてでもアメリカの意向に従おうとする。いつからこんなひどいことになったのだろう、この国は。

 「アメリカが日本国民よりも大事なのか」と、怒りを通り越して情けなくなるような事実も明らかになった。毎日新聞(1月17日)。

SPEEDI 拡散予測、米軍に提供 文科省、国民公表前に  東京電力福島第一原発事故直後の昨年3月14日、放射性物質の拡散状況を予測する緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)による試算結果を、文部科学省が外務省を通じて米軍に提供していたことが16日、分かった。 
 SPEEDIを運用する原子力安全委員会が拡散の試算結果を公表したのは3月23日。公表の遅れによって住民避難に生かせず、無用な被ばくを招いたと批判されているが、事故後の早い段階で米軍や米政府には試算内容が伝わっていた。(略)
 文科省の渡辺格科学技術・学術政策局次長が明らかにした。渡辺氏は「(事故対応を)米軍に支援してもらうためだった。(国内での公表は)原子力災害対策本部で検討していたので遅くなった」と釈明した。

 自国の国民よりも、米軍や米政府への通報を優先したというのだ。自国民への公表は、実に米軍への通知の9日後だった。まずはアメリカ様、という官僚たちの思考傾向が読み取れる。
 この渡辺という人物の“言い訳”もひどすぎる。「米軍の支援要請のため」というのだが、では、実際に事故処理に決死の覚悟であたっていた自国民である「自衛隊」や「警察・消防」などは被曝してもかまわない、というのか。彼らは米軍以下なのか!

 「原発事故は収束した」と言ったのは野田佳彦総理大臣だ。その野田内閣の支持率は一貫して下がり続けている。小手先の内閣改造をやってはみたものの、支持率回復の兆しもない。ウソをつくからだ。放射性物質を今も漏らし続けていて、なぜ「収束」などと言えるのか。それこそ最大のウソ。そのウソを信じて「被曝」したら、誰がどのように責任をとるというのか。事故は収束などしていない。
 しかし、いまや原発事故は「除染」の有無へと誘導されているとしか思えない。まるで「除染」を行えば古里へ帰れるような、根拠のない言説が幅をきかし始めた。僕は何度でも繰り返すけれど、「除染」は「移染」でしかない。そこにある放射性物質を、あちらへ移動させるだけ。放射能はなくならない。
 その、どうにもならない現実を示す報道があった。各紙に載っていたが、東京新聞(1月16日)は、次のように報じていた。

 福島県二本松市は十五日、昨年七月に完成した同市内のマンション一階の室内で、毎時〇.九~一.二四マイクロシーベルトと屋外より高い放射線量が検出されたと発表した。コンクリートの基礎部分は、計画的避難区域となった同県浪江町の砕石場の石が使われており、市や国などは原発事故で汚染された石が原因とみて調べている。(略)
 市などによると、マンションは三階建てで十二世帯が入居。線量が高かったのは一階の四部屋で、うち二部屋は、県の借り上げ住宅として南相馬市と浪江町からの避難住民が生活している。県が転居先を手配する方針。(略)

 避難してきた人たちの仮の住まいに放射線高線量。またそこから避難しなければならない。「次は一体どこへ…」、ニュース映像で見た住民女性の涙が哀しすぎる。
 砕石されて使用された石が汚染されていた。しかもそれはコンクリートに溶かし込まれてビルの基礎部分に使われている。この高線量を避けることは、もうできない。できるのは、基礎を壊して造りかえることだけ。つまり、もうこのマンションは壊すしかないのだ。それしか放射線量を下げる手段はない。
 ここにようやく落ち着いた避難住民たちは、更なる避難を余儀なくされる。どこへまた逃れればいいのか。そしてその費用は、いったい誰が負担してくれるのか。
 しかし、東電はやはりシラを切るだろう。知人の弁護士に聞いてみると、こんなふうに教えてくれた。
 「東電はこれまでの経緯からして『責任はない』と主張するだろう。『砕石会社が放射線量の測定を怠ったのが原因であり、それをきちんと検査しなかった国や県の責任が大きい』と言い逃れるだろう。福島県のゴルフ場との争いでは、『放射性物質は東電の所有物ではないから、汚染の責任はない』という主張をしているくらいだからね」
 すでに避難等で所持金を使い果たし、貯えもほとんどなくなり、東電からの賠償金すら煩雑な請求システムのためにまだ受け取ることのできていない避難住民たちには、東電相手の裁判を起こす余裕はない。そんな状況を見透かしての東電の責任回避のやり口なのだ。
 それを示す記事もある。東京新聞(1月17日付)だ。

「全取締役責任なし」 損害賠償、東電が不提訴通知  東京電力の福島第一原発事故をめぐって歴代役員に損害賠償を求めて提訴するよう請求していた株主に対し、同社監査役が十六日までに、不提訴理由通知書を送付した。「事故発生までの津波対策や、発生から事故収束に向けた対応について、全ての取締役に責任は認められない」としている。 
 株主側代理人の河合弘之弁護士が記者会見で明らかにした。(略)
 河合弁護士は「通知書には東電への批判的観点が全くなく、監査役は本来の役割を果たしていない。怒りを禁じ得ない」と話した。(略)

 つまり、東電の経営陣には、今回の原発事故に関しては一切の責任はない、というのだ。では、責任は誰に、どこにあるのか。原発事故も自然災害だから、すべては神様のせい、とでもいうつもりか。
 監査役までが会社の論理の中にドップリと漬かっている。それならば「監査役」などという名称は捨てるがいい。「会社代弁役」とでも変更すればいい。
 かくして、政府も首相も所轄大臣も会社も学者も、この国の全ての無責任体制は揺るぎない。

 僕は先週のこのコラムで「この国は衰退していくしかない」と、痛切な思いを込めて書いた。その言葉を、またここで繰り返さなければならないのが、つらい…。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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