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2010-12-22up

出版記念対談:日本で韓国で「のびのび大作戦」!

その1その2

松本哉さんの人気コラム「のびのび大作戦」が、なんと韓国で本になりました!
題して『貧乏人の騒動ショー』。
その出版を記念して、前作『貧乏人の逆襲』(筑摩書房)から続いて翻訳を担当した、
翻訳家の金京媛さんと松本さんとのスペシャル対談が実現!
松本さんの人気のヒミツ、翻訳にあたって苦労したことなど、
笑いの絶えない対談になりました。
2回連続でお届けします。

金京媛(キム・キョンウォン)さんプロフィール 1964年ソウル生まれ。ソウル大学校人文大学国語国文学科卒。同大学院博士学位取得。専攻は韓国近代文学。北海道大学文学部外国人研究員、仁荷大学校選任研究員、漢陽大学校HK研究教授などを歴任。*著書:『国語の実力が飯の種─単語編』1、2(共著, ユートピア、2006‐2007)*論文および評論:「韓国文学の近代性を問い直す─李人稙の『血の涙』と李光洙の『無情』を中心に」(『日本近代文学』第75集、2006)「21世紀、新しい理論と思想:柄谷行人の批評」(『ネクスト』中央日報社、2005.8)その他、翻訳書多数あり。

『貧乏人の逆襲』が韓国でベストセラーのわけ

編集部 今回の本は、企画が立ってから実際に出版されるまでの期間がすごく短かったそうですね。

キム そうですね。企画が出たのが10月だったんですが、出版社の事情などもあって、なんとか年内の発売に間に合わせたいということで…。翻訳にかける時間も、20日間くらいしかなかったんです。それなのに松本さん本人は「11月は1ヶ月間フランスに行ってます」とかいうし、「あれ?」と思いました(笑)。私はこんなに振り回されてるのにー、と、ちょっと悔しかった(笑)。

松本 いやー、僕もこんなに早く出るとは思ってなかったので。

キム タイミングと縁ですね。「強制送還」の一件で、松本さんのことが韓国でさらに広く知られるようになったので、ぜひこの機会に! ということもありましたし。

編集部 なるほど。キムさんは、松本さんの韓国での1冊目の本である『貧乏人の逆襲』でも翻訳を担当されているんですよね。そもそも、どんなきっかけであの本の翻訳にかかわられたんですか?

キム もともと、私がテレビで松本さんのことを知ったのが出版のきっかけなんです。KBS(韓国放送公社)に「アジアの窓」といって、アジアの面白い人や場所を紹介するドキュメンタリー番組があるんですね。そこで松本さんや「素人の乱」の活動が紹介されたことがあって。私はソウルの自宅でそれをぼーっと見ていたんですけど、最後に「本も出ます!」という紹介があったので、「これを韓国でも出したら面白いんじゃないかな」と思ったんです。

松本  放映されたのが、ちょうど日本で『貧乏人の逆襲』が出たばっかりのときだったんですよね。

キム  それで出版社に提案を出したら通ったんですが、その後日本の出版社からなかなか返事が来なくて。ほかの出版社から出てしまうんじゃないかと、少しやきもきしたりもしたんですよ。

編集部 そして出版された『貧乏人の逆襲』は、1万部を突破。韓国で1万部というのは、なかなかすごい数字なんでしょう? 松本さんが強制送還された時、韓国の新聞記事には、松本さんのことが、「日本のベストセラー作家」と紹介されていましたし。

キム はい。今、韓国の出版市場もすごく大変ですから、単行本で1万部ならみんな驚いて大喜び、という感じです。

編集部 お金がなくてもこうやって生きると楽しいよ、という「貧乏人のための生活術」を書いた松本さんの本が、どうして韓国でそんなに受け入れられたんだと思いますか?

キム やっぱり、厳しい状況に置かれている韓国の若者にすごくアピールする内容だったからだと思います。今、韓国の若者たちは本当に大変。大学に入るのも大変だし、卒業しても就職できないし。正規雇用と非正規雇用の労働者の格差もだんだん大きくなっています。実は私も、先日まで働いていた大学との契約が更新してもらえなくて、辞めたところなんですけど(笑)。

松本 韓国の若い人たちと話していても、日本よりさらに厳しい感じですよね。日本だとまだ、厳しくてもなんとかフリーターで生活してる人がけっこういるけど、韓国はバイト代ももっと安くて、生活がなかなか成り立たなかったり…。

編集部 でも、そういう韓国の読者の中から、高円寺の「素人の乱」にやってくる人がいるそうですね。

松本 いますね。「あの本読みました」って。前は、ソウルから自転車で来たって奴もいました(笑)。そいつは釜山から福岡までは船に乗って東京まで来たらしいんですが、さらに「これから北海道へ行く」って言うんですよ。だから、北海道ならここ、仙台ならここに行けって、僕の知り合いの連絡先とかを教えたら、そのまま旅立って行きましたよ。あと、ほかにも「自分も韓国で店をやりたい」とか「準備中だ」っていう人からも連絡が来たり。

キム それは嬉しいですね。

「のびのび大作戦」翻訳の苦労と楽しみ

編集部 それにしても、松本さんの文章というのは、私たちが読んでもとても独特というか、個性が強いと思うんですけど、翻訳されていかがでしたか?

キム 話し言葉が多いというか、テンションがとても高いし、必ずしも文法的に正しい言い回しばかりが使われているわけではないですよね。特に今回の「マガジン9」のコラムは、『貧乏人の逆襲』よりもっとテンションが高い感じがします。

松本 1本1本のコラムが短くて、瞬発力で書いてる感じだからですかね。

編集部 とにかくやたらアジってますよね。アジテーションしてる。

キム そういうニュアンスをなるべく活かしたいと思って訳していたんですが…実は、私はもともとは韓国の近代文学研究が専門なんですね。大学生だった1980年代には禁止されていたマルクス主義の書籍を読むために日本語の勉強を始めましたが、あとは日本語がわかると植民地文学の研究などにも役立つというので本格的に日本語を学んだんです。それで、これまで翻訳してきたのは学術書が中心なんですよ。最初に翻訳したのは、柄谷行人の『マルクスその可能性の中心』でした。

松本 俺、多分その本読んでもわからないですよ(笑)。

キム そのほかも論文とか、最近だと明治時代からの近代日本のメディアを取り上げている本とか…かろうじて、黒柳徹子さんのユニセフでの活動を書いた本や、ポール・オースターについての評論を訳したのがまだ「やわらかい」ほう。しかも、韓国の大学で文章の書き方などを教えたりしていることもあって、実は俗語やスラングはあまり得意じゃないんです。

松本 じゃあ僕の本は、キムさんが一番訳しちゃいけない本だったんじゃないですか(笑)。でも、日本語のわかる韓国人の友達も「翻訳がすごくいい」って言ってましたよ。

編集部 1冊目が出た後、松本さんは「また韓国で本を出せることがあったらキムさんの翻訳で」っておっしゃってましたもんね。原文の雰囲気が、ちゃんと伝わっているんだと思います。

キム ふだん使い慣れている「国語」ではなくて、また別の韓国語をいっぱい頭の中で働かせて訳した、という感じですね。自分がこれまで接してこなかった表現もいっぱい出てきたし…。その「味」を伝えたくて、若者が使う流行語や造語、私から見るとちょっと品格がないなと(笑)思うような言葉も意識して取り入れたりもしました。テレビやインターネットを見ていて、いい言葉を思いつくこともよくありましたね。
 でも、それと逆に、松本さんは古い日本語や物事にすごくなじんでいる感じもするんですよね。それが面白いし、いいなあ、と思いました。

編集部 というと?

キム 私は特に、「ごくつぶし」っていう言葉が大好きなんですけど(笑)。ちょっと昔っぽくて、今も通じることは通じるんだけど、だんだんなくなっていってしまうかもしれない言葉。それを松本さんみたいな下町出身の「貧乏人」が使ってるのがいいなあ、と。すごく興味深くて、生きている文化財みたいな…。

松本 たしかに、ちょっと古めかしい、時代劇で言いそうな言葉が出てくるんですよね。「こんちきしょう」とか「もはやこれまでだ」とか。僕は下町育ちなので、子どものころ遊んでもらった近所のじいさんが話してた言葉とかが、ふとしたところで出てきちゃうみたいで。書いてるときは全然意識しないんですけど。でもそんな大したもんじゃないですよ。

キム ちょっとだけそう思いました。

松本 ちょっとだけですか(笑)。ありがとうございます。
 でも、改めてそう言われると面白いですね。僕にしたら普通に使っている言葉だし、文章を書くときもわりと勢いだけで書いていて、言葉を選んだりもあまりしないので…。

キム でも、それを訳す私は考えて考え抜いて言葉を選ばないといけない。立場が逆ですね。自分がなるべく松本さんになったような気持ちで翻訳しようとは思っていたんですが、なかなかなれません (笑)。

その2→

ちょっと圧倒されてしまいそうなその経歴からは意外なほど、
気さくで明るい笑顔が印象的なキムさん。
松本さんとの会話もどんどん弾んで、
隣で聞いていてもとにかく楽しい対談でした。
次回、初めて「のびのび大作戦」の舞台・高円寺を訪れたキムさんが、
その印象などを語ってくれます。

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