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2012-02-29up

柴田鉄治のメディア時評

第39回

その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、
ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

日本と米国との違い、まざまざと

 福島原発事故をめぐって「まるで戦時中の大本営発表ではないか」という批判の声が渦巻いた。その声はいまだに消えない。この批判は、日本の政府とメディアの双方に向けられたものであることは、いうまでもなかろう。
 戦前・戦中の日本政府は、都合の悪い情報はすべて隠し、都合のいいことしか発表しなかった。「戦果は過大に、損害は過少に」も毎度のことで、そうした発表を当時のメディアは何の批判もせずにただ、たれ流していたのである。
 また、東日本大震災が「第二の敗戦」という言葉を使って論じられることも少なくない。その意味はさまざまだが、いずれにせよ、まもなく1年となる大震災と原発事故は、戦中から敗戦、占領とつづく時代を思い起こさせることが多く、日本と米国との違い、あるいは日米間の特異な関係をあらためて、まざまざと浮かび上がらせている。
 たとえば、原子力災害対策本部の議事録がないという日本政府のお粗末さをあざ笑うかのように、米原子力規制委員会(NRC)はこのほど3000ページにおよぶ議事録を公表した。さっそく朝日川柳に「危機管理米は3000日本ゼロ」と皮肉られていたが、文書のあるナシだけでなく、その内容も大差だったようだ。
 事故後、日本政府は半径20キロ以内の住民に避難指示をし、30キロ以内に屋内退避指示を出した。一方、米政府は在日米国人に80キロ圏外への避難を指示した。あのとき変だなと思ったが、日本政府は避難指示について何ら根拠を明らかにしなかったのに対して、NRCは最悪のシナリオを具体的に描きだして指示を出していたことが公表文書からうかがえるのである。
 そもそも日本政府はあのとき、住民避難の根拠となる放射能の汚染状況さえなかなか発表しなかったのだ。SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)という予測データもあるのに、その数値も日本国民には発表せずに、在日米軍にはすばやく流していたことが、最近明らかになっている。
 これでは、まるで占領時代の継続ではないか。こういう状況に日本国民はもっと怒っていい、いや、国民に代わってメディアがもっと怒るべきではないのか。
 占領時代の継続といえば、沖縄の米軍基地問題は、まさに占領時代そのままだといえよう。その沖縄基地の米軍再編について日米両政府が見直しの基本方針を発表したのも今月のニュースだったが、せっかく普天間基地の移設と嘉手納以南5施設の返還などを切り離したというのに、辺野古への県内移設は変えないという情けない内容だった。
 沖縄県知事をはじめ今月の市長選で選ばれた普天間基地のある宜野湾市長も、県外移設を主張しており、県民こぞって反対で県内移設は事実上無理なことは明らかなのに、日本政府はなぜ、それを米政府に伝えて再交渉をしないのか。
 メディアもメディアで、読売新聞や産経新聞は社説で「政府は意を尽くして沖縄県民を説得せよ」と主張するのだから、驚くほかない。
 また、米軍再編見直し発表の直後に、米議会の公聴会で沖縄海兵隊のグアム移転規模縮小に伴う費用負担見直しについて、米国防長官が「日米間で協議しているが、日本側の負担軽減要請には応じるつもりはない」と語ったというニュースも、日本のメディアでの扱いは小さかったが、日米関係の特異さを物語るものといえよう。
 海兵隊のグアム移転の経費は、日本側が6割を負担することに06年に合意しているが、移転規模が合意したときの8000人から4700人に縮小したため、負担金も減らせるだろうという期待が日本側に出ていたのに、機先を制されたというのである。
 この問題について、朝日新聞夕刊のコラム「窓」でチクリと皮肉っていた。移転の人数が4700人と半端な数字になった理由は、8000人のちょうど6割であり、日本の負担金だけで移転を済まそうというねらいではないか、というのである。 そもそも沖縄の海兵隊を米国領内に移転させるのに日本が税金を出すこと自体がおかしいのに、そのうえ減額もできないようでは日本政府もふがいない、という筆者の意見に「その通りだ」と賛意を表したい。このような報道が日本のメディアにあふれれば、米国政府の姿勢も少しは変わるだろうに、と思うのだが、どうだろうか。
 沖縄の米軍基地をめぐる特異な日米関係については、米国が払うべきカネを「米国が払ったように見せかけて」日本が密かに払うという返還時の密約にはじまって、その後の「思いやり予算」にいたるまで、いまにつづいているといっていい。
 沖縄密約問題は、政府のウソを正すのは本来、メディアの役割であるはずなのに、極秘電報を密かに入手した毎日新聞の西山記者がスキャンダルにすり替えられて逮捕、有罪とされた西山事件以来、「メディアの敗北」状況が続いている。
 その後、米国から密約の存在を明らかにする公文書が見つかったり、交渉に当たった元外務省アメリカ局長が「密約はあった」と証言したりしているのに、政府は「そんなものはない」と言い続けているのである。
 密約といえども、何年後かにはきちんと公表する米国と比べ、その点一つとっても日本は近代国家とさえいえないのではないか、と情けなくなるような状況だ。
 この密約文書の公開を求めて裁判が提起され、一昨年4月に国に開示を命じる原告勝訴の判決が出たが、昨年9月の控訴審判決で「文書は密かに捨ててしまったようだが、ないものはしかたがない」と原告敗訴となった経緯は、昨年のメディア時評で詳しく記したので繰り返さない。
 私も原告団の一端に名を連ねているこの裁判は現在、最高裁に上告中だが、政府のウソに司法のチェックまで働かない国にはなってほしくないと、心から願っている。

沖縄密約、岡田副総理は謝罪したが…

 ところで、この沖縄密約問題の西山記者を主人公とした山崎豊子原作のドラマ『運命の人』が、今年1月から毎週日曜日夜のゴールデンタイムにTBS系列で放送されている。本木雅弘、松たか子、真木よう子、北大路欣也といった配役陣も熱演で、なかなか見ごたえのあるドラマである。
 このドラマにからめて、今月上旬の国会で興味深いやりとりがあった。みんなの党の小野次郎氏が「国家間の密約について、三十数年後に認めたことに何らかの思いはあるか」と質問したのに対して、岡田克也副総理は「歴代の首相や外相が外務省から密約の報告を受けながら、国会でも否定してきたことは許しがたい」と述べ、「西山記者は密約問題で犠牲になったひとり。本当に申し訳ない」と謝罪した。
 岡田氏は09年の政権交代で外相になり、有識者会議を組織して密約文書の解明に乗り出した人だが、一方、一昨年4月の国側敗訴の判決に対して控訴すると決めた責任者でもあった人だ。いったい、どうなっているのかと不思議に思わないでもなかったが、いずれにせよ、副総理が密約を認めて西山記者に謝罪したことは一歩前進かと思ったのだ。
 ところが、またまた「ところが」である。その2週間後、政府は別の議員の質問主意書に対する答弁書を閣議決定し、その中で、「密約を長期間、国民に明らかにしてこなかったことは遺憾だ」としながらも、西山記者に対する岡田氏の謝罪は「個人の真情を述べたもの」で、国としては、公式に謝罪する意思も、名誉回復措置をとる考えもないとしているのだ。
 この閣議決定を沖縄タイムス紙は大きく報じていたが、私が東京の新聞で記事を探したところ、僅かに東京新聞がベタ記事で報じていただけで、他の新聞には見つからなかった。日本のメディアは、沖縄密約になぜこうも関心が薄いのか。

ドラマ『運命の人』に怒ったナベツネ氏

 これは余談だが、TBSドラマ『運命の人』に読売新聞社グループ本社の会長兼主筆の渡邉恒雄氏、通称ナベツネ氏が怒っているという話も面白いので紹介する。
 ドラマは、すべて名前は変えているが、実在の人物の誰が誰とすぐ分かるように出来ている。ナベツネ氏は、毎朝新聞の弓成記者(西山記者のこと)の親しい友人の読日新聞の記者として登場し、法廷で証言台に立って弁護するなど、実話と同じ場面もあったりするのだ。
 ドラマの中で、弓成記者が政治家から贈られたカネを「送り返した」という場面で、その読日新聞の記者は「俺は受け取ったよ。それでは足りないといってやった」というのである。それでは、まるで「ゆすりたかりの悪徳記者ではないか」とナベツネ氏が怒ったというわけだ。  このナベツネ氏の怒りを「サンデー毎日」が報じ、それを東京新聞が一面のコラムで紹介して「怒りたくなるのは分かるが、西山記者に『ワビを入れろ』とは筋違いだろう」と論じている。
 先の巨人軍騒動といい、何かと話題の多い人で、いまにナベツネ氏を主人公とするドラマが生まれるかもしれない。

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「これでは、まるで占領時代の継続ではないか」。
SPEEDIの予測データ発表問題についても、
それから一連の沖縄の米軍基地問題についても、
柴田さんと同じ感想を抱いた人は多いのでは?
政府も、そしてメディアも、国民ではなく「米国」のほうを向いているのではないか――
そんな思いにしばしばとらわれます。

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柴田鉄治さんプロフィール

しばた・てつじ1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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