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その31
今週のネタ↓

今週のネタ、でもその前の独り言

正直な気持ち、もうウンザリです。

この人、とうとうやっちまった。他人の言うことなどまるで聞く耳持たず。他国の痛みなど感じる素振りもなし。ただただ「我が道を行く」。

新聞もテレビも、10月17日〜18日は「小泉首相の靖国参拝」でもちきり。しかし、どれを読んでも見ても大同小異。社説で疑義を呈し、コメンテーターがチクリと批判する、というのが関の山。

結局、メディアは「一応批判はしてみましたよ」というアリバイ作りをしているにすぎない。もし本当に小泉さんのやることがおかしい、国益を損ねている、と考えるのならば、なぜはっきりと「小泉不支持」を打ち出さないのか。

「民意」は小泉支持である、というのが逃げの論法なのだろうが、こと「靖国」に関しては、これまではほとんどの世論調査で、参拝反対の意見のほうが多かったのだ。それは、世論調査を行っている当の新聞社やテレビ局が百も合点、二百も承知のはず。民意尊重を言うならば、これほど「国益を損なうパフォーマンス」を行う小泉さんに対して「不支持」を打ち出しても何の矛盾もないはず。

メディアをながめていて、ウンザリするのも仕方ないですよね。

と、嘆いていてばかりもいられない。やはり、ツッコまなくては。

で、改めて、今週のネタ

2005年10月18日の毎日新聞より
(注・どの新聞でも同じですけど---)
首相参拝理由説明
要旨

小泉純一郎首相が17日夕、靖国神社参拝について記者団の質問に答えた内容の要旨は次の通り。

<参拝理由>

「適切である」と判断した結果だ。今日は例大祭。1年1回参拝するのはいいことだなと(考えた)。「二度と戦争はしない」との決意を表明するとともに、今日の平和は我々生きている人だけで成り立っているのではなく、心ならずも戦場に赴き、命を失った方々の尊い犠牲の上に成り立っていると片時も忘れてはならない。「平和な時代を続けたい」と、戦没者の皆さんに敬意と感謝の気持ちを伝えることが意義あることだと思っている。(A級戦犯など)特定の人を考えて、参拝しているわけではない。 <中略>

<参拝方法>

一般の方と同じように参拝するのもいいんじゃないか。今までは総理大臣として特別に昇殿を許されていたが、総理大臣になる前は今日のような参拝だった。総理大臣である小泉純一郎が一人の国民として参拝する。「普通の国民と同じように」がいいのかなと思った。総理大臣の職務として参拝したんじゃない。 <中略>

<中国、韓国などの反発>  

これは心の問題ですからね。人から「参拝しなさい」「参拝するな」と言われる問題ではない。心の問題に他人が干渉すべきではない。日本人が日本人の戦没者に、あるいは世界の戦没者に哀悼の誠をささげるというのを「いけない」とか言う問題ではない。いずれ長い目で見れば、中国も理解していただけると思う。日本は二度と戦争はしないと、戦没者に対して哀悼の誠をささげるというのは当然のことだということをね、これからも説明していきたい。日本としては、日中友好、日韓友好、アジア重視、変わりません。 <後略>

このコラムを読んでくれている皆さんなら、この小泉さんの発言のおかしさに、とっくに気付いていることでしょう。

いかに歴代首相の中で言葉がもっとも軽いお方とはいえ、あまりにヒドイ、ヒドすぎる。  

「適切である、と判断した結果だ」と言う。
何も答えていないのと同じことじゃないか。
 

「二度と戦争はしない、との決意を表明する」と言う。
以前のこのコラムでも触れたが、あの9・11事件の際、ブッシュ大統領が「これは戦争である!」と吠えたとき、世界中のどの国の指導者よりも早く「ブッシュ大統領を全面的に支持」してキャンキャンと一緒に吠えたのは、小泉さん、アンタではなかったか。何をどう言い繕おうと、それは「戦争を支持」したことだったのだ。「二度と戦争はしない」との言葉との整合性をどう説明してくれるというのか。
さらに、もし「二度と戦争しない」というのが本音ならば、なぜ、憲法9条2項を改定してまで、軍隊を持ち集団的自衛権行使へと踏み込もうとするのか。「戦争をしないと誓う」のであれば、少なくても集団的自衛権など「死んでも」認められないはずではないか。

「心ならずも戦場に赴き、命を失った方々の尊い犠牲」などと仰る。

ではお聞きしたい。「心ならずも戦場に」いったい誰が連れ出したと言うのか。それこそまさしく、A級戦犯とされた人たちではなかったのか。その人々が、つまり、連れ出されて死んだ者たちと、連れ出して死に至らしめた者たちが一緒に祀られている所、それが靖国神社なのだということを、小泉さん、まさか知らないとは言わせない。

「心ならずも」死ななければならなかった人々に哀悼の誠を表したいのなら、その人々を死に至らしめた人々をも同時に祀っている神社に参拝していいという理屈が、どうして成り立つのか。

そのことに何の矛盾も感じないのだろうか。ただ自分の(セコイ)美学とやらに酔っているだけなのか。  

靖国は基本的に「日本のために戦死した軍人たち」のみを祀った神社なのだという。つまり、戦争で斃(たお)れた一般国民や、敵国の将兵などは一切祀られていないということだ。

私たちの国が、今このような形であるのは、決して軍人たちだけのおかげではなかったはずだ。戦争を陰で支えざるを得なかった多くの一般庶民の存在があったはずだ。  

小泉さん、アンタは靖国参拝によって、戦死した軍人だけに「哀悼の誠」をささげたのだが、例えば、広島や長崎の原爆で、また東京大空襲で死んだ数十万の普通の人々(それこそが、本当の意味での戦争犠牲者ではないか。軍人と同等に、いや、それ以上にもっと哀悼の誠をささげられていい存在だったのではないか)には、どういう形で哀悼の誠をささげるのか。  

この点をよく考えてみれば、アンタが軍人には心優しく、庶民には冷淡な政治家なのだということが、よく分かる。  

参拝方法に至っては、まさに小手先、わーい、ズルしてるーっ!としかいいようがない。

姑息な手段で、大阪高裁の憲法違反判決を何とかわそうとしているだけ。公用車を使い、数千人(3500人といわれる)の警備陣を配置した参拝が、なんで「私的」であるものか。

さらにここで、小泉さん、今までの参拝が「公式」であったことを、思わず認めてしまっている。「今までは総理大臣として特別に---」と洩らしちまったことだ。総理大臣として特別に行ったのなら、これを「公式参拝」と呼ばずして何と呼ぶのか。ならば、明確に「憲法違反」ではないか。

どう弁解するのか。

メディアはなぜここをツッコまないのか。ツッコミ人としては、本当にイライラ、腹が立つのだ。

中国や韓国との摩擦について聞かれても「これは心の問題」と逃げを打つ。

心の問題であるのなら、なぜ摩擦覚悟で国益を損ねてまで参拝するのか。心を込めて一人深夜に、黙って遠くから靖国に向かって手を合わせればいいではないか。それが心ではないのか。

大勢の取材陣を引き連れて、公用車でぞろぞろと参拝する。なぜそんなパフォーマンスをしてみせなければならないのか。

ただ自分が言ってしまったことにこだわっているだけ。しかし、それだって「8月15日に必ずどんなことがあっても参拝する」と言った「公約」はとっくに破ってしまっている。ここにも、小泉さん、アンタの言葉の軽さがよく出ている。

「心の問題に他人が干渉すべきではない」と言うのなら、相手側の心の問題はどうなるのか。自分の心が満足すれば、相手の心などどう傷ついてもかまわない、とでも言うのか。

自分と相手の両者の心情や利益を勘案して付き合っていく、それが外交であるはずだ。いや、一般社会においてすら、私たちはそういう「大人の知恵」を働かせながら、なんとか日々を生き抜いているのだ。

自分がよければ相手のことなどどうでもいい。そんな姿勢で、いったい外交なんてできるのか。大人の世界で生きられるのか。否だ。

近隣諸国の反感を、こんなに「わざと」煽った首相がいただろうか。戦後最悪といわれる対中・対韓関係。これだけ国を危うくした首相は、小泉さん、アンタのほかには見当たらない。

喜ぶのは、大声で喚きたてるナショナリストたちだけ。あとは、あの外務省や財界人ですら、眉をひそめ、諦め顔。いったいこの後、どんな決着が待っているのだろう、と。

(もしアンタがなんか考えているのであれば、ですが)、お願いだから本当のところを、聞かせてくれませんか? それとも、「後は野となれ山となれ」なのですか? 小泉さん。

ああ、ゴーマンかましつつ、
小泉総統が行く----。

イラスト
今週のネタ↓(付録)
(毎日新聞・同)
共謀罪新設を断念
今国会 民主党の反発強く
政府・与党

政府・与党は17日、実際に犯罪行為に及ばなくても、事前に仲間で共謀しただけで罪に問える「共謀罪」の新設を柱とする組織犯罪処罰法などの改正案について、今国会成立を断念する方針を固めた。<中略>

改正案をめぐり、自民、公明両党は17日の与党国対委員長会談で「与野党の総意」による今国会成立を目指す方針を確認した。しかし、民主党は「実行行為を処罰する刑法の原則を崩す」と強く反発、与野党協議では18日に予定されていた衆院法務委員会開会も合意できなかった。<中略>

自民党国対幹部は17日、「来月1日の国会閉会ぎりぎりまで努力するが、23日の参院神奈川補選前に衆院で強行採決はしない。その後に成立させる時間があるかと言われれば厳しい」と述べた。

(付録)

まあ、少しはホッとするニュースもなければ、ツッコミ人だってストレスまみれになっちまうよ。

実は10月15日の朝日新聞に

「共謀罪」新設 審議入り    

与党からも修正要求

という記事がありました。これ、かなりヤバイ、ここで取り上げなきゃ、と思っていたのです。

「犯罪行為をしようと話しただけで罰せられる」というのだから、ソートーに酷い法律です。

それに、該当する犯罪が600種類を超えるというのだから穏やかじゃない。だって、例えば、「ね、新しいパソコン用にキミのソフト、ちょっと内緒でインストールしてよ」とか「今度うちで、プロジェクターで映画会やるんだけど、人をいっぱい集めて、少し入場料を取りたいんだ。手伝ってくれよ」なんて相談しただけでこの法律では処罰の対象になりかねない、というオッソロシイ代物だったのです。

もとより、いちばん怖いのは「思想」が取り締まられるということ。デモやビラの作成・配布の相談などは(公明党リンダの好きな)「狙い撃ち」でしょう。

しかし、公明党というのはどういう政党なのでしょう。通信傍受法(いわゆる盗聴法)にあれだけはっきりと反対しておきながら、あっという間に豹変寝返りの推進派、そうでしたよね、浜四津さんっ。

今回もこんなに危ない法律なのに、与野党合意の上での成立、を目論んでいたのです。やれやれ。

この危なさは、最近ようやく再審が始まった戦前最大の言論弾圧事件といわれる「横浜事件」の経過をみれば明らかです。

(同じ日の朝日新聞の同じ面に、その横浜事件の記事が載っています。興味のある方は探してみてください)。

「共謀罪」が「治安維持法の再来」といわれる所以なのです。

これに対し、フリージャーナリストの方々が先頭に立って、強い反対運動を繰り広げてきました。それが実って、なんとか今国会では押し返すことができたようです(既存の大マスコミは殆どが反対の色を鮮明にしなかったのです。いつものことですが、呆れます)

しかし、油断はできません。またきっと、ヤツラは這い出てきます。そのときもまた、押し返さなくてはなりません。

性懲りもなく次から次へと「国民を縛る法律」を持ち出してくる「政府・与党」。コイツラ、一度でも日本国憲法を読んだことがあるのか! 日本国憲法が保障する「思想信条の自由」、なんとかヤツラの頭の中に叩き込みたいっ! と思う今日この頃なのです。

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