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その47
今週のネタ↓
●スポニチ2月10日付より

「プリンセス・キコ」ご懐妊報道直後咲いた
04年5月 秋篠宮さま手植えのラン
名古屋市「ランの館」

名古屋市中区の「ランの館」で、秋篠宮さまが手植えされたラン「プリンセス・キコ」が、紀子さまの懐妊が明らかになった直後に偶然開花したことが、9日分かった。
高さ約30センチ、花びらは乳白色で縁が淡いピンクの清らかなランで、秋篠宮ご夫妻の結婚にちなんで命名された。
同館によると、懐妊の報道があった7日夜から8日朝にかけて、04年5月に秋篠宮さまが植えられた2鉢のうち1つが開花したという。
同館の横地修館長(53)は「おめでたい偶然でびっくり。秋篠宮さまの思いで深い花なのでとてもうれしい」と話した。<以下略>

「いやあ、めでたいめでたい、国民すべてのご慶事だ!」と大はしゃぎするテレビ関係の皆様や新聞各社の方々、さらにドタバタ騒ぎの雑誌(特に女性週刊誌)の記者様たちに冷水を浴びせるわけではありませんが、ちょっと常軌を逸した騒ぎ方ではありませんか?

これで、皇室典範改定問題は、すっかりどこかへ消え失せました。あのひたすら強気の小泉サンですら、うやむやのうちに今国会での成立を諦めちゃうという、なんともおマヌケな幕引きです。
あの「改革に抵抗するのは敵だーあっ」と声張り上げてたおカタとは別人のような情けなさ。

でも、それはそれとして、今回の「ご懐妊報道」には、なんだか首を傾げざるを得ません。
まず、あまりのタイミングの良さ(悪さ?)。
あれだけ紛糾していた国会を、すっかり黙らせてしまった。まるで、魔法の杖の一振りです。どうしても、どこかの筋からの「リーク」ではないかとの疑いが消えないのです。だって、偶然にしてはあまりに都合よくできてるじゃありませんか。
揉めてる国会を一瞬とはいえ鎮静化させてしまうには、これほどの「ネタ」はなかったでしょう。

また、「男系」論者をすっかり勢いづかせてしまったこと。まだ生まれるのが男女どちらとも分からないのにこの有様です。試合に入る前になんだか勝負はついているような、妙に騙されてしまったような----。

しかし、この「男系女系」論争が、どうにも私などには不思議でたまらない。これはすべて、戦前からの旧い「皇室の伝統」に基づいた議論じゃありませんか。

戦後、私たち日本国民は「痛苦な反省の上に立って戦後日本の復興を決意」したはずです。そのためにはまず、戦争に導いた戦前の国家体制そのものを否定しなければなりませんでした。
その否定の中には、もちろん「国家神道に基盤をおいた天皇制」も含まれていました。だからこそ、戦後の天皇は一切の政治に関わることのない「象徴としての地位」を憲法で規定され、戦前の過ちが繰り返されないように箍を嵌められたのです。

ところが「男系論者」は、「万世一系の日本の文化的伝統たる男系天皇制の存続」を主張しています。「天皇が靖国参拝をするのが一番」と、天皇の政治利用を示唆する政治家まで現れましたよね。

おかしくないですか?

どう考えてもこれは、「戦前からの伝統の流れを引き継げ」という主張でしょう。戦前と戦後では、天皇の持つ役割が全く変わったのです。いや、変えざるを得なかったのです。
だから、男子が途絶えるかもしれない現状を考えれば、変わった役割に見合った制度を作っても、別に不都合はないはず。
「伝統」に固執して、「男子出生のためには側室制度の復活も」なんておぞましい議論は論外です。
(この「側室論」に賛成する女性がいるということが、私には理解できない。これも「伝統」だから復活させよ、というのか。天皇制云々よりも先に、まずそれに反対する声を挙げるべきです。「お妾制度」を認めるか否かなど、まったくフェミニズム以前の問題なのだから)。

むしろ、戦前回帰への呼び水となるようなことは、例えわずかでもその芽を摘んでおくべきです。その意味でも、伝統なるものの持つ悪しき側面には大いなる注意を払っておく必要があります。いまは大した意味を持たなくても、それがいずれ大きな災いを運んでくることがあるのを、私たちはたくさん経験しているからです。

私は天皇制支持者ではありません。
しかし、現憲法の規定を無視して、天皇を政治の場に引きずり出そうとするような意見にはとても強い危惧を覚えます。先週も触れましたが、麻生外相などのような危なっかしい政治家たちが跋扈する状況を、ひどくヤバイ、と感じているのです。
政治利用を批判されてもその過ちを認めようともしない麻生サンが、男系論の先頭に立っているのは、決して偶然ではない。

だからとりあえず、ここではキッパリと「現憲法下の天皇制を捻じ曲げて天皇を政治的に利用しようとする風潮」には反対しておきます。

そこで気になるのは、メディアの無定見なはしゃぎぶりです。
特に呆れたのは、上の記事にあるような、何でも「ご懐妊」に結び付けてしまうオメデタ報道姿勢です。

これはテレビにことに顕著なようです。私は(幸せなことに)この「プリンセス・キコ開花」なるニュースやワイドショーは見ませんでしたが、数人の知人の話では、けっこう大きく「まるでこの日を待っていたように、蘭がお祝いの花を開いたのです」てなナレーションで報じられたということですね。(見た方はご存知でしょう)。
さすがに一般紙では見つけられなかったのですが、調べてみたらスポーツ紙にはけっこう大きく載っていました。

北朝鮮の「金正日花」報道を憶えていますか?
金正日花(ベコニアらしい)というのが、彼の誕生日にまるで奇跡的な偶然のように一斉に開花した、などと北朝鮮のテレビが大報道したことを、日本の各メディアが、まるで嘲笑するように報じましたよね。
この日本のテレビの報道(?)は「なんて遅れた国なんだろう、こんなバカなことを大マジメに報道して、独裁者を神格化するなんて。結局あの国には報道の自由がないから、こんな翼賛報道一色になってしまうのだな。非民主的なサイテーの国だ」という内容だったわけです。

どこか似ていませんか? 

確かに北朝鮮には報道の自由などないでしょう。だからそのことを批判するのも嘲笑するのも分かります。しかし、それを我が身に照らして検証することなくして何がメディアか、えらそうに! 
北朝鮮のテレビを嘲笑できるテレビ局が、日本にありますか?
むしろ、報道の自由を奪われてもいないはずなのにこんな報道をしてしまう私たちの国のテレビのほうが、タチが悪いかもしれません。

すべてを「ご慶祝ムード」に包み込んで、その裏で進行している政治的な意味などを見えなくしてしまう。
そうではなく、やはり日本国憲法が現実に天皇をどう位置づけているか、それを考えた上で報道して欲しい。切実にそう思います。

皇室や天皇の神格化は、憲法できつくきつく戒められているのです。

どんどん右へ流されていく風潮の中で、いまほど憲法の持つ意味が重要性を帯びてきている時期はありません。だから、いまほどメディアの責任も問われている時期もないと思うのです。

イラスト
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