原発震災後の半難民生活

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 そう言えば、あんなこともあった。こんなこともあった。この稿を書き進める私のなかで湧き出してくるのは、いつどの瞬間に見聞きしたのかも特定できない、さまざまな記憶の切れ端です。

 たとえば、義父宅の隣りに住んでいて、いつもKとEを可愛がってくれるタケトミさん。ある日、そのタケトミノオバアに呼ばれて、妻が夕食を食べに行くと、長女のHさんが、ふとした拍子に以下のような話をしてくれたそうです。

――米軍関連の事件は、自分が小学生のころ、まだ沖縄が本土に復帰する前から数えきれないほどあった。現に、四年生のとき、いちばん仲の良かった同級生が、戦車にひかれて亡くなった。

 妻が息を止めて続きを待っていると、Hさんはそれ以上思い出すのを避けようとするかのように、話題を変えてしまったということです。

 あるいは、いつだったか、妻がG村の村役場からもらってきたパンフに載っていた一枚の写真。そこには、ついいましがた村内の森から出てきた米軍兵が、国道にぴたりと銃口を向ける姿が写されていました。その国道は、妻がふだん、KとEの送り迎えのために使っている道でした。初出は、琉球新報二〇一二年八月一五日の記事。たまたま通りがかった住民が、四名の米軍兵の行動を見守るなかで、そのうちの一名の姿を撮影した、ということです。この連載でもすでに、私の母が軍用ヘリから銃口を向けられた件について書きましたが、沖縄という島が、隅々まで「戦争の実験場」にされているという事実を痛感せずにはいられません。

 また、私の長期休暇の際に、妻が乗っている車の車検のために出かけた中部の町で、試しに訪れたAビーチでの一幕も忘れられません。だいぶ以前に、義父が連れてきた基地関係の知人から「A very beautiful beach!」と紹介されたこともあって、妻も私も「じゃあ一度行ってみようか」という気になったのです。いま思えば、これはいかにも本土から来た者ならではの、地元事情に疎い行動でした。

 パーキングは、どこへ行っても「Yナンバー」と「わナンバー」の車ばかりでした。ビーチには、いかにも「リゾート観光地」を演出するかのようなパラソルが乱立していました。地元のひとの姿はどこにもなく、本土からやって来た観光客が、匂いのきついクリームを塗りたくった体から黄色い声をあげていたり、チャラチャラとネックレスの音を立てる若い米軍兵の一団が、入れ墨交じりの裸体を見せびらかしながらサッカーに興じたりしていました。少し沖合いのほうの岩場では、まるで体内にみなぎる粗暴なエネルギーを持て余したかのような、もうひとつの米軍兵のグループが、次々に雄たけびをあげて海中へとダイブしていくのでした。

 この光景とあわせて思い出される場面が、もうひとつだけあります。別の機会に家族四人で訪れたあるビーチで、売店から食事を運んできてくれた地元の女性の一言です。

――この時期はひとが多いから、海が汚れるさ。
 
 女性が誰かを非難しようとしているわけではないということは、ぽろりとこぼれ落ちたその声の調子からよく伝わってきました。だからこそ、その穏やかな悲しみをたたえた顔を思い出すたびに、私は居たたまれない気持ちになるのです。

――アメリカの兵隊やヤマトの観光客がやって来るので、自分たちの暮らす海辺がけがされている。

 彼女はそう言いたかったのではないでしょうか? 私はここにも「コロニー」という英単語が指すものの内実を感じずにはいられません。それは、有形無形の暴力によって、地元の人々の生活をけがし、おびやかし、はずかしめる、巨大な真空地帯なのだと思います。

 そのような感触を多少なりとも抱くようになってから、私たちの足は次第に、いわゆる観光客向けのビーチから遠ざからずにはいられませんでした。KとEがどうしても海に行きたいと言い出したときには、妻も私も、静かで人気のない浜辺を選ぶようになっていきました。

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※コメントは承認制です。
5章:再び宇都宮にもどってからのこと その2「加害者」」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    東京電力福島第一原発事故が起こり、飛行機に飛び乗り向かった先の沖縄は、その後、母子が生活する場所となることで、「地元」となりました。そこには、心あたたまる人々とのふれあいや安心感があると同時に、「本土」では想像することもできないような、厳しい沖縄の現実がありました。筆者の苦悩を、私たちがどれほど共有できるか、それが問われています。

  2. とろ より:

    これに似た事案は本州でも起きてますよね。
    沖縄特有ってことはないでしょ。

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