雨宮処凛がゆく!

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京都の講演で。

 この連載の「『人生を変えた言葉』と高遠さん」の回などでもたびたび触れていた対談が、とうとう一冊の本になった。タイトルは「全身当事者主義」。春秋社から数日前に発売された。
 サブタイトルは「死んでたまるか戦略会議」。対談相手がこれまたすごい。最近「死刑」という本を出した映画監督の森達也さん、イラク支援に奔走する高遠菜穂子さん、高円寺一揆、素人の乱などで大活躍中の松本哉さん、そして「下流社会」で物議を醸した三浦展さん、「こわれ者の祭典」代表の月乃光司さん、「いじめは深刻な問題!」などいじめイベントを主催する暗器使いさん。
 こうしてざっと並べてみただけでも、テーマがあまりにも多岐にわたることはわかって頂けると思う。死刑問題やオウム、イラク戦争、平和、「人間の盾」、ボランティア、貧乏人一揆からプレカリアート、「下流」、消費、メンヘラー、生きづらさ系、自傷、依存、そしていじめというひらがな三文字ではとても足りない学校内での犯罪行為、その後遺症。

 皆さんと対談できたことは、本当に刺激的な体験だった。もう8年くらい前、私が本を出す前から知っている森さんとは、たぶん初めて突っ込んだ話をした(いつも酔っぱらっているので、くだらない話しかしたことがなかった)。対談を機に初めて御会いした高遠さんとは意気投合し、今年の9条世界会議の時にイラクとアメリカ、そして日本という大きなテーマでいろいろとやらかす予定で作戦を立てている。松本さんとは一昨年くらいに10年ぶりに再会して以来、様々な謀議を立てているし、「下流社会」の三浦さんとは、ぜひ一度御会いして話してみたかった。月乃さんとは、メンヘル系問題とプレカリ問題について、新たな展開が生まれるような話ができたと思う。そして暗器使いさん。マスコミに名を出さず、壮絶ないじめを受けた当事者としていじめイベントを主催する彼の活動は、ぜひ多くの人に知って欲しかった。いじめ問題に関しては、様々な議論がある。しかし、当事者の声をすくいあげることは少ない。もちろん、「いじめを予防する」ことは大切だし、必要だろう。しかし、彼のこの一言が、私に大きなきっかけをくれた。
「いじめをいくら予防したところで、じゃああれだけのいじめを受けた自分のような人間は今後どうやって生きていけばいいのか」。
 彼の受けたいじめの壮絶さは、聞いた者がしばらく立ち直れなくなるほどだ。そしてそんな経験をした彼に「それでも生きているあなたは強い」とか「立ち直って幸せになってほしい」なんて言葉をかけることがどれほど陳腐なことであるのか、暗器使いさんとの対談から感じとってほしい。いじめ問題は既に「ブーム」としては終わってしまった。しかし、当り前だが当事者の人生は続く。10年後のいじめ自殺なんてことも実際に起こっている。しかし、それらは「なかったこと」にされている。当事者の苦悩も。

 これらの対談を読み直して、後書きに私は書いた。「『見えない戦場』で生きのびるために」。ホントは「平坦な戦場」と書いても良さそうなところだけど、90年代の「平坦な戦場」と00年代のこの国の「戦場性」はたぶん、違う。結果的に、そんな「08年の日本の戦場性」についての対談集になったことは非常に嬉しい。この国にはふたつの戦場がある。テロ特措法とかに代表されるような戦場性と、「生き残る」ためだけの不毛な戦争を戦わされる戦場と。月乃さんがアルコールで意識を濁らせなければ生きられなかった戦場、イラクで殺されなかった高遠さんが、「平和な日本で『殺された』」と語った戦場、そして暗器使いさんの学生時代の日常そのもの。帯の言葉は「あなたは世界の主人公ですか?」。ぜひ、読んで感想を聞かせてほしい。

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全身当事者主義―死んでたまるか戦略会議
¥ 1,785(税込)※アマゾンにリンクしています。

 と、この原稿を書いている最中、本が届いた。をを!! 私をプレカリアート運動に目覚めさせた「奇跡の講演」を行ってくれた社会学者の入江公康さんの本だ! タイトルは「眠られぬ労働者たち 新しきサンディカの思考」(青土社)。早速、最初の章「犬が野良犬になるについての労働の、あるいは戦争の役割」を読み、興奮を抑えられないでいる。「戦争の犬たち一軍事=労働=生活としてのLIC/RMA」と題された小見出しから始まる文章は、「戦場性」についての話だ(と思う)。LICとはLow Intensity Conflict(低強度紛争)。「曖昧な戦争」。本から引用しよう。
「目にしているのは、年間三万五〇〇〇人という自殺者の数であり、部屋の外に引きずり出される"ひきこもり"であり、あるいは大人どもが子どもたちにホームレスを殴り殺させ、ディスペンサーで金を借りてヤクザが現れ、イラクに軍隊が派兵され、構造改革がまかりとおる。そうかと思えば、思い余ってサラ金に手を出し臓器を抜かれかけ、正社員が派遣社員を蔑んで、あまつさえ暴行を加えたりなどし、フリーターは最低賃金以下の時給を設定され、政権与党が議席三分の二を占めたりするという、凄惨な光景である。/『低強度』の紛争状態は、われわれの眼前に展開していると考えねばなるまい。『敵に特定の政治・軍事的条件を受け入れさせるための、介入勢力側による軍やさまざまな準軍事組織の使用(戦闘・非戦闘を問わない)を含む、紛争スペクトラムにおけるより下方の活動や作戦』は、明白にわれわれが対象となっていると考えねばならない/るべきなのである」。
 まだ冒頭を読んだくらいだが、勝手に「全身当事者主義」とのシンクロを感じている。曖昧な戦争。その中で、当事者として生きること。そして抵抗すること。やっぱり私がどうしようもなく興味があるのは、そういうことだ。

※3月6日、三省堂書店・神保町本店にて、「全身当事者主義」刊行を記念して、森達也さんとトークショーを行います。テーマはプレカリアート、憲法、死刑。詳しくはこちらで。

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眠られぬ労働者たち
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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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