雨宮処凛がゆく!

 集団的自衛権の行使容認が閣議決定されて以来、よく耳にするようになった言葉がある。

 それは「徴兵制」だ。

 現代の戦争には非効率な徴兵制など必要ではない、という意見もあれば、経済的徴兵制のような、「貧困層が戦場へ駆り出される」ことへの懸念も耳にする。「日本が徴兵制などありえない」と一笑に付す意見も聞くが、集団的自衛権行使容認に対する反対意見が20代、30代で特に多いという世論調査の結果などを見ると、意外に多くの若者が「徴兵」にリアリティを感じているのかも、とも思えてくる。

 さて、徴兵という言葉で浮かぶのは、私にとってはお隣の国・韓国だ。私には、韓国の徴兵制が嫌で日本に「逃げて」きている友人がいる。ヤン君だ。また、韓国で徴兵拒否の運動をしている若者に取材したこともある。徴兵期間は2年間。拒否すれば、1年半の刑務所暮らしが待っている。また、軍隊内でのいじめや自殺も多く、入隊の直前に自殺する若者も少なくないという。 

 そんな韓国の軍隊で今年4月、徴兵中の若者があまりにもむごい形で命を奪われた。

 亡くなったのは、ユンさん、20歳。

 韓国軍人権センターによると、ユンさんは今年3月に徴兵され、第28歩兵連隊に配属されて以来、連日先輩兵士たちに暴行を受けていたという。それだけではなく、陰湿ないじめも続いていた。歯磨き粉を一本丸ごと食べさせる。横になって水1・5リットルを飲まされる。性器にメンソレータムを塗られる。床に吐いた他人の唾を犬の真似をしてなめさせられる――。また、彼の給料で先輩兵士たちが風俗店に行くなどもあったという。

 そうして4月、ユンさんは食事中に先輩兵士4人に暴力を振るわれ、転倒。そのまま殴打された果てに、嘔吐物が喉に詰まって窒息、亡くなってしまったのだ。

 また、6月には、韓国軍内でいじめが原因とみられる銃乱射事件も起きている。この事件では5人が死亡、9人が怪我。銃を乱射したのは徴兵中の21歳で、部隊内でいじめに遭っていたという。高校時代にもいじめに遭っていたという彼は、入隊後も無視やからかいの対象になり、「社会に出ても生きていけない」と犯行に及んだそうだ(朝日新聞デジタル2014年7月16日、8月4日)。

 今年に入ってから立て続けに起きた韓国軍内でのふたつの事件。これを受け、韓国ではにわかに「徴兵廃止論」が浮上。息子を持つ親たちの一部は「自分の息子を徴兵になど行かせられない」と声を上げはじめ、保守系と言われる新聞でも「志願兵制度」が言及されるなど、世論は動いているようである。

 さて、そんなこんなについてを終戦の日、ヤン君から聞いたのであるが、この日、彼はある人との出会いを興奮気味に私に伝えてくれた。

 「この前、韓国の徴兵を拒否してフランスに亡命した人と知り合ったんです!」

 亡命が認められたのは、22歳のイ・イェダさん。

 91年生まれの彼は日本文化が好きで、手塚治虫の『ブッダ』を読んで命を殺してはいけないと思ったのだという。また、韓国軍がイラクやアフガンに派兵されていくのを見たことも「徴兵拒否」を考えるきっかけになったという。

 そんな彼が亡命先として最初に選んだのは、日本。が、いろいろ調べていくうちに、難民認定率の低さなど人権の面で問題だらけだと思い、却下。そうして選んだ国が、フランス。徴兵制がなく、社会福祉がちゃんと機能している国、という点が魅力だったらしい。そうして2012年、まだ20歳だったイェダさんは、70万ウォン(6万円ちょっと)だけ持って片道チケットでパリへと飛んだ。入隊の2ヶ月前のことだった。

 到着したパリではゲストハウスに泊まりながら、難民申請を手伝ってくれる団体を探すものの、一時期はお金が底を尽きてホームレス生活もしていたという。

 そうして2013年なかば、晴れて「亡命」が認められることになる。

 イェダさんは今、フランスに住みながら、ベーグル屋さんで働いているという。

 と、ここまで聞いて、私も俄然、彼に興味を持った。

 「なんか、この人を日本に呼んで、いろいろ話を聞いてみよう!」「集団的自衛権と徴兵制の問題を絡めて、イベントをしよう!」

 と盛り上がり、そのままヤン君がイェダさんに電話。日本語がペラペラだというので私もかわってもらい、「日本に来てください!」といきなりお願いすると、「いいですよ」と即答! さすが亡命までする人は行動力がハンパない!

 ということで、9月なかば、徴兵拒否で亡命したイェダさんが日本にやって来る!

 今、いろんなイベントなどをブッキングしている状態だが、とりあえず決まっているのはふたつ。まずは9月19日(金)、高円寺パンディットで私、ヤン君、イェダさんの3人が出演するイベントだ。19時開場、19時半スタートだ。

 また、20日(土)には「マガ9学校」でも私、ヤン君、イェダさんの3人が登壇するイベントの開催が決定!

こんな貴重な機会はなかなかない。若き亡命者に、いろんなことを聞き出したいと思っている。

 「徴兵制」というと、この国の多くの人にとっては「遠い話」だと思う。が、彼らから徴兵を忌避する理由としてもっとも多く聞くのは「いじめ」だ。

 先に先輩兵士にいじめ殺されたユンさんのことを書いたが、ユンさんに連日暴行していた先輩兵士たちは、みんな同じような経験をしていたという。特にそのうちの1人は、ユンさんが入隊してくるまでユンさんと同じ立場にいたそうだ。また、もう1人、ユンさんをもっとも激しく暴行していた人物は別の部隊でいじめに遭い、部隊異動願いを出してユンさんの部隊に配属されていた。いじめにはあまりにも根深い、構造的な背景があるのだ。そして24時間をともに過ごす軍隊生活の中では、そこから逃れる術はない。

 徴兵は遠くても、「いじめ」はこの国の人々にとってあまりにも身近な問題だ。そんなところを入り口にして、徴兵制や軍隊について考えたい。

 軍隊でのいじめ、学校でのいじめ、会社でのいじめ。そして徴兵制や集団的自衛権。はたまた日本以上の格差社会と言われ、自殺率も高い韓国の若者の実態について、両国の「生きづらさ」についてなど、多くの人と語りたいと思っている。

 ということで、今からイェダさんに会えるのが楽しみで仕方ない。

 イベントは今後も増えていく予定なので、またここで告知します☆

フランスに亡命したイ・イェダさん。

 

  

※コメントは承認制です。
第306回 徴兵を拒否してフランスに亡命した22歳の韓国人・イェダさん(今はパリでベーグル職人)を日本に呼ぼう計画!! の巻」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    というわけで(?)なんだか怒濤の勢いで「マガ9学校」決定! 「徴兵制なんてあり得ない」という人も多いけれど、自民党政治家の口からも、その導入を示唆するような言葉が何度も飛び出しているのは事実。自民党憲法改正案で、奴隷的拘束の禁止などを定めた18条が、〈奴隷的〉に代わって〈社会的又は経済的関係において〉との書き方になっているのも気になるところ。ましてや、経済格差の拡大が実質的な徴兵制に結びつく「経済的徴兵制」となれば、かなりの現実味があるように思えてなりません。
    かつての日本軍においても、軍隊内の「いじめ」は日常茶飯事だったとも。軍隊って、徴兵ってどういうことなのか、リアルな声を聞きながら考えましょう。たくさんのご参加、お待ちしています!

  2. やまだ より:

    こういう韓国市民こそが、韓国を先進国に成長させていく事だろう

  3. 金山 敏太郎 より:

    へえー、「反日国家」で暇さえあれば慰安婦や強制徴用など連日の大合唱でウンザリなのだけれど、本音は
    意外や意外、日本のアニメやアキバ、芸能大好き人間が結構多いのが韓国。
    徴兵制、日本では絶対タブーなのだけれど、韓国やスイス、中国、かっての米国など結構採用している所が
    多い。政治抜きでぜひ、彼の本音を聴きたいものだ。日本のリベラルもしっかりと聞くこと。
    でも、来日して、書店を覘いて「嫌韓本」が溢れている現状を彼はどう思うかな。

  4. 多賀恭一 より:

    徴兵制を行う国では、兵士以外に選挙権を与えると、軍隊内でのいじめが発生する。
    国民すべてに参政権が有る民主主義国家では、募兵制でなければ上手くいかない。
    もしくは、スイスにように国民皆兵とするかだ。

  5. 櫛田 天吾 より:

    徴兵制でない日本の自衛隊内でのイジメもひどいようです。
    軍隊とは隔離された集団で人を殺す訓練をする所ですから当然かも知れません。
    昔の「大日本帝国」の軍隊内のイジメもひどかったです。
    徴兵制になれば「格差社会」では軍隊内でのイジメもよりひどくなるでしょう。
    高齢化社会では軍隊を増強しようとすれば徴兵制は必然です。
    韓国の実情を聴くことは多いに参考になるかと思います。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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