雨宮処凛がゆく!

 6月8日、秋葉原で無差別殺人事件が起きた。
 犯人は25歳の派遣労働者。日研総業に登録し、トヨタ系の自動車工場で働いていた、と知った時、「とうとうこういう事件が起きてしまったか」と暗澹たる気持ちになった。
 ここでもよく書いているように、製造業の派遣や請負で働く若者たちの生活状況は厳しい。そしてそんな厳しい彼らの生活を、私は取材してきた。日研総業から自動車工場に派遣、と聞いただけで、その内実を少しでも知る人であれば、彼の「絶望」や「閉塞感」が少しはわかるのではないだろうか。
 昨年末、名古屋である男性に会った。犯人と同じ日研総業から愛知県のトヨタ車体の工場に派遣されていた24歳の男性は、昨年9月18日、「10月9日をもって雇い止め」と通告された。幸い彼は労組に加入していたので団体交渉をし、「一ヵ月の生活保障」「(それまで住んでいた)寮の確保」、「就業先の紹介」を勝ち取った。が、日研総業はその一ヵ月の間、彼に一件の仕事も紹介せず、一ヵ月が経つと賃金を打ち切り、会社の借り上げアパートである寮から追い出した。その結果、彼は路頭に迷い、名古屋のホームレス一時保護所に収容された。

 日研総業からキヤノンの埼玉の工場に派遣されたある若者は、「平均27万」と求人誌にあったものの、手元に残るお金は12、3万だった。ある日、機械に指を挟んで指をパンパンに腫らしたが、医務室で湿布を貼っただけですぐに仕事に戻った。「大丈夫? 」と社員に聞かれて反射的に「大丈夫です」と答えると、「じゃ、労災にしないから。誰にも言っちゃダメだよ」と言われて終わった。また、「病院に行けないので社会保険に入れてくれ」と何度頼んでも、日研総業の担当者ははぐらかすばかりだった。長い休みになると、日研の社員が寮の部屋に合鍵で勝手に入ってきた。「逃げてないかどうかチェックしてる」ということだった。

「ガテン系連帯」という製造業の派遣、請負で働く人々で結成された労働組合には「日研総業ユニオン」がある。文字通り、日研総業から派遣されている人たちの組合だ。日研総業から日野自動車に派遣されていた池田一慶さんは、現在ガテン系連帯の共同代表。そんな池田さんは、日野自動車の正社員と一緒にお花見に行った時、「何歳? 」と聞かれて「26歳」と答え、「正社員? 」という質問に「派遣です」と答えると「人生終わってるな」と言われた。
 派遣・請負会社は東北、北海道、沖縄など最低賃金が低く、失業率も高い地域で求人誌をバラまく。いくら働いても12万に届かないような時給の地域の若者たちは、日研総業のような派遣会社から大企業の製造ラインに送り込まれ、使い捨てられる。生産調整に思いきり振り回される立場の彼らは2ヵ月、3ヵ月ごとの契約で、一ヵ月先の自分が何をしているのかもわからない。時給は900円から1300円ほど。給料からは「寮費」と「光熱費」が引かれ、派遣会社によっては「カーテン、こたつ、テレビ、冷蔵庫」などにいちいちレンタル料がついていて給料から引かれる。夏と冬にはエアコン代1日100円が引かれる上、派遣会社の中には「3ヵ月以内に辞めたら往復の交通費が自己負担」というところもある。例えば北海道から愛知の工場に働きに行って2ヵ月で雇い止めを食らえば、往復の旅費6万円以上が自腹となる仕組みだ。そんな中、多くの若者が年収200万程度でキツい肉体労働や昼夜2交替の労働に耐えている。トヨタやキヤノンだけでなく、あらゆる携帯電話やプラズマテレビなどは、そんな若者たちの生活と未来を犠牲にして、今日も量産されている。

 無差別殺人をおかした男性は、報道によると時給1300円程度、月収20万円ほどで、「6月いっぱいでの雇い止め」を伝えられていたという。ネットに「6月でクビだそうです」という書き込みもしていたそうだ。そんな彼の出身は青森県。全国でもっとも時給が低く、その額は618円。それでは1日8時間、週5日働いても12万に届かない。取り調べで彼は、「勤務先でムシャクシャした。リストラに悩んでいた」ことも話しているという。現在、そんなふうに1ヵ月、2ヵ月先の近い未来さえ不安定な立場で働く製造派遣・請負のフリーターは100万人と言われている。04年の時点で、製造業で働く請負労働者だけで80万人以上という数字もある。「国際競争」ばかりを強調し、非正規雇用を使い捨てることで人件費削減を成し遂げ、「史上最高の利益」を連発してきた日本の多くの大企業。その影でホームレスやネットカフェ難民となってきた若者。小泉構造改革の名のもとに、働く人が一切守られないような今日の状況が作られ、製造業への派遣も04年に解禁された。労働局の幹部は、そんな現場で働く若者たちを指して「おそらくこの人たちは、一生浮かび上がれないまま固定化する」と語っている。ひどい言い方だが、それが事実であることは当事者たちが一番知っているだろう。

 ボーナスの日、正社員がウキウキした足取りで別室に呼ばれていくのを見ているのが辛かったと、ある派遣労働者は語ってくれた。「自爆テロしたい」「いっそのこと、戦争でも起こればいいのに」「通り魔になってみんな殺してやりたい」。ワーキングプアと呼ばれたり、既にネットカフェ生活だったりする若者たちから届くメールや、実際に彼らと話した時に聞いた言葉だ。だけど、実際に行動を起こす人はいなかった。ほんの数日前までは。
 もちろん、彼のしたことは許されることではない。しかし、ここまで25歳の若者を自暴自棄にしてしまったのは、一体何なのだろうか。多くの若者から「未来」を奪ってきたこの社会のシステムを、もう一度考え直す必要があるだろう。

 

  

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

最新10title : 雨宮処凛がゆく!

Featuring Top 10/277 of 雨宮処凛がゆく!

マガ9のコンテンツ

カテゴリー