雨宮処凛がゆく!

ピースボートから見た景色

 6年ぶりに、ピースボートに乗ってきた。韓国・釜山から乗船し、沖縄で下船という一週間弱の船旅だ。得たものがあまりにも多い旅だった。「水先案内人」として乗せて頂いたのだが、なんといっても一緒に乗船した他の水先案内人のメンツがすごかった。

 原発の設計をしていた後藤政志さん、福島県の飯舘村で酪農をしていた長谷川健一さん、軍事ジャーナリストの前田哲男さん、グリーンピースの佐藤潤一さん、そしてルポライターの鎌田慧さん! これらのメンツで毎晩のように船内居酒屋「波へい」でマッコリをはじめとしてあらゆるお酒を飲みまくった日々が懐かしい・・・。

 いや、毎日ただ飲んだくれていたわけでは断じてない! 今回のクルーズは日韓合同ということで、日本人が500人、韓国人が500人乗っていた。日本のピースボートと韓国の「環境財団」という団体の合同クルーズである。日本を出発した船は、韓国、台湾を巡って沖縄へ、そして福岡に到着という旅なのだが、船と言えば、今年4月、韓国ではセウォル号沈没というあまりにも痛ましい事故が起きている。

 ということで、乗船した次の日には、「お金より命を大切にする東アジアを目指して〜3・11とセウォル号事故から何を学ぶのか」という船内シンポジウムが開催された。船長が非正規社員だったり、過積載で船が不安定になっていたりといったセウォル号。安全より経済を重視した果てに起きたあの事故を見て思い出したのは、日本の高速バスの事故だった。規制緩和を繰り返した果てに凄まじい価格競争が起き、安全が置き去りにされた結果、起きてしまった悲惨な事故。

 一緒に出演した後藤政志さんからは原発事故についての詳しい分析がなされ、また、飯舘村の長谷川さんは事故直後の映像を流しながら「3・11」について語ってくれた。20キロ圏内の牧場に取り残された、瀕死の牛たちの姿。ミイラ化した牛の死体。まだ生きている牛たちの弱々しい鳴き声。「原発さえなければ」と書き残して自ら命を絶った長谷川さんの友人。

 あまりにも辛くて映像を直視できなかったのだが、この映像を見て、日本人とは別の意味でものすごい衝撃を受けている人たちがいた。それは、インドから来た環境活動家の人。なぜか。それはインドでは牛は「聖なる存在」だからである。そんな牛が原発事故によってこれほど犠牲になるということに、彼らは「ヒンズー教徒」という立場から、ものすごくショックを受けたのである。

 「この映像をインド人に見せたらインドの原発は一発で止まる!」

 インドの人のそんな言葉を聞いた瞬間、「この現実を見せにインドに行かなくては!」と心に決めた。具体的なことは何も決まっていないけれど、この言葉を聞いたからには、インドに行くしかないではないか。

 さて、そんな出会いと発見があった一方、韓国、そして台湾の若者の状況を知ることもできた。クルーズの途中、台湾で下船して「38年間続いた台湾の恐怖政治の時代」を学ぶツアーに参加したのだが、そこには台湾で立法院を占拠した大学生も参加。「ひまわり革命」と呼ばれたあの運動が起きた背景について、彼は「若者の社会への不安や生きづらさ」が引き金となったことを話してくれた。

 やはり台湾でも格差は広がる一方で、普通に仕事をしても生活できない低賃金が問題になっているという。ふたつの仕事を掛け持ちしてやっとアパートの家賃を払えるという状態で、「若者はある種のパニック状態にいる」というのだ。ギリギリの生活をしている層は、社会の変化を望んでいる。しかし、一部の安定層は変化を望んでいない。そのことから、立法院占拠に関して「安定層」からの批判も多く受けたという。
 
 それを受けて、韓国の31歳の女性が言ったことが印象的だった。台湾の今の状況は08年の韓国の状況(イ・ミョンバク政権だった当時、牛肉輸入問題をきっかけとして若者を中心に大規模デモが勃発。非正規雇用問題や再開発問題なども絡み、政府に反対する人たちの動きが急速に広まった)と似ていると述べたあと、彼女は言った。

韓国の若者たちとトーク

 「だけど私たちは、失敗しました。政権を変えるために街に出たのに、何も変わらなかった。あれから6年経って、今出てきているのは、10代を中心とした人たちのグループです。彼らはネオナチのようで、弱者を攻撃しています」

 詳しく聞くと、韓国では2年前に「日刊ベストストア」というサイトが立ち上がったのだという。最初は悪ふざけ的なサイトだったらしいが、今年になって、ネットだけで活動してきた彼らは初めてオフラインで顔を晒して堂々と街頭で行動するようになったという。10代の彼らがしたこと。それはセウォル号沈没によって子どもを亡くした遺族が政府に真相究明を求めて40日間ハンストしている現場に集まり、ハンスト中の遺族の前で「ピザを食べる」というパフォーマンスを繰り広げる、というものだった。
 
 自分と同世代の高校生が多く亡くなった中、彼らはそのような冒涜だけでなく、遺族に「政府にそれ以上モノを言うな」と主張しているそうだ。そのような動きが、韓国の10代の一部に支持されているというのだ。

 彼らは、08年に社会を変えようとした20代、30代に反発し、またそれより上の「民主化」を成し遂げてきた世代にも反発しているという。とにかく「正しいこと」を言う人たちに徹底的に反発。
「偉そうに説教する人」に対する反発はわからないでもないが、そのサイトでは「人に無理矢理正しそうな話を聞かされた」ことを「民主化された」と茶化して表現しているのだという。「民主化」という言葉が、「迷惑な説教をされた」ことと同義になっているらしいのだ。
 
 そんな韓国で昨年売れた本はというと、『私は差別に賛成します』というタイトル。大学教授が20代を5年間調査して書いたものということだが、内容を聞いて驚いた。結局、格差が広がり、競争が激しくなる中で、若者たちは「若者同士で連帯してなんとか現実を変えよう」という方向に行くのではなく、弱音を吐いたものを叩き、全員を敵と見なし、自分だけが上に行こうとする心情に覆い尽くされている、という内容だというのだ。
 
 日本の非正規雇用率は4割弱だが、韓国では6割を超える。20代だと9割は非正規だと言われている。船の中では韓国の若者たちと「日韓、若者のいま〜就職難、ワーキングプア、競争社会を生きる」というシンポジウムを開催したのだが、パネラーとして参加してくれた4人の韓国の若者は全員が就活中。それぞれの状況を語ってもらうと、あまりの既視感に目眩がした。
 
 例えば、就職のために専門学校に行ったあと大学に行ったものの奨学金の借金が200万円になっただけで就職できない。自分が学んだ分野とは関係ない福祉の仕事についたものの、低賃金と重労働でとても続けられなかった。正規で一度は就職できたものの、とてつもない長時間労働で退職せざるを得なかった――などなど、日本とあまりにもぴったり符合してしまうのだ。

 だからこそ、やっぱりいろんな国の人たちが繋がって、変えていきたい。強く強く、そう思った。今回のクルーズを通して、またまたいろんな人と出会い、そこからいろんなことが始まりそうなのだ。そう、インドにも行きたいし!

 「日刊ベストストア」の10代の人について、韓国人の女性は「彼らには未来がない、希望がない」と語った。それはおそらく、日本も同じだと思う。彼女は「無敵の人」と言われる『黒子のバスケ』の犯人の意見陳述書も読んでいて、韓国でもあの陳述書に共感した若者が多くいると教えてくれた。

 釜山から沖縄までのクルーズで、いろんな人と、いろんな話をした。そして、すごくたくさんのヒントを得た。
 もっともっと、いろんな国の人と出会って、一緒に世界を少しだけマシな方向に変えるような作戦を立てていきたい。そういうことをずーっとしていたら、意外と「世界」って、ちょっと変わっている気がするのだ。

 ピースボートに乗って、そんな勇気をもらった。

「波へい」にて、水先案内人の皆さんと。前列左より鎌田慧さん、似顔絵師のジャッキーさん、私。後列左より長谷川健一さん、前田哲男さん、佐藤潤一さん、後藤政志さん。

 

  

※コメントは承認制です。
第315回 ピースボートの濃密すぎる旅。の巻」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    「正しいこと」が報われない社会で育ったからこそ、若者たちはそれに強烈に反発するのではないでしょうか。国を超えて同じ状況が起きていることにただ絶望するのではなく、「じゃあ、いろいろな国の人と作戦を立てよう」と話す雨宮さん。「お金より命を大切にする東アジア」に希望を見出したいものです。

  2. 多賀恭一 より:

    社会そのものが間違っている時は、
    社会に貢献する人間を攻撃することが正義になることがある。
    残念なことだが、人類が作り上げてきた社会は数多くの欠点を抱えている。

  3. 島 憲治 より:

    >社会そのものが間違っている時は,社会に貢献する人間を攻撃することが正義になることがある。                                                                               最近そのような投稿がいろんな場所で繁殖している様な気がしてならない。なぜ正しいと考えるのか。なぜ正しくないと考えるのか。その論理はスルー。邪悪を好む層が増えているのだろうか。分かりやすく言えば、「ケチ」をつけているだけに過ぎない様な投稿だ。出筆者は批判を覚悟で書いていると思う。だとすれば、出筆者に対し反論試みるのであれば、それに近い論理を展開して欲しい。見解が違っても「なるほどな」という下りは欲しい。そのような反論には大いに接したい。できれば愛に満ちた論考だ。私には愛に満ちた論考は書けない。だからそのような論考に出会うと感動を覚えるのだ。私は50代頃、ある人の憲法の講義を受講したことがある。涙が止めもなく流れ周りかまわずハンカチで涙を拭き拭きして講義を聞いたことがある。講義は「愛」に満ち溢れていたのだ。

  4. countcrayon より:

    韓国の世代間断絶や無敵の人現象、写し鏡のようですなー。あちらのが日本のそれよりさらにどぎつい気もしますが。
    それで「民主化世代」への反発と外敵憎悪がこんがらがった同士が両岸で罵倒し合うという、分断統治したい面々には実に理想的な展開……同じようなリーダーが両岸で仰がれるのも時代の要請ですか(あ、失礼、こちらの安倍首相は平成二十五年五月七日の参院予算委で「他国を、あるいは他国の人々を誹謗中傷することによって、まるで我々が優れているという、そういう認識を持つのは全く間違っているわけでありますし、結果として我々自体が自分たちを辱めていることにもなるわけでございます。」と述べておいででしたね。ごめんなさい)。

    個人的な話をしますと、昔、ちょうど日韓W杯の頃かなあ、職場にいた在日韓国人の青年が日本のネトウヨさんが喜ぶような話が好きで(当時はそういう話題自体ポピュラーでなく先を行ってた感じ)、「親とかに日本批判聞かされ→うんざり→反抗してこうなった、のだろうか?」と想像したものでした。今回の処凛さんの記事でその可能性も裏付けられたようでちょっとスッキリ。ありがとうございます。

  5. 野間康三 より:

    いっしょにピースボートの乗っていた野間です。台湾の基隆での夜、長谷川さん・後藤さんと夜市で遊んだ後、居酒屋「波平」で、ご一緒させていただきました!しかし処凛さんのレポート、さすがにめっちゃリアルですね。すごい筆力にただただ感嘆しております、はい!おっしゃる通り、わたくしも久々に濃密な人体験をした船旅でした。次は「世界一周」をめざします。

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

最新10title : 雨宮処凛がゆく!

Featuring Top 10/277 of 雨宮処凛がゆく!

マガ9のコンテンツ

カテゴリー