雨宮処凛がゆく!

 3・11後、この国は大きく変わった。
 多くの命が理不尽に失われ、そして原発事故で汚染された国土の一部は今も人が立ち入ることのできないままだ。一方で、「原発」という問題から多くの人が生活の在り方を見直し、経済活動のみが最優先される価値観も転換を迫られた。
 また、それまで政治について声を上げなかった人々が初めて声を上げ、街頭に繰り出すようにもなった。直接民主主義の行使へのハードルは下がり、それはデモなどといった形で、この国の風景を確実に変えている。

 さて、そんな3・11以降、変わった人も多くいる。それまでデモなんて「怖い」と思ってたのに、今は思い切り主催している人。地域の人たちと放射能測定の活動を始めた人。「少しでもおかしいと思ったことにはおかしいと言うようにした」という人もいる。原発事故以前、「嫌だな、怖いな」と思いながらも何もしなかったことへの反省からだ。
 一方で、あれだけのことがあったのに、びっくりするほど変わっていない人もいる。その多くは、政界や財界に生息している。この4年以上、多くの人々が原発について貪欲に情報を集め、勉強し、それぞれのやり方で「原発のない世界」を模索しているというのに、事故以前とまったく変わらず再稼働を目指す人々。「原発」が象徴する「昭和」的価値観から、まったく抜け出せない人々。

 さて、そんな3・11後の世界で「周りでもっとも変わった人は?」と聞かれたら、私には即答できる人がいる。それは小熊英二さん。歴史家であり社会学者であり、慶応大学教授。著作は数々の受賞歴を誇り、そして日本で一番分厚い本を出版する人である。ミュージシャンという顔も持つ。
 そんな小熊さんのどの辺が変わったのかと言えば、完全に「活動家デビュー」したようにしか見えないところだ。
 3・11以前の小熊さんは、プレカリアート系のデモに参加してくれることはあったものの、スタンスはもちろん当事者ではなく「学者」で、いつも私たちの運動を的確に分析しつつ、助言してくれる心強い存在だった。

 それが3・11以降はどうだろう。脱原発デモに参加して、小熊さんの姿を見ないことはほとんどない。その上気がつけば、高円寺「素人の乱」界隈の人々の脱原発デモの会議にも参加していた。新宿のデモに、渋谷のデモに、そして高円寺に、官邸前に、小熊さんは必ずと言っていいほどいた。また、菅直人元首相と首都圏反原発連合が会う機会を設けたり、「素人の乱」にやはり菅元首相を呼んだりと、小熊さんの立場でなくてはできないことを次々とやってのけた。
 そんな小熊さんは、「素人の乱」の店などで、みんなに「60年安保の盛り上がり」や「オキュパイ・ウォールストリート」の話などと絡めながら、いかに今、この国ですごいことが起きているかを話してくれた。歴史家が語る分析は刺激的で、私たちは改めて、「今、自分たちは歴史的な瞬間に立ち会っているのだ」「それを作り出すことに、ほんの少しだけどかかわっているのだ」と改めて実感し、ゾクゾクした。

 そんな小熊さんが、このたび、映画を作った。3・11後の脱原発運動の映像をまとめた映画だ。タイトルは、『首相官邸の前で』。予告編はこちら。

 試写会で、何度も何度も泣きそうになった。そこには、3・11という未曾有の大災害を受けて傷つき、呆然と立ち尽くし、そしてその後に猛然と立ち上がり、行動を始めた人々の姿が克明に記録されていた。

 この連載でも実況するように書いてきた、4月10日の高円寺デモや6月、9月の新宿デモ。新宿アルタ前がエジプトのタハリール広場のようにデモ隊に埋め尽くされた日。そして再稼働に反対して始まった官邸前の行動。故郷を追われた福島の人たちが声を震わせて叫び、集まった多くの人が「再稼働反対!」と声を張り上げる。そうして、2012年6月から7月にかけて、毎週10万人を超える人々が集まり、官邸前が群衆にオキュパイされた紫陽花革命。ヘリコプターから撮影される、押し寄せた人々。現場に響き渡る「再稼働反対」の声。ドラムの音。灯されるキャンドルの光。主催する首都圏反原発連合がとうとう野田首相を会談の場に引きずり出し、思いの丈をぶつけた日。たくさんの涙と怒りと、汗と鼻水と、だけどあの瞬間、確かに私たちが掴んだ何か。民主主義の手触りとか、多くの人がこうして声を上げていることに、久々に「人間って信じていいんだ」と思えたこととか、人の命をあまりにも軽んじる政治への怒りが20万人分集まった夜の喧噪だとか。

 小熊さんは、いつもクールであまり感情を表に出さない。だけど私はデモの現場で、官邸前で、心の底から感動しているように見える小熊さんを何度も見た。その感動や、歴史家としての興奮が、一本の映画に結実した。

 私は、この出来事を記録したいと思った。自分は歴史家であり、社会学者だ。いま自分がやるべきことは何かといえば、これを記録し、後世に残すことだと思った。(中略)
 なにより、この映画の主役は、映っている人びとすべてだ。その人びとは、性別も世代も、地位も国籍も、出身地も志向もばらばらだ。そうした人びとが、一つの場につどう姿は、稀有のことであると同時に、力強く、美しいと思った。
 そうした奇跡のような瞬間は、一つの国や社会に、めったに訪れるものではない。私は歴史家だから、そのことを知っている。私がやったこと、やろうとしたことは、そのような瞬間を記録したいという、ただそれだけにすぎない。

(小熊英二 「監督の言葉」より)

 小熊さんがこの映画を作ろうと思ったもうひとつの理由は、これら3・11以降の地殻変動のような運動が、あまりにも報道されなかったからだという。
 映画は9月2日から隔週水曜日、渋谷アップリンクで公開されるのでぜひ観てほしいのだが、映画を観て、改めて、思った。

 たった3年前のこの時期、私たちは、官邸前に20万人が集まるという状況を経験しているのだ。
 今も再稼働への準備が進められている。と同時に、今、私たちの前には戦争法制が立ちはだかっている。
 もう一度、官邸前をもっともっと多くの人たちで埋め尽くしたい。そして、戦争法制も再稼働も、とにかく人の命を軽んじるようなすべての動きを覆したい。

 戦争法制は、今週が山場だという。行ける限り、国会前や官邸前に行って声を上げようと思っている。

 

  

※コメントは承認制です。
第343回 小熊英二初監督映画『首相官邸の前で』。の巻」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    2006年に「この人に聞きたい」のコーナーで行った、小熊英二さんへのインタビューを読み返してみると、こんな言葉がありました。
    「いま9条を変えて何が起こるかと言ったら、自衛隊がアメリカの指令通りに方々の戦場に駆り出されるだけです。(中略)自衛隊を「自衛軍」と明記したら日本の誇りが取り戻せて、日本の思う通りに軍隊を動かせると考える人がいたら、国際関係に無知だということを自分で白状しているようなものだと思います」

  2. 多賀恭一 より:

    忘れてはいけないのは、
    7か月前の2014年12月衆議院選挙で半数近い有権者が投票に行かなかったこと。
    投票したい政党が無かった?
    その時は、自身が選挙に立候補するのが民主主義国民の義務だ。
    この程度の国民には、この程度の政治。
    政治を変える以前に、国民を変える必要がある。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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