雨宮処凛がゆく!

 「戦争はやめろー!!」
 8月29日、東京・阿佐ヶ谷駅南口前には信じられない光景が広がっていた。

 金属バットやバールを手にした数十人が、ミサイルを積んだ迷彩柄の車をブッ壊していたのだ。割れるフロントガラス。ボンネットに乗って車体を蹴りまくる金髪のパンクス。車の後ろでは外国人がギターをかき鳴らし、赤い髪の男がドラムを叩いている。車のガラスがすべて割れたところで、「暴徒」たちは十数人で車体を持ち上げ、車を横倒しにした。すると、そこに現れたのは「アジア反戦大作戦」の横断幕。「安倍はやめろ!」「戦争やめろ!」。旗やプラカードを掲げた人たちが、口々にそう叫ぶ。阿佐ヶ谷駅前に、しばし解放区が広がった。

阿佐ヶ谷に突如現れた危険な車!!

 これが8月29日の「阿佐ヶ谷の変」(勝手に命名)だ。
 この日、何かトンデモないことが起きるということは知っていた。
 7月に開催された高円寺南口での「さよなら安倍」路上飲みの場で、おなじみ素人の乱・松本哉氏から聞いたのだ。安倍政権が「戦争法案」とかくだらないこと言って無闇にアジアの人たちとの対立煽ってるから、アジアの人たちと一緒に「アジア反戦大作戦」というネーミングで、この日、世界各地で同時多発的に何かやろう、ということだった。詳しくは松本氏のコラム第87回を参照してほしい。

 で、韓国や台湾などいろんな国の、戦争とか経済成長とかにはまったく役に立たなさそうなマヌケな人たちが賛同してくれていろいろ企画中ということは聞いていたのだが、肝心の東京で何をやるかは聞いていなかった。デモ? イベント? 集会?
 結局、私が「東京作戦」の全貌を知ったのは、当日の一週間ほど前のこと。トンチの天才・松本氏が語る「作戦」の内容は、以下のようなものだった。
 「今、デモもいろんなとこでやってるし、デモとかやると警察がうるさい。何か自由にできないかと考えていて思いついたのが、デモでの道路使用許可ではなく、「映画の撮影」という名目で道路使用許可をとること。これだったらいろいろ自由にできるのではないか。また、8月29日は高円寺の阿波踊りである。この日、杉並署の警察はそっちで大変に違いない。高円寺の隣の阿佐ヶ谷で『映画撮影』をすれば、ちょっとやそっとのことで警察は来ないはずである」
 聞いた瞬間、「その手があったか!」と思わず叫びそうになった。しかも、『映画の撮影』と称して車を1台破壊するという。廃車にしていい車があるというのだ。更に映画の脚本は既にできていて、タイトルは『阿佐ヶ谷の恋人たち』、なんと恋愛映画だという。何をどうしてどうやったら恋愛映画で車がブッ壊されるのか不明だが、とにかく私はこの計画を聞いた瞬間から、あまりのバカバカしさに感動すら覚え、当日を心待ちにしていた。

 そうして、当日。「面白いことには1円にもならなくても命を賭ける」素人の乱メンバーやその界隈の人々が阿佐ヶ谷に集結。駅前の路上に、既に映画撮影っぽい状況がスタンバイされており、長野から来たジローさんが「監督」としてバカデカい32ミリフィルムのカメラの前に偉そうな感じで座っている。その近くには助監督やADに扮した人々。ドラムセットが組まれ、爆音で演奏が始まると、通行人が立ち止まり、その数はどんどん増えていく。みんな本当に映画の撮影と思っていて、「なんの映画なんですか」などと声をかけてくる。

監督のジローさん(中央)

 午後5時過ぎ、「撮影」開始。監督のかけ声とともに、集まった数十人がミサイルを積んだ車に襲いかかる。「戦争はやめろー!」「NO WAR!」。叫びながら、ジローさんが長野から乗って来た車が破壊され、無惨な姿になっていく。ちなみに破壊する車は廃車寸前の他のものでもよかったのだが、ジローさんが「この計画は歴史に残る! ぜひ壊してほしい!」と、普段から乗っていた車を快く提供してくれたというのだから、まったくもってこの界隈の人たち、本当に意味がわからない。
 そうして午後5時半過ぎ、破壊された車の前で「安倍はやめろ!」とみんなでアジりまくり、存分にアピールしたところで「撮影」は終了。目論み通り、警察からの妨害は一切入らず、大成功に終了したのだった。

「暴徒」たちが「戦争」と書かれた車を破壊!!

勢い余った「暴徒」が車を引っくり返す!!

ひっくり返った車の裏には「アジア反戦大作戦」!!

 さて、この日はこれだけではない。午後8時からは高円寺パンディットにて、「アジア反戦大作戦」に参加した他の国々とスカイプで「自分たちは今日、こんなアクションをした」という自慢大会をしたのだ。スカイプで繋ぐのは、フランス、長崎、ドイツ、バリ島、広島、マレーシア、釜山、香港、台湾。これだけの国や場所に「アジア反戦大作戦」に乗ってくれるマヌケな仲間たちがいるのである。
 ちなみにフランスで日本の安保法案の危険性を訴えるアクションをしてくれるのはイェダりん。スカイプすると、「午後7時からエッフェル塔の周りでデモ」とのこと。時差があるため、デモは日本時間の朝方だ。
 釜山に繋ぐと、釜山でこの日アクションをしてくれたみんなは既に打ち上げ中。昼、「反戦」を掲げてライブをしてくれたということで、その日の写真やプラカードを見せてくれる。子どもが書いたというプラカードの言葉を訳してもらうと、「戦争は嫌だ」「仲良くしたら駄目ですか?」。また、安倍首相とパククネ大統領の似顔絵の上に「戦争愛してる」という言葉が書かれたものもある。

釜山で掲げられたプラカード。安倍&クネの顔の上には「戦争サランへ」。

マレーシアのデモで掲げられたというプラカード。右はマレーシア首相。

 一方、マレーシアでは偶然にもこの日、100万人規模の反政府24時間デモが続いているとかで、高円寺の会場に偶然いたマレーシア男性がデモの背景を語り、「リアルタイムのデモ写真」を見せてくれる。街頭を埋め尽くす群衆の写真に、みんなから上がる歓声。この日のデモでは、安倍首相とマレーシア首相の似顔絵の上に「アジアのバカ1号、2号」と書かれたプラカードを掲げてくれている人もいるということだった。長崎、広島とも繋ぎ、続いて台湾。アジア反戦大作戦を一週間ずらして9月5日に開催するという彼らは、その計画を話してくれた。
 まずは、午後8時から台湾総統府前(日本の国会前みたいな場所)で「アジアマヌケ平和条約」の締結式を開催。その後、カラオケ大会をしたのちに、「戦争じゃなくてゲームで戦おう」というテーマのもと、2時間に渡ってゲーム大会を開催するということだ。日本に負けず劣らずバカバカしい作戦ではないか。なんだか「アジアマヌケ選手権」のような様相を呈してきたが、「戦争」に向かう空気に対抗するには、その真剣さを脱臼させるようなマヌケな作戦がもっとも効果的なはずだ。
 この日には他にも香港やドイツなどに繋げようとしたものの、寝てたんだか忘れてたんだかぼんやりしてたんだか繋がらず、しかし、そんなふうに寝てたりすぐ忘れたりする人は戦争に役立つはずがなく、日常から「反戦」を体現していらっしゃるその姿勢に感動すら覚えたのだった。

フランス・パリではイェダりんがいろんな人を集めて「アベ政治を許さない」とアピール!!

 さて、こんなふうに今、世界の人々が繋がっている。現在、インターネットはデモの告知などに欠かせないツールとなったが、世界と一瞬で繋がれるこのツールは、国際反戦連帯にも大きく貢献しているのだ。
 この日、いろんな国の人と話して、改めて気がついた。
 どの国の人も、自分たちの政府に大いなる疑問を持っていること。そしてどの国も、程度の差はあれ自国内の不満を抑えるために他国との対立や危機を煽る、という手を使うこと。そしてどの国でも、グローバル経済のもと、格差と貧困が深刻化し、人々は不安を抱えていること。そんな日本と似たような状況の中、権力のトップは時に「金儲けの手段」として戦争を望むこと。そしてどの国の人々も、誰一人、戦争なんか望んでいないこと。そんな政府にうんざりしていること。
 だからこそ、世界中で人々は立ち上がっている。特にここ最近、台湾では若者たちによって立法院が占拠されたり、香港では若者によって雨傘革命が起きたりしている。ちなみにこの日のマレーシアのデモの主張はただひとつ・首相退陣だという。

 もうひとつ、この日気づいたことがある。それは、アジアの人々は、日本の安保法案について、かなり知っているということだ。そして、そんな安保法案を進める安倍政権に対して、日本の人たちは怒りまくってデモをしまくり、若者たちも立ち上がっているという事実も、かなり詳しく知っているということだ。
 安倍政権は、アジアとの対立を煽る。しかし、それなら先回りして私たちがアジアの人々と、世界中の人々と仲良くなってしまえばいい。「アジア反戦大作戦」と掲げて一緒に反戦アクションやってしまうほど連帯してしまえばいい。
 この翌日、国会前には12万人が集まった。そうして全国370カ所で、戦争法案に反対するデモが開催された。
 世界の人々は、今、日本を、私たちの運動を注視している。世界中の人たちと繋がることで、戦争をさせない/できない世界はきっときっと、実現できる。今、私はその手応えを、少しだけ掴みかけている。
 ちなみに映画『阿佐ヶ谷の恋人たち』の撮影がこの後どうなるのか、それは不明だ。

 

  

※コメントは承認制です。
第348回 カオス!!「アジア反戦大作戦」!の巻」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    子どもが書いたという「仲良くしてはだめですか?」の言葉が胸にささりますね・・・。他国との危機ばかりをやたらと煽る政府ですが、貧困や格差など、私たちがいま本当に向き合わなくてはいけない問題があるはず。同じ思いでつながれる仲間が、各地にいるのは心強いことです。デモなどを通じて、私たち市民の声を、政府だけでなく海外へも伝えていく必要をあらためて感じました。

  2. magazine9 より:

    ちなみに、『阿佐ヶ谷の恋人たち』監督の「ジローさん」については、こちらの松本哉さんコラムを。

  3. こういう動きは良いですよね。「結局、自国のナショナリズムになってしまうような反戦・平和運動は無意味どころか害悪でしかない」から。

  4. 多賀恭一 より:

    安倍内閣の最大の問題点は、アベノミクスという国家破産政策なのだ。
    安倍内閣の対外武力主義が国民から容認されているのは、中国の侵略主義に対する国民の不安に有り、平和を望むなら、まず中国問題をなんとかせざるを得ない。
    速やかに中国問題を終わらせ、即座に安倍内閣とアベノミクスを終わらせないと、日本国民の生活は大変なことになる。
    あと、先日安保反対デモが行われたが、デモは国会に対して行っても効果が無いのであり、それは自己満足のお祭りでしかない。政治を動かすなら、選挙期間中に国民に対してデモを行うべきだ。
    選挙の無い時期にパフォーマンスをして、選挙の在る時期に大人しくしている。それは、民主主義を判っていないと世界に公表するようなものだ。
    平和主義でデモを先導する連中は、日本のことを・世界のことを・平和のことを考えているように見えない。

  5. 高山徹朗 より:

    「デモは国会に対して行っても効果がないのであり」の部分に賛成です。 これはこれで大変意義のあることで、参加されている方々には、本当にご苦労様とは思いますが・・・。 うまく言えませんが、見ている側も良くない意味で慣れてます。 難攻不落の城塞に民衆が押し寄せているようなイメージで。 政府高官のタカをくくったような冷淡な発言に、余計に憤りと無力感を覚えます。 難しいでしょうが、夜の密会で慣れ合って安心している場面・・・・例えば『赤坂料亭』付近でのサイレント・デモとか? マスコミがコメントを求めて押し寄せるだけでは、あの人たちは”気味の悪い薄ら笑い”をうかべながら、余裕をかますだけでしょうから!

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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