雨宮処凛がゆく!

 また起きてしまったか・・・。
 事故の一報を聞いた時、思わず漏れた言葉だ。

 1月15日、長野県軽井沢町のバイパスで、スキー客を乗せたバスが3メートル下に転落。14名が死亡、27名が重軽傷を負った。
 亡くなった14名のうち、乗員2名を除く12名が19歳から22歳の大学生。死亡した運転手は65歳と高齢だったものの、健康診断を受けていなかったなどのずさんな管理や過労運転が問題視された。また、バスを運行した会社「イーエスピー」は、基準額を下回る金額で契約していたこともわかり、国交省をして「ここまでひどい例はない」と言わしめたほどだ。

 ひどい事故だと思う。あまりにも痛ましい。亡くなった人たちの無念を思うと、言葉が出てこない。だけど、と思う。これはただの「不運な事故」で済ませていい問題ではない。この背景にあるのは、「規制緩和」の問題である。
 小泉構造改革のもと、規制緩和のかけ声が勇ましく響いた2000年代、バス業界もやはり無縁ではいられなかった。バス事業はそれまでの「免許制」から「許可制」に変わり、以来、参入障壁が低くなる。この規制緩和に対しては、「事故が増える」「価格競争が激化し、安全が置き去りにされる」という反対意見は当然、当時からあった。しかし、規制緩和は強行された。
 結果、運転手の給料は下がり、労働条件は過酷になり、事故は増えた。
 12年、群馬県の関越自動車道で起きたツアーバスの事故を覚えている人も多いだろう。防音壁に突っ込み、車体が縦にまっぷたつに切り裂かれたバス。7名が死亡し、39名が重軽傷を負った。やはりこのツアーバスも「格安」を売りにしたもので、また、運転手が一人当たりの乗務距離を超える運転をしていた「過労」状態であったことが注目された。事故の原因は居眠りと見られている。
 一方、14年には「観光バスが高速を逆走、乗用車など9台と次々衝突」という事件も起きている。「体調が悪く、意識がもうろうとしていた」と供述していた運転手は、インフルエンザであることが判明。11名が負傷したが、幸い死者は出ていない。

 これらはほんの一部で、過労状態の運転手によるバスの事故は多く起きている。そんな事故を受けて規制は一部強化されている部分もあるが、今回の事故の背景を見れば、現場レベルでは「激安競争」の中、安全が置き去りにされていた実態が次々と浮かび上がってくる。
 例えば、このバスの運転手に対して、当日の体調チェックやアルコール検査のための点呼はされていなかった。理由は、社長の遅刻。それだけでなく、運転手には適正診断もなされていなかったという。先月採用されたという運転手は、それまで大型バスの運転経験はなく、研修は2回のみ。客を乗せての運転は今回が4回目だったそうだ。
 事故の詳しい原因はまだ明らかになっていない。が、ひとつの原因として、車両の問題も考えられる。昨年末、池袋と長崎で相次いで停車中の観光バスが炎上するという事故があったが、その時に話題となったのは、車両の老朽化による電気系統のトラブルだった。幸いどちらの事故でも死者は出なかったが、こういった事故を見ても、価格競争の中、安全がなおざりにされている実態が浮かび上がってこないだろうか。

 今回の事故を見て改めて思ったのは、「激安競争の限界」という問題だ。
 ここ数年、長距離バスなどの値段を聞くたびに驚かされてきた。あまりにも安すぎるためだ。何事にも、「適正価格」というものがある。が、そんなものはこの十数年、ずっと無視されてきた。
 過当競争のため、価格が安くなればなるほど、現場で働く人の労働条件は引き下げられる。「安さ」の皺寄せは、結局は「激安」の給料と非人間的な長時間労働という形で現場の個人に押し付けられる。同時に、乗客の安全と命も危険に晒される。
 一方で、労働法制の規制緩和によって非正規労働が増え、生活苦に喘ぐ人は増加の一途を辿っている。そんな層にとって、バスツアーに限らず「激安」を謳うあらゆる商品は、既に生活に欠かせない存在となっている。

 先にも書いた通り、今回、亡くなった14名のうち12名が大学生だった。
 右肩下がりの時代に生まれ、ずーっとデフレの中を生きてきた彼ら・彼女らは、おそらく「適正価格」を知る機会などなかったのかもしれない。10代がバブルと重なっていた私の世代であれば、適正価格がわかる。安すぎるものを疑うことができる。が、あらゆる業界で過当競争が続き、激安が当たり前の時代に生まれ育った彼らは、比較する対象を持たない。「いい時」「景気がよかった時代」を知らないということは、時に危機管理もできないのだ。
 もしわかっていても、「みんなで行くツアー」は安いに越したことがないという思いがあったのかもしれない。今回の事故を報じるニュースで、あるコメンテーターが言っていた。お金がない学生が多い今、誰でも参加できるように、今の学生はとにかく安いツアーを探すのだと。2人に1人の学生が奨学金という借金を背負い、ブラックバイトで生活費を稼ぐ時代だ。「安全」に対価を払えば、参加できない学生も出てくる。
 もうこんな競争が、あらゆる業界で20年以上続いているのだ。その中で、働く人はどこまでも安く買い叩かれ、安全や健康や命は置き去りにされてきた。

 今、心から思う。
 いい加減、こんな「誰も幸せにならないシステム」は終わりにできないのか。
 今回、大学生が多く亡くなったことで胸を痛める人も多いが、この社会はそんな学生が新卒で入社した会社で、過労自殺に追い込まれてしまう社会でもある。和民の例を出すまでもなく、もう、システムは破綻しているのだ。
 多くの消費者が求めてきた、「安さ」と「便利」。が、安いものには裏がある。どこかで誰かが命を削るほどの無理をしている。「安い」と喜ぶ影で、私たちはたぶん誰かを踏みにじっている。
 消費者としての在り方を、一人一人、本気で問い返すべきなのだと思う。
 そこからしか、「誰も幸せにならないシステム」を、終わらせることはできない。

 

  

※コメントは承認制です。
第363回 誰も幸せにならないシステム バスツアー事故に思う。の巻」 に7件のコメント

  1. magazine9 より:

    個人や一企業だけを責めて終わるのではなく、その背景にある構造にまで目を向けなければ、同様の事故を防ぐことはできません。「安さ」を求める社会では、ものさしは「お金」だけです。それはつまり、自分自身もお金や効率ではかられてしまうということ。「安さ」にはやはり理由があります。安全や質、幸福など、さまざまなものさしをもつ社会をどうやって取り戻していけるのか、一人ひとりがいまの生活を見直して、変えていかなくてはいけません。

  2. 田舎の潰れかかったタクシー会社とか運送会社が、定年退職したドライバーやとってやってるバス会社のことでしょう。言わんとしてることはわかるけど、そこでまた規制しちゃうと、田舎はただでさえ仕事がなくて人口減ってるのに、完璧に食っていけなくって、地方が終わってしまいます。来ない客待って駅前でにタクシーとめて、1日中タバコふかして雑談してるのとどっちがいいかってことですよね。

  3. 一読者 より:

    基準額が守られていないことが問題ではないでしょうか?基準額の半分以下の料金でバス会社が仕事を受注することが常態化しているようです。実効性を持たせるには守らない業者への罰則が欠かせないと思うのですが。

  4. id56 より:

    ここで肝心なことは、規制緩和が、実はこの国の労働賃金を切り下げる方策だったことです。一億総中流と言われ、国民が豊かになりすぎて、資本家の取り分が減ってしまったから、それを取り戻そうとしたのが規制緩和でした。そうやって国民を貧しくしたから、こうして悲劇が続くのです。安いものを求める大衆が、安い賃金で働く労働者に更にに過酷を強いることになっているのです。この国の諸悪の根源こそ、規制緩和そのものです。
    規制緩和こそ、国民を貧しくし、国を滅ぼします。

  5. うまれつきおうな より:

    昔、某有名100均店で店員が泣きながら店内放送をしてたのを聞いて、安さの代償の残酷さにゾッとしたことがある。結局消費者も労働者も経済システムのエサでしかないのだと思う。「日本は人間中心の西洋文明より優れている」とか寝言をいう文化人がいるが、単に生きた人間の価値が死人やキツネより低いだけだ。飢え死にしそうな若者に「英霊達に申し訳ない」と説教垂れるのも経済用語が<紙幣><社>と宗教由来なのも自殺が多く幽霊をやたら恐れるのも、生きた人間の価値が低い宗教文化と無関係で無いと思う。もし日本が戻るべき時代文化があるとすれば、宗教勢力と大商人を徹底的に抑え込んだ江戸時代ぐらいしか無いと思う。

  6. こぼ より:

    自分で商売をしていると、どんなことにお金がかかるのか、安い物には何かの理由があるというのがわかる。けれど、会社単位では作業が分業になるので、安くするとどう無理がかかってくるのかが見えにくい。
    お客さんと話をしていても自営業の方ほど安いものはよくないという感覚がある。
    会社員や、働いた経験のない人ほど安くて良い物を求める傾向があるように思う。

  7. […] (2016年1月20日 雨宮処凛がゆく!「第363回 誰も幸せにならないシステム バスツアー事故に思う。の巻」より転載) […]

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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