雨宮処凛がゆく!

 野田改造内閣が発足し、大間原発の建設再開が報じられ、沖縄の人々の反対を押し切ってオスプレイが普天間飛行場に配備された。

 そんな状況の中、埋もれてしまいそうなので、書いておきたいことがある。

 それは、生活保護制度が大きく変えられようとしているということだ。

 9月28日、厚生労働省が生活保護制度を見直すたたき台を示したのだ。厚労省は、「生活支援戦略」として来年の法案化を目指している。

 ということで、その内容が大問題だ。

 強調したいのは、「扶養困難な理由の説明義務づけ」。

 やっぱり来たか・・・、という感じである。

 今年5月、お笑い芸人の河本準一氏の家族が生活保護を受給していたことが報道されたのをきっかけに生活保護バッシングの嵐が吹き荒れたわけだが、まさにあのバッシングを最大限利用するような形で、今回、たたき台に盛り込まれた。

 ちなみにあのケースが不正受給にあたるかあたらないかが大きな議論となったわけだが、そのことについては「生活保護問題対策全国会議」が「不正受給ではない」として声明を発表しているのでぜひ読んでほしい。
 ここでざっくりと「扶養義務」について説明しよう。

 まず、生活保護を受けるには、以下の3つのことを満たしていなければならない。

 ひとつは、国が定める最低生活費以下で暮らしていること。ふたつめは、活用できる資産(貯金や不動産)がないこと。みっつめは、経済的に支援してくれる身内がいないこと。

 ある人が生活保護の申請をすると、役所から家族に「この人が生活保護の申請に来てるんだけど、経済的に援助できませんか?」という連絡が行く(これを「扶養照会」という)。他のふたつを満たしていて、「できません」となれば生活保護の申請が認められるのだが、例えば家族が3万円だったら仕送りできる、となると生活保護が認められないわけではなく、足りない分が生活保護費として支給される。で、河本氏のケースでも、本人はいくらか仕送りをし、足りない分が保護費として支給されていたという。ちなみに河本氏の母親が生活保護を受け始めたのは10年以上前。その頃、河本氏は非常に収入が少なかったということは会見でも語っている。

 「だけど今はすごく稼いでるのに母親が生活保護なんて!」とバッシングしたくなる気持ちはわからないでもない。そうして多くの人が「河本バッシング」「生活保護バッシング」をした。そうしてそれが、政治的に利用された。その結果が、今回のたたき台に「扶養困難な理由の説明義務づけ」が示されたことである。ある意味で、多くの人の「怒り」が、「生活保護の見直し」へと国を動かしたのだ。ほんのひと握りの極端なケースが自民党議員によってやり玉に上げられ、バッシングに発展したことによって、現在200万人以上の命を支えている制度が切り崩されようとしているのである。もしかしたら、この原稿を読んでいる中にも、祭り気分でバッシングに参加した人がいるかもしれない。それがどのような結果に結びつくか、あまり深く考えずに「ふざけるな!」と怒りを表明した人もいるかもしれない。確かに、河本氏はこの10年間で年収が大幅に増えただろう。しかし、全体を見渡してみると、労働者の平均賃金はこの10年で低下の一途を辿っている。また、この国の貧困率は過去最悪を更新し続けている。そんな中での生活保護の締め付けは、取り返しのつかないことになるのではないだろうか。

 その上、「扶養困難な理由の説明義務づけ」は、誰にとっても他人事ではない話だ。ある日突然、福祉事務所から「あなたの家族が生活保護の申請に来ている。ついては、経済的に援助できないだろうか」という連絡があるかもしれない。ずーっと音信不通だった兄弟ということにでもしておこう。そうしたら、あなたは「兄弟を扶養できない理由」を役所に説明しなくてはいけない。でも、どうやったら役所は「納得」してくれるのだろう? 自分の収入を洗いざらい示し、通帳も全部出して収入も資産も何もかも丸裸にしないと「扶養できない理由」を「説明」したということにならないかもしれない。家族関係にはいろいろとある。長年複雑な思いを抱えているという人も多いはずだ。ずっと連絡もとっていなかった兄弟のためにそんな思いをするのは非常に屈辱的なことではないだろうか。

 また、申請している本人は本人で、家族が「扶養できない理由」をちゃんと説明できない限り、生活保護を受給できないという宙ぶらりんの状況に置かれることも十分に考えられる。水際作戦どころの話ではない。

 以前も書いたが、25年前、札幌・白石区では39歳のシングルマザーが餓死するという事件が起きた。その時も「扶養」の問題が立ちはだかった。生活保護の相談に訪れた女性に対して、福祉事務所は「別れた夫に扶養する意思があるかどうか書面にしてもらえ」と迫ったのだ。が、9年も前にDVが原因で別れた夫にそんなことをしてもらうのは至難の技である。結果、女性は生活保護申請には至らず、餓死死体として発見される。

 この事件が起きたのは、87年。そして強調したいのは、この事件の影にも「生活保護バッシング」があったということだ。87年、景気は良かったものの、第二次石油ショックの影響から生活保護受給者がじわじわと増えていた時期だったという。そんな時、暴力団による不正受給の問題が発覚し、メディアで大きく報じられた。当然、生活保護バッシングが巻き起こり、その結果、厚生省は生活保護を受けるにあたっての審査を厳しくする「123号通知」を出した。これによって窓口に相談に訪れた人を追い返すような事態が激増したのだという。「水際作戦」という言葉は、この頃に生まれたのだ。

 一部の極端なケースから始まったバッシングと、それを利用した、保護費を削減したい国による締め付け。その果てに起きた25年前の餓死事件。

 なんだか既視感を覚えるほどに、今の状況と似すぎている。

 私たちは、悲しい歴史から学ぶべきことがたくさんある。もう二度と、「餓死」とか「孤立死」なんて言葉を聞きたくない。

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園子温さんの最新作『希望の国』のトークイベントで。

 

  

※コメントは承認制です。
第244回「バッシング」を利用する政治。の巻」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    扶養義務の強化がもたらす問題については、NPO「もやい」の稲葉剛さんインタビューで も詳しく話していただいています。
    「餓死・孤立死なんていう言葉を二度と聞きたくない」。
    雨宮さんの思いは、多くの人が共有するもののはず。
    そのためにはどうしたらいいのか。
    雰囲気に流されない、冷静な議論が必要です。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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