雨宮処凛がゆく!

 2月21日、あまりにも痛ましいニュースがこの国を駆け巡った。

 それは親子3人の死。さいたま市のアパートから、60代の夫婦と30代の長男の遺体が発見されたのだ。遺体は死後2ヶ月ほど経っており、部屋に食べものはなく、所持金も数円。半年ほど前から家賃を滞納し、電気、ガスも止まっていたという。昨年末には、面識のない近所の人に借金を申し込むなどしていたものの、生活保護の相談には訪れていなかった。3人の死因は、餓死とみられているという。

 そんな報道から約1ヶ月前の今年1月には、札幌市白石区のマンションで、40代の姉妹が亡くなっているのが発見されている。死亡していたのは42歳の姉と、40歳の妹。妹には知的障害があり、姉は失業中の身。姉は10年6月から3度にわたって白石区役所に生活保護の相談に訪れていたものの、申請には至っていなかったという。冷蔵庫には食べものもなく、ガスも止められていたそうだ。

 更に今月13日、立川市のマンションで、母親と知的障害のある4歳の息子の遺体が発見されている。母親がくも膜下出血で亡くなったあと、残された障害のある長男は食事をすることができず、衰弱死したとみられている。

 たった1ヶ月ほどの間に、この国のエアポケットに落ちるようにして失われてしまったたくさんの命。

 特に親子3人の死には、多くのメディア上で、「生活保護という制度があったのになぜ」という疑問の声が飛び交っている。しかし、私たちは、多くのメディアやそこに登場する人々が時に生活保護受給者をバッシングし、あからさまに差別的な視線を向け、「自己責任」と言いながら切り捨て、そして財源論を持ち出しながら「お荷物」のように語ってきたのを知っている。

 なぜ、困窮してもSOSを求められないのか。

 その背景にあるのは、この国に蔓延する「生活保護」をタブー視するような空気だろう。

 今回の報道に対し、多くの人が「餓死」という衝撃的な言葉に胸を痛め、同情を寄せたと思う。しかし、亡くなる前の3人がSOSを発信したとして、その声はマトモに聞き入れられただろうか。

 そのひとつの例が、白石で亡くなった姉妹のケースだ。姉は3度も生活保護の相談に訪れていたのだ。しかし、申請はなされなかった。報道によると、この件に関して白石区役所は「受給資格はあると説明した」と述べている。また、姉に申請の意思はなかったとも言っている(2012/1/23読売新聞)。詳しいことはこれだけの情報からはわからない。しかし、1年間の間に3度発されたSOSが身を結ぶことはなかった。結局、最後のSOSから1年経たないうちに、姉妹は遺体となって発見されている。

 私自身、多くの困窮した人々に出会ってきた中で、常々感じてきたことがある。それは彼ら・彼女らの多くが、「この社会や他人が自分を助けてくれることなど絶対にないと諦めている」ということだ。いわば、私が取材や活動の現場で出会ってきた人たちは、亡くなった親子3人の、生前の姿に近いものである。その彼らは、それまでの経験から、社会や人に対する信頼を徹底的に奪われている。欠片も信用していない相手に助けを求めることなど、一体誰ができるだろう。助けを求めたところで、もっと手ひどく、もっとひどい形で傷つけられ、立ち直れないほどに突き落とされる可能性だってあるのだ。

 私自身、生活保護の申請に同行したり、支援団体についての情報を教えたりし、彼らがセーフティネットにひっかかったあとで、何度も聞かされてきた言葉がある。それは「もしあのままどうにもならなかったら自殺しようと思っていた」という告白だ。時に辛さを誤摩化すように笑いながら、時に蒼白な顔で告げられるその言葉の重み。自殺者が14年連続で年間3万人オーバーという現実の一端が、確かにそこにある。しかし、彼ら・彼女らがどれほど追いつめられていたとしても、「困窮している人」への目線は冷たい。が、彼らが餓死死体や自殺死体となって発見されれば、扱いはガラッと変わり、たちまち同情の対象となる。

 しかし、それではもう、どうしようもなく手遅れなのだ。

 北九州の餓死事件を例に出すまでもなく、こういった問題は何度も繰り返されてきた。しばらくは同情的な世論が続いても、またあっという間に元に戻る可能性がある。

 ちょっとした不運が重なることで、たちまち餓死やホームレス化のリスクに晒される社会はとてつもなく生きづらい。顔も知らない誰かでも、誰かが餓死や衰弱死することは、もう思考停止したくなるほどに辛い。そんな社会は、きっと私やあなたを簡単に見捨てる。

 もちろん、ライフラインが止められた場合の行政の対応など、様々なシステム作りも大切だ。

 しかし、困窮した人々が「助けて」とSOSを発信できるだけの信頼を、この社会や私たち一人一人が取り戻すことが、今、もっとも必要なのだと思う。

 

  

※コメントは承認制です。
第222回 さいたま市の親子3人餓死事件。の巻」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    〈「困窮している人」への目線は冷たい。
    が、彼らが死体となって発見されれば、たちまち同情の対象となる〉
    雨宮さんの、あまりにも厳しい言葉は、
    けれどこの社会の現実を確かに、鋭くえぐり出しています。
    そんな社会に、私たちは生きていたいのか。
    何かが一歩違っていれば、
    「彼ら」は「わたし」や「あなた」だったかもしれないのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

最新10title : 雨宮処凛がゆく!

Featuring Top 10/277 of 雨宮処凛がゆく!

マガ9のコンテンツ

カテゴリー