雨宮処凛がゆく!

 自民党の片山さつき氏が、また余計なことを言っている。

 発端は、8月18日にNHKのニュースで放送された「子どもの貧困」特集。私は見ていないのだが、そこに出ていた母親と2人暮らしの高校3年生の女子生徒について、部屋にアニメや漫画関連のグッズがたくさんあったとか、果ては本人らしき人物のTwitterによると、1000円以上のランチを食べてるとか同じ映画を何度も見てるとかコンサートに行ってるとか、そのようなことから毎度恒例の「本当に貧困なのか」といった声が上がる――という展開に。そんなネット上での騒動に対し、片山さつき氏は以下のようにコメント。

「拝見した限り自宅の暮らし向きはつましい御様子ではありましたが、チケットグッズ、ランチ節約すれば中古のパソコンは十分買えるでしょうからあれっと思い方も当然いらっしゃるでしょう。経済的理由で進学できないなら奨学金等各種政策で支援可能!」「追加の情報とご意見多数頂きましたので、週明けにNHKに説明をもとめ、皆さんにフィードバックさせて頂きます!」

 またか…。今、私は「嫌な予感」に包まれている。そして2012年の悪夢が蘇る。芸人の母親が生活保護を受けていたということが発覚した際の騒動だ。この問題に関しては散々「不正受給では」と叩かれたのだが、生活保護問題対策全国会議の見解を見れば明らかにように、この件は不正受給には当たらない。「強い扶養義務」があるのは夫婦間と未成熟の子に対する親だけだ。
 しかし、片山さつき氏はこの件に関して厚生労働省に調査を依頼。「一芸人の家族のこと」が一気に政治問題のトップに躍りだし、当人ももちろん大変なバッシングに晒されたものの、多くのメディアはこの件をきっかけに「生活保護バッシング」へと走り、中には「生活保護受給者の監視」を呼びかけるものまであった。

 その果てに起きたことは何か。生活保護を受ける人はスーパーなど買い物にも行けなくなり、精神的な病気を抱える人は病状が悪化。私のもとにも当事者から「生きていてはいけないと言われてる気がする」「生活保護受給者は死ねということでしょうか」などという悲鳴のようなメールがいくつも届いた。そうして実際に、自殺者も出ている。自らが支援してきた人を自殺で失った埼玉の男性は、「自死したという一報を聞いた時、頭に浮かんだのは、ある自民党議員の顔でした」と述べている。

 生活保護バッシングという国会議員が仕掛けたブームと、それを「ネタ」として手軽なガス抜きの娯楽として消費した大勢の人の「悪意ですらない暇つぶし行為」によって、実際に奪われた人の命。しかし、生活保護受給者が自殺したところで、当然報じるメディアなどない。

 さて、このような経緯がたった数年前にあったことから、今回の高校生の報道に対する片山氏の姿勢について、私は非常に憤っているわけだが、彼女に同調する人も多いことを知っている。
 しかし、ここで「自分だったら」と置き換えてみてほしい。もし、あなたがそんなバッシングを受けたらどう思うだろうか。どうやったら自分が「貧困」だと証明できるだろう。どうしたらすべての人に大変だと理解してもらえるような「貧困プレゼン」ができるだろう。とびきり悲惨なエピソードでも語ればいいのだろうか。というか、土下座して謝れば「みんな」に「許して」貰えるのだろうか。だけど、みんなって誰? 誰があなたに土下座をさせる権利があるの?

 もう、10年もこんな光景を繰り返し繰り返し見せられてきた。一斉に始まる、「あいつは貧困とか言ってるけど、楽して得して甘えてるじゃないか」というバッシング。その正反対の光景も見てきた。それは、貧困とされる人が死んだ時。餓死や凍死、孤立死、心中などが起きると一斉に「可哀想!」「役所は何をしてたのか!」「この国の福祉はおかしい!」という大合唱が始まる。前者と後者で声を上げる人は、おそらく、一部かぶっている。

 さて、今回、高校生の部屋にアニメグッズなどが多かったということから、ある事件を思い出した。それは銚子で起きた母子心中事件だ。

 事件が起きたのは14年9月。千葉県銚子の県営住宅で、44歳の母親が中学2年生の娘を殺害した。
 母親はシングルマザー。給食センターで働いていたものの月収は14万円ほど。生活は苦しく、事件の2年前からは、娘の制服代などの購入のため闇金にも手を出していた。一方、各種の支払いも滞っていた。健康保険料は未納で、保険証は使えない状態。1万2800円の家賃は2年以上滞納が続いていた。娘を殺したのは、家賃滞納が原因で県営住宅の明け渡し強制執行が行われることになっていた日だった。

 執行官が足を踏み入れた時、母親は放心状態で、既に息絶えた娘の頭を撫でていたという。居間のテレビには、その4日前に開催された娘の運動会の映像が流れていた。母親はその日、娘が運動会で使っていた赤いハチマキで首を締めたのだった。
 母親は、本当は自分が一人で自殺するつもりだった。しかし、様子がおかしい母親を心配して娘が学校を休んだことから、事件が起きてしまったのだ。

 15年6月、13歳の娘の命を奪った母親には、懲役7年の刑が下っている。
 誰もが胸を痛めるこの事件。
 母親の裁判では、検察官によって、あることが指摘されている。それは支出について。殺された女の子はアイドルが好きだったようで、アイドル関連の支出が多かったことを指摘されているのだ。また、液晶テレビやブルーレイプレーヤー、エアコンなどを購入したことも検察官に指摘されている。
 しかし、この事実をもって殺された女の子や逮捕された母親をバッシングする声を私は聞いたことがない。また、今初めてこの事実を知ったという人も、バッシングしないだろうことはなんとなく予想できる。理由は、死者が出ているから。母親も、実刑判決を食らっているから。あまりにも痛ましい事件によって、親子は「非の打ち所がない可哀想な貧困者」としての揺るぎないキャラを確立したから。

 嫌な言い方をしてしまったが、そういう見方と線引き、もうやめにしませんか、とずっと言ってきたし、書いてきたつもりだ。
 元大蔵省という超エリートの片山氏には、生活保護をはじめとした貧困対策が、すべて「コスト」に見えるのかもしれない。しかし、命よりも財源論が優先される社会では、命はどんどん軽くなる。

 7月、相模原の施設で障害者19名が殺害された。障害者の生存を否定し、「お荷物」扱いするような容疑者の歪んだ差別意識は、そんな社会の空気とは決して無関係ではない気がするのだ。生産性がない人間、税金で生きる人間を否定するような空気。

 翻って、国会議員である片山氏の給料である歳費も税金だ。が、私は片山氏のランチ代がいくらかを詮索するつもりはないし、どんなものにお金を使い、どんな映画を見てどんなコンサートに行き、いくらくらいの服や化粧品を買っているかなどを公開してほしいなどとは思わない。国会議員のひと月の歳費は、生活保護を受ける単身の人の1年分の生活保護費に相当するほどだが、そのことをバッシングするつもりはない。

 最後に。
 貧困状態の人や、生活保護を受けている人は、なかなか声を上げられない。バッシングされるに決まってるからだ。政治的に力を持つような当事者団体もない。もっとも手軽に叩きやすい存在なのだ。よって政治家にとって、「貧困者バッシング」は、最高にリスクが少なく、かつ有権者に「仕事してますよアピール」が、もっとも手間ひまもコストもかからずできるという、非常に「おいしい」パフォーマンスなのである。
 そのことを、覚えておいてほしい。

 

  

※コメントは承認制です。
第386回「非の打ち所のない貧しい人」ってどこにいるの? 〜高校生バッシング、もういい加減やめませんか〜の巻」 に21件のコメント

  1. magazine9 より:

    いい人でもそうじゃなくても、好きな人でもイヤな人でも、誰にでも等しく守られるべき権利があります。それなのに、なぜかその権利を得るために「納得感」を求められる社会。その「納得感」は、取り上げ方やイメージによって変わってしまうようないい加減なものではないのでしょうか。他人の権利を守ることは、自分の権利を守ることでもあるはずです。放送に登場した若い女子高校生のことも心配です。

  2. 新しい炊飯器 より:

    今は、携帯電話(スマホ)PC ネットのブロードバンドは最低インフラでしょう。
    ネットもアナログやめて全部光にすれば(いずれそうなる)安くなります。議員も、必要経費はかかりまくるので、もちろん、使い道は厳しい精査は必要ですが、高い安いのは別の機会で議論。

  3. 結論だけ言うとあれを編集したNHKのディレクターが悪い!あんなもろどっかの政党のヒモつきみたいな映像を最後に流されたら、片山さつきさんみたいな人も出て来て当然!

  4. いけだ みとり より:

    初めまして、池田と言います。確かにこの手のバッシングは、一斉にとことん出される事が多くて気になっていました。まるでストレス発散の様に・・。生活保護にたどり着けない人や追い返される人も居ると聞きます。この豊かで安全だと言われている日本で「餓死者」が出ているのですから。弱者に寄り添うという政治のあり方が、求められていると思います。道徳を評価する時代ですから難しいのかも?

  5. AS より:

    水島宏明・上智大教授(札幌テレビ在籍時代にルポ「母さんが死んだ ―しあわせ幻想の時代に―」を制作されました)が御自身のブログで同様に論じておられます。
    当然ながら“ナマポ”を叩きたい連中から「十分贅沢してる」と叩かれてます。

  6. 對馬昇 より:

    マガジン9 雨宮処凛がゆく 41歳
    第386回高校生バッシング
    第385回戦争の話 を読んで。
    記事の内容を読んでいて「若いオンナ」と思ったので当たってみたら41歳ということで失礼。
    履歴、人生行き場に迷って「右翼」という選択は判りませんが、別にいまの生活とリンクしないことで特筆はいらないと感じた。かりに、それが合理的論理とするなら「個人本人」による選別でなく日本国家の教育システムに問題がある、といえる。なぜなら、戦争また人間倫理観について学校は、正しく教えなかったからである。別にギリシア哲学を復習しろ、といってるわけではなく、知識のほとんどは学校以外から学び知ることが多い。もっと突き詰めていえば、自分が、その場にいって知ることが勉強であり知識である。だからいまの雨宮処凛さんは、それを実行しているのだから正統派である。
    いま社会を席巻しているポケモン騒動がよい例で、穿った見方をするとアメリカ戦争シュミレーションを、それをゲーム市場で展開している。とは極論だか、遠隔操作ステルス無人飛行機が、アメリカ基地の操作室からイラクまで飛んでミサイル発射する戦争は、まったくゲーム感覚だ。
    その端末を手にしてポケモン捜査するのは、それと変わらない。また、総てが与えられた知恵と機械を受動的に使っているいまの世相(社会)は、為政者の思うがままである。そのことに傾注するか、しないかの問題だ。とくに戦争の話では、国家論理で動くと止まらない。その端緒は何かといえば社会一人一人の個人ユニット思想であり、思想を支配するのはメディアであり、巨大数を操るのはマスメディアであり、フェースブック、ツィッターがそのコンテンツとして利用される場合がある。そのことに疑問、アンチテーゼを示す必要がある。
    その人間行動様式を日々日常に投影して見れば、メディア支配された価値観のなかで、社会とは少しばかり離脱した行動をすると、たちまちバッシングに合うことは当然の結果なのである。ましてやネット社会の今日、そのことばかりを収集し、タイミングをみて一斉に襲い掛かるというバイアスは、人間の生来の業みたいなもので、おそらくその遺伝子レベルは更生の余地がない。コレまでの人間歴史を見れば判るように殺戮戦争史である。

    この意見が採用されるかどかう未定であり、その前にシステム内に組まれたアルゴリズムによって選別される。社会を騒乱させるような文字言動は、この時点で止められる。必然的に社会は「営利資本主義」の受益者(巨大企業、スポーンサー、パトロン)の指針にのっとり、都合のわるいものは排除される。
    リオオリンピックであった実際の事件、ioc役員によるチケット不正販売と、サッカー「ネイマール」がした表彰式で「100% JESUS」と書かれたはちまちを頭に巻いて金メダルを受け取ったという話が、iocよりクレームを付けられた。そんなちぐはぐな話が同時進行するいまの世界の倫理である。われわれは、そうした中で何が正しいかを選択しなければならない。それには自分が日々勉強し、そのことを現場で学ぶ必要がある。

    ※歴史は学校以外の知識をふんだんに吸収する必要がある。

  7. アッチョンブリケ より:

    某配信サイトで生活保護者の人が放送中に安倍政権を支持する意見を言っていたので不思議に思い、言い方は悪いが何故貧困者である貴方が現政権を支持するのですか?とコメントで質問すると「自分は年収1000万以上の税金によって生活を支えられているから大企業を優遇する現政権を支持するのは正しい」との答えが帰ってきました。
    衝撃を受けたんですが、こういう人にこそ左の優しさというか眼差しが必要だと思います。
    でも現実はそうならないですね…高校生の問題にしても日本全体がズブズブと貧困化してきている証拠のように思えます。

  8. とだえん より:

    感銘を受けましたので、私見を述べさせていただきたく。
    「バッシングしている人」のほとんどが、善人として正義の側から意見を言っているつもりであって、虐めよう・貶めようとして「叩いている」のではないと思います。しかし、その根底には、自分よりも弱い立場の人間を作ることによって、自分の地位をそれよりも高い場所に上げようとする無意識の行動があると思うのです。
    自分を負け組にしないためには、もっと「負けている」人々を作らなくてはいけない。そしてその人たちに対して上から目線で、糺す物言いをして、上であるというマウンティングをしているのではないでしょうか。
    バッシングしている人をバッシングするだけでは、単に正義の表裏が入れ替わっただけで、憎しみは増すばかりだと思います。処凛さんの文章を読んだ方だけでも、憎しみが連鎖しないことを願って欲しいと思うのです。

  9. asa より:

    所詮は、戦時中の国防婦人会なるものを、大のhン帝国性奴隷問題の前科をごまかしたいがために、稲田朋美防衛大臣からして自らが、自民党に所属する女性議員こそが大日本帝国軍性奴隷女子会とでも称してごまかそうとする魂胆があることを白状してくれたものであり、この片山さつき議員にしても、所詮は、この「大日本帝国軍性奴隷女子会の仲間の一人に過ぎないというところは、櫻井よしこや曽根綾子にせよ、小池百合子東京都知事にしても、この仲間であることは、誰ば見ても明らかなことなのでは?」

  10. 北上雅能 より:

    国会議員の給与は最低賃金に。もしくはすべての国会議員を生活保護に。

  11. 鳴井 勝敏 より:

    >元大蔵省という超エリートの片山氏には、生活保護をはじめとした貧困対策が、すべて「コスト」に見えるのかもしれない。
    だとすれば、人権と言う言葉に無縁に生きてきた方でしょう。しかし、片山さつき様、少し世間をナメテいませんか。あなたは統治機構に身を置く人です。統治機構は何の為にあるのですか。人権を保障する為なのです。中でも、社会権は、20世紀になって、社会国家の理想に基づき、社会的・経済的弱者を保護して実質的平等を実現する為に保障されるに至った人権です。
      生活保護法の根拠規定は憲法25条です。25条は、資本主義の高度化に伴って生じた失業・貧困・労働条件の悪化などの弊害から、社会的・経済的弱者を守る為に保障されに至った人権です。                    片山様、あなたは実質的平等を実現する社会は好みませんか。YESであれば、あなたに何を言ったも伝わりません。これでおしまいです。そういう方に年間三千万余の歳費が支払われていること自体がより問題なのです。                                  >その根底には、自分よりも弱い立場の人間を作ることによって、自分の地位をそれよりも高い場所に上げようとする無意識の行動があると思うのです。とコメントにありました。この傾向が強まっている様な気がします。現役、定年者問わず。だが、定年者にこの傾向が強まっているように映ります。肩書きがなくなった。不透明な時代に加えて長寿社会。戸惑い、なすすべもなく、しっかり自信を失ったかのように。                                                            

  12. Leo より:

    ミスリードでは?
    貧困の定義をせずに一緒くたに語るのはどうかと

    今回の話は日々の食べ物にも困るような話ではなく
    パソコンが買えないのは趣味に散財したからだし
    買ったキーボードは実際にはスマホ用
    さらには入ったところで貧困からの脱出にはなんの解決にもならない
    アニメの専門学校にいけない理由に貧困を上げたのが問題なだけです

    貧しさから抜け出す努力を一切せずに
    貧しさで苦しんでるなんて主張しても受け入れられないでしょう

    演出したのが本人なのかテレビ局なのかは知りませんが

  13. Tapas より:

    雨宮さんの『『14歳からわかる生活保護 (14歳の世渡り術) 』を読んで以来、時折、記事に注目しています。
     
    先日、この記事をシェアしました。すると立て続けに雨宮さんの記事に対して「どんどん話がずれている」「違和感を感じる」というコメントがありました。そこで気づいたことをいくつか。
     
    まず、絶対的貧困と相対的貧困という捉え方を知らない人が多いということ。そういう人たちは、もうあの女子高校生は「貧困ではない」と言い切ってしまいます。
     
    次に相対的貧困世帯で実際に育ち、そこから自分の意志と努力で抜けだしてきた方には、女子高校生の暮らしぶりが「貧困ぶっている」ように映るかもしれないということ。
     
    そして片山議員への批判については、彼女のこれまでの言動を知らない場合、「エリートだから分からないという決めつけ」という構図にも見えてしまうということ。
     
    個人的には、本当にさまざまな受け止め方があるのだと気づかされました。
     
    つまり、あのニュースでは、なによりもまず絶対的貧困と相対的貧困という捉え方をきちんと説明すべきだったのだと思います。
     
    ニュースでは「所得がある一定の収入に満たない」という表現やキーボードのエピソードを紹介していましたが(少々泣ける話的なことで採用したんでしょうけれど)ズバリ「全人口の所得中央値の半分未満の世帯員」という定義があるのですから、分かりやすい数値で表したほうが誤解が少なかったと思います。例えば、日本の所得の中央値はおよそ250万円ですから、年収125万円(月収約10.4万円)以下で暮らしている世帯という定義です。そうすればアニメグッズを買ったり、コンサート行ったりできても、進学などに必要なまとまったお金が用意できないことが容易に想像できたはずです。
     
    また様々な奨学金制度などをきちんと調べてたり、もっと自分で何とかしようとしている様子を映してあべるべきだったと思います。
     
     
    生活保護や貧困を考えるとき、ぼくは社会制度や運用の問題、個人の資質や能力の問題、そしていわゆる世論と言われるようなぼくたちの多数を占める意識の問題、それぞれの取り扱い方に慎重でいようと心がけています。これらの問題は繋がっていますけど、別々の取り組みや批評がなされるべきだと思うからです。
     
    そうした観点から、ぼくは片山議員の言動を批判する雨宮さんに共感しています。片山さんには参議院議員という立場からしても、もっと適切な言動をしてほしいなという願いも込めつつ……。

  14. 鳴井 勝敏 より:

    (その1)                       「マウンテイング」という言葉に初めて触れた。辞書によれば、相手より自分が優位であることを示す、とある。
     まず、感想を一言で述べれば、疲れないだろうか。虚勢を張って生きているわけだから。しかも、他人に悟られないだろうか、と常に気にしていなければならないのだ。他者と比較する。他人の評価が気になる。負けず嫌い(他者に対して)。見栄っ張り。この点、自立心の確立している人にはほとんど無縁の言葉である。常に自分と葛藤している為、他人と比較する暇など無いのだ。      ところで、これは今に始まったことではない。ただ、以前にくらべこの傾向が強まっているように映る。しかも、老若男女問わないようだ。これは「いじめ」の源泉かもしれない。そして、凜とした高齢者も見かけなくなった。主な要因は「自立心」の弱さにある。そして、そのことが一段と進んでいる証であると見ている。                             

  15. 鳴井 勝敏 より:

    (その2)
    以下は,私のメモ(出典不詳)から引用したものである。

    依存心の強い人(独立心の弱い人)
        ↓
    自分に対する他の評価が気になる。
        ↓
    他人の評価に頼って生きている人に採っては、人からバカにされることほど辛いことはない。
        ↓
    したがって、虚栄心,見栄が強くなる。
        ↓
    虚栄心、見栄には限界はなく、したがって,それに振り回されることになる。
        ↓
    そこで、劣等感が生じることになる。
        ↓
    劣等感がつよまると、あること、ないこと他人を批判することによって自分を支えようとする。
        ↓
    精神的に未熟児なのである。大人になっていないのである。
    大人とは,自分で自分を律し,評価してゆくという独立心を持った人をいう。

  16. 鳴井 勝敏 より:

    (その3)
    私は、「独立心」を「自立心」に読み替えて教訓にしていました。問題は、自立心の醸成である。その為に欠かせないのが「自信」である。確かに、現在の社会環境は人間から自信を奪い採っている。しかし、環境の奴隷になっては幸せな人生は遠のくばかりである。そこで、私は、「自信」を身に付けるには教訓と感動の繰り返しが効果的と考えている。つまり失敗して教訓。上手くいって感動。この繰り返しである。「自立心」の醸成、今の学校教育に最も欠けている点であると見る。これは学力テストには表れない。受験学力で身につくものでもない。                                    

  17. baku より:

    基本的に自民党はキックバックが期待できない一般庶民や貧困層に金を渡したくないのです。むしろ少しでも金を吸い上げたい。(消費税の目的はこれです)

    一方、民進党もその類いです。

    ならば、護憲政党である社民や共産は期待できるのでしょうか?
    社民は民進党になびき、共産党すらもベタ降りしたあげく暴力集団のシバキ隊やそれにつながるシールズを応援していたぐらいだから全く期待できないでしょう。

    護憲新党の立ち上げが待たれます。

  18. 自民下野までツイッター より:

    処凛さん、ありがとう

    【NHK籾井! 片山さつきを討て!】いいな〜 興奮して、うんこは投げるな! – キッズ政治クラブ – Yahoo!ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/well_well_being/68240479.html #

  19. 樋口 隆史 より:

    こんにち(ばん)は。なんともやりきれないです。
    貧困者からもじわじわと支払い可能な範囲でお金を搾り上げていく市場が存在しています。アニメグッズやスマホもそういった類のものです。
    いざ貧困者から高等教育を受け、這い上がろうと思っても、とたんに難解であり塾で訓練を受けないと突破できない受験の壁にぶつかったり(塾も必要ないはずなのにお金儲けのために存在している)、それを突破したとしてもとても支払えないような高額の入学料や授業料や教材費が必要になる。
    つまり、貧困者はいつまでも資本家から搾り取られるだけで、そこから脱却することを許されない。体の良い奴隷制度です。
    怖いのは、こういう状況に陥ってしまう可能性は誰にでもあるということです。
    GDP世界第三位の国なのに、なんでこういう国になってしまうのか。経済大国が聞いて呆れます。

  20. カビゴン欲しい より:

     死んで初めてその苦しさを認めてもらえる、爪に火を点してお菓子一つ買う贅沢すら、甘えるなと断じられる—。
     雨宮さんの論点は明確で、まさに社会の闇を突いていると思いました。
     この社会は、何百年もかけて進歩してきたはずです。弱い者は徹底的に淘汰され、排斥されていく弱肉強食の未文化の時代は、終わったはずです。
     だけど、社会の上層を成す恵まれた階層の人間には、どうしたって上から目線をやめられないのかもしれません。弱い者を勿体なくも守ってやっているという視点に立つ社会運営は、他に魅力的な投資先を見つければそちらに飛び付き、手のひらを返して福祉への批判に回るのかも知れません。
     だけど、誰だって、自分がいつどこで事故に遭い、病気になって、公的扶助を必要とする存在になるかなんて、予測できないではありませんか。私もあなたも、明日には障害者、生活保護受給者、ホームレスになるかもしれない。その危険性を忘れてる。
     私は、自分の暮らす社会が優しいものであってほしい。大きな社会の小さな一部が、弱くはかなく苦しんでいたら、そこに手を伸ばすだけの寛容さと余力、弾力性を持った社会であってほしい。
     公的扶助の尊厳を、守り育てる社会であってほしいです。

  21. asa より:

    自分に対する他の評価が気になる。

    このキーワードについても、何処かで目にした記憶がありますが、逆に本人の自己評価としては、「協調性はあるほう」というキーワードも、同時に目にしましたね。

    発想の転換をすれば、「依存心の強い人(独立心の弱い人)」というキーワードも、「自らの意思が弱く、周囲の言いなりになりやすいのではないか」ということも、一つの見立てとするならば、「自らの意思決定により、周囲との協調性を発揮することで、これが本人にとってのメリットになると同時に、周囲にとってのメリットにもなれば、これこそが公共の利益となって、どんどん学習していくことで、共に幸せに暮らすことが出来る様な社会に、大きく変えていくきっかけとなるかも知れませんね。

    逆に言えば、この片山さつきのような行動というのは、「周囲にとっては、何のメリットもないどころか、デメリットにしかならない行動そのものであり、これこそが周囲にとっては「公共の迷惑」極まりない行動であることは、誰が見ても明らかなことであるものの、これをごまかそうとする行動そのものであることは、周囲にとっては、まんまと騙されたふりをして、そっと静かに無視すれば、何のデメリットもないものの、自らのメリットもないと勘違いして、自らが損したくはないとというのをごまかそうとすること自体が、これが国会議員で、それも自民党に所属する政治家による行動そのものであるとするならば、この自民党そのものが、この日本国というのは、精神的には極めて幼稚で傲慢なアダルトチルドレン国家に他ならないというのをごまかしたいがために、アメリカの言いなりになるだけの間抜け国家に他ならないというボロを自ら白状してくれたものではないか」ということが、中国外務省ではありませんが、国際社会全体にとってもお見通しのことであり、バレバレのことであることは、誰が見ても明らかなことなのでは?

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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