雨宮処凛がゆく!

 怒濤の一週間が終わった…。

 それは前回も書いた、「NO LIMIT 東京自治区」。アジア各地の大バカたちが東京に集結し、デモやライブや路上飲み会やいろんなイベントをしまくって飲んで歌って踊って交流しまくる一週間である。 

 これをただのバカ騒ぎと思うなかれ。各国政府がロクでもない上に近隣諸国との対立を煽り、危機感を高めてあわよくば金儲け的なことを企んでいる中、アジア諸国のマヌケな有象無象たちが「もう勝手にやるしかない!」と仲良くなりまくり、交流の輪を広げまくったのである。

 この一週間、毎日参加できたわけではないが、デモをし、ライブに行き、高円寺の路上で飲んで歌って踊りまくり、本当に多くの国の人々と交流した。なんだか合宿のような日々だった。そしてどこに行っても、そこには「解放区」が広がっていた。上海や北京や香港や台湾や韓国やドイツやオーストリアなどなどの人々と、いろんな話をした。徴兵のことや、それぞれの国の政府のこと、働いてもなかなか生活できないこと、仕事がないこと。だけど、酔っぱらってほとんど忘れた。それでいいのだ。まずはお互いを知り、仲良くなってしまうことが大事なのだから。

 韓国の人やオーストリアの人で、私の本を読んでくれているという人にも出会った。世界中でグローバリゼーションのもと、格差と貧困が深刻化するなど同じことが起きていること、それに対する抵抗運動があちこちで起きていること、そういう運動とこの「東京自治区」は深い繋がりがあること、そんなことを話した。

14日の「さよならアベパーティー」in高円寺

さよならアベパーティーに集った多国籍な人々

 そうして東京自治区最終日には「世界大バカ集結記念 鎖国反対パレード」が新宿で開催された。前日に北海道で講演があった私は参加できなかったのだが、台湾やドイツや沖縄や野方(東京の野方)のバンドがサウンドカーの上でライブ! 動画を見ると異様な盛り上がりで、ドイツのバンドがデモ隊にダイブするわ、パンクロッカー労働組合(という野方のバンド)のボーカルは警察の帽子を奪ってかぶるわ、飛び交う言語は台湾語とか中国語とか韓国語とかドイツ語だわで、完全な解放区の様相を呈していたのだった。

 結局、この日は新宿の路上で飲んでいる彼らと夜に合流し、終電近い電車でみんなで聖地・高円寺に移動したのだが、酔っぱらった台湾、中国、韓国人たちはただ電車に乗って移動するだけというのにやたらとテンションが高く「高円寺! 高円寺!」とコールを上げながら乗車。着いたら着いたで、また「高円寺コール」を続け、駅前広場で台湾のタトゥーアーティストが即興で「コウエンジー、トモダチー」などという歌を作って歌い出すと大合唱が始まるなど、デタラメな盛り上がりが続いたのだった。

最終日の夜。やっぱり高円寺。

 今後、「高円寺に行けばなんとかなる」という大いなる誤解がアジア中の貧乏人に広がるだろうことは想像に難くない。なんたって今回の東京自治区、外国人は様々なイベントの入場料がタダだったり、高円寺のマヌケゲストハウスをはじめとした宿泊所もタダで解放されたり、寄付で募った米などの食材で1日1食は無料で振る舞われていたりしたのだ。「タダで泊まれてご飯も食べられる」と聞きつけると、これほど大量のマヌケなアジア人が東京に押し寄せることは、今後のいい教訓になったのであった。

 あー、面白かった。路上で飲んでいると、通行人も「なんなんですか?」とどんどん参加してくるのも面白かったし、「アジア人たちにJ POPの恐ろしさを知らしめる!」と称して開催された、80年代90年代J POP縛りのDJイベント「My Revolution なるほどtheワールド」も最高だった。最初の頃は、言葉が通じないからとにかく一緒に踊った。そのうちにどんどん顔見知りが増えてきて、いつの間にか言葉の壁も超えていた。いろんな国の人たちがこういう時間を共有して、ライブやデモとかいろんなことを一緒にして、それを積み重ねていくこと。「平和を守る」とか「平和を作る」って具体的にどういうことなのかわからないけれど、東京自治区こそが、トンデモない形で何かそういうことの実践をしている気がした。

 そうして、ふと思った。ヘイトスピーチとかに流れる人って、外国の友人がいるのだろうかと。思えば、右翼に入った頃の私は一度も海外に行ったことがなかった。当時「外国人」と言われて思い浮かんだのは、日本という国の最底辺で、最賃競争をするライバルとしてのアジア系労働者だった。当時フリーターだった私にとって、「自分たちより時給の安い外国人」は、常に自分の立場を脅かす存在で、実際に「韓国人の方が、時給が安いから取り替えたい」なんて言われたこともあった。自分が社会の底辺にいたからこそ、彼らと自分をなんとか区別したくて「日本人であること」にすがった。そしてやはり、右翼的な考えの持ち主の中には、今も「工場が中国に移転して中国人に仕事を奪われた」「アジア系労働者が日本人の仕事を奪っている」と言う人もいる。

 でも、それでいがみ合うなんて、「金持ちや権力者の思うツボ」って気がするのだ。グローバル競争の中、国内にいながら誰もが他国のより人件費の安い労働者と競争させられる現在の状況は、「NOと言えない労働者」を大量に生み出し、働く者の首を締め続けている。ならば、いがみ合うよりアジア中の貧乏人が連帯してしまえばいい。アジア中で同時多発的にストライキなんかをやってしまえばいい。グロステスクなほどの格差に対して、「もっとよこせ!」と叫べばいいのだ。

 なんだかそんなことを夢想してしまうほど、そしてそれが意外と簡単に実現できそうに思えてくるほど、東京自治区は「アジア連帯」の可能性をこれでもか、と見せつけてくれたのだった。

 さて、そんな一週間を過ごして、「ちゃんと生きよう」とか「真面目にやろう」なんて気がまったくなくなってしまった。
 が、「ちゃんと生きよう」とか思うからいろいろ勝手に背負い込んで生きづらくなるわけで、これは非常にいい傾向である。

 ということで、「ちゃんと生きよう」とか間違っても思わないための新刊が近々出版される。「THE BIG ISSUE」にて2006年から昨年9月まで連載していた「世界の当事者になる」をまとめた本だ。タイトルは『生きづらい世を生き抜く作法』(あけび書房)。9年間も続いた連載は211回にも及び、その中から98篇を厳選した。

 以下、あとがきからの引用である。

 「さて、これからも私は、自分への期待値を限界まで下げ、段差のない場所で転ぶような躓きを繰り返し、くだらないことにうじうじと悩み、時々デモして酒を飲み、猫を愛でながら、そして猫を真似て何よりも『昼寝』を大切に生きていく所存だ。
 あなたも適当にいろんなことをサボりつつ、面白可笑しく日々を過ごしてほしいと思う。
 そんな余裕が、この世界を少しずつ、優しくしていくと思うから」

 9月23日には書店に並ぶので、ぜひ、手にとってみてほしい。
 「この10年」のこの社会のことや3・11以前、以降のデモのことなどなどについても書いた。
 あなたの違和感ややるせなさに「効く」言葉が、きっとあるはずだ。

『生きづらい世を生き抜く作法』(あけび書房)

 

  

※コメントは承認制です。
第389回無事終了! アジアマヌケ合宿のような一週間! の巻」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    高円寺だけでなく、それぞれが自分の場所でこんな楽しい「自治区」を作ってしまえば、生きづらさも少しは解消されるかもしれません。この「NO LIMIT 東京自治区」についても触れている、松本哉さんの『世界マヌケ反乱の手引書 ふざけた場所の作り方』(筑摩書房)では、「マヌケ反乱の拠点をどうつくるか」がけっこう真面目に書かれています。ぜひ雨宮さんの新刊とあわせてご覧ください。

  2. James Hopkins「反戦ネットワーク(2002/08)」賛同 より:

    今回の、文中にある「ちゃんと生きよう」といふ”フレーズ”は、なかなか印象深く或いはアンビバレントなものとしてあるようにおもひます。本来ポジティヴなものであってよいはずのそう云ったきもちが、当今蔓延跋扈するさまざまな力によって踏み躙られてしまふといふことが目下最大の問題としてわれらの身辺周囲にあるといふことなのだろふとおもひます。
    いわゆる強欲”グリード”資本主義経済と合わせ鏡の”新自由主義政治”の諸力が、ふつうの人びとの「ちゃんと生きよう」とする志気とそれを育む環境諸条件を圧迫簒奪し荒廃させつづけているといふのが、深刻かつ最大の実際問題とおもわれます。
    むろん年長者大見得の猫かぶりお仕着せの「ちゃんと生きなさい」では、およそなんの力にもならないような諸々状況があるとしても、しかしながらいま普遍的に求められているのはやはり断乎として、いわば”人としてまっとうなあるべき品位や作法”いわく”ディーセンシー”が、相互に通用する諸条件ないし制度環境を訴求し恢復するといふことであろふ。”グリード”に対峙対決し、それに替わるべき”ディーセント”である。
    このことのためには、むろん当然のことながら、ゆるぎない断乎たる戦闘性とその力が要請されている。そしてこの戦闘力こそがまた”ディーセンシー”を映し出す鏡のはたらきを帯びもたらすといふこと。いまはまさにそのときである。
    圧迫包囲の只中で固くこわばっている内心表情を切り崩し、胸底に圧し込められている人として拠るべきまっとうな品位感情をとりもどすためには、健やかで断乎たる戦闘性とその構えが必要なのだ。
    このことに至り及べば、お仕着せの「ちゃんと生きよう」といふアンビバレントなフレーズはやがて一転しつつ、いふなれば「人としてまっとうに生きたい」といふ想いとなり、それが拠りどころとなってさまざまな言動動作を生み出すこととなるだろふ。
    ここ文中でいふ”マヌケ”とはいささか自嘲の傾きポーズをみる心地するが、利益支配力を追求する”グリード”強欲とそれに付随する周到な狡知狡猾さの向うを張るにはまたそれ相応の度量が求められるだろふ。
    共にあることのさまざまなおもしろさやよろこびと愉快さ、そしてそれらを根底において担保する”ディーセンシー”を育み護る闘いは、ときに骨がおれることではあるが、そのこと自体が人としての品位の証でもあるだろふ。
    生きることのいっさいが(自らの)世界観の示唆表明であることを想えば、”ディーセンシー”のための闘いは自身自らの内外の広大深遠なひろがりへの探索追求の試みであろふ。
    祝福を
    Salut

  3. PUNKちぇべ より:

    「ヘイトスピーチとかに流れる人って、外国の友人がいるのだろうかと。」〜「グロステスクなほどの格差に対して、『もっとよこせ!』と叫べばいいのだ。」の件が、正に「我が意を得たり」でした。
    今般本邦において、新自由主義の現政権を支持し、自己責任論を振りかざす下層民が多いのは、「自分より少し上の連中を引き摺り下ろすことで、自分と同じ負け組を増やしたい」「逆らっても勝てっこない勝ち組の連中は、別世界の人と思えば悔しくない」という、吐き気がするほどの負け犬根性が発現した結果です。ルサンチマンの方がずっと健全ではないでしょうか?
    本当の敵は中韓なんかではなくて、本邦を強者に好都合な国につくりかえようとしているエリートたち。連中に対抗するには、同じ思いで喘いでいる中韓の、アジアの、全世界の同胞と結ぶことだと思うのです。
    「NO LIMIT 東京自治区」。そんな素敵なイベントがあったんですね。知らなかったのが残念です。次回があるなら是非参加したいと思います。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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