雨宮処凛がゆく!

法案成立数時間前、日比谷公園の大集会の光景。

 現場にいると、逆に何が起こっているのか、わからなかった。

 12月6日夜。希代の悪法と呼ばれ、その時もまさに国会周辺で一万人を超える人々が廃案を求める声を上げ、全国各地で反対運動が巻き起こる中で「特定秘密保護法案」が可決、成立した瞬間。それを私は参議院本会議の傍聴席で目撃した。

 傍聴席は、議場をぐるりと取り囲み、見下ろす形で設置されている。議場の真ん中には議長席。その前に速記係。そうして扇形にずらりと並ぶ議員席。傍聴人からは議員の後頭部が見えるという構図だ。

 国会を傍聴するのは、その日が3日目。第一印象は、「ここは居酒屋か?」だった。議場がオッサンたちの怒号や罵声に満ちていたからだ。その日、同じく初めて国会を傍聴したという大学生は、そんな議場の様子をあまりにも的確に言い表していた。

 「なんか、学級崩壊してる教室みたいですね」

 しかし、6日の本会議は、それまでとはまったく別の緊迫感に満ちていた。

 議場に終始響きわたる、討論がまったく聞こえないような怒号。突然立ち上がり、議場から退場する民主党をはじめとするたくさんの議員たち。それを引き止め、批判する野党議員の悲鳴のような声。傍聴席から見て左半分がガラガラになった議席と、そこにぽつぽつと残る議員の姿。騒然とした中、「特定秘密保護法案」に対しての討論が始まるものの、「反対討論」をする予定だった民主党議員が不在のため「棄権したもの」とみなされ、自民党議員が自分たちに都合のいい、嘘八百の「賛成討論」を述べる。左半分ガラ空きの議場に響き渡る空しい「賛成討論」を読み上げるのは、沖縄選出の自民党議員・島尻安伊子氏だ。その島尻氏に対して、福島みずほ議員が絞り出すような声で何度も叫ぶ。

 「もう一度、沖縄を踏みにじるのか!」

 議場から出ていった議員たちが戻ってきたのは、そんな自民党の賛成討論と、共産党による反対討論が行なわれている時だった。が、全員が戻ってきたわけではない。相変わらずいくつかの空席は目立ったままだ。

 共産党の反対討論が終わると、長い長い「何待ちなのかわからない時間」が始まった。あちこちで議員たちの怒号が飛び交い、騒然とした空気が議場を包む。

 ちょっとした「事件」が起きたのは、午後9時から始まった本会議が開催から2時間に迫ろうとする頃だった。突然、傍聴席から議場に靴が投げ込まれたのだ。放物線を描いて、議場の宙を舞うゴツい靴。そのあまりにもリアリティのない光景にぽかんとしていると、靴は鈍い音を立てて議員席に落下。幸い、誰にも当たらなかったものの、どよめく議場と傍聴席。私の座っていた場所からは死角になる位置から投げ込まれたので、誰が投げたのかも、投げた人がその後どうなったのかもわからない。が、それをきっかけに傍聴席には衛視が増員され、前方に立ちはだかる彼らが視界を遮るので、ますます下の議場で何が起きているのかわからなくなるという展開に。ちなみに傍聴人は、「ヤジ」はおろか、拍手も、一切の意思表示もNG。指示に従わないと即刻、退場となる。

 そんな「靴投げ」からしばらく後、突然、協議は再開され、あっという間に特定秘密保護法の「採決」となった。記名投票のために議席を立ち、投票して再び自分の席に戻っていく議員たちの行列が、この国の民主主義を弔う葬列のように見えた。

 そうして12月6日深夜、特定秘密保護法、成立。

 「国民の声を無視したんやな!」

 山本太郎議員の言葉が議場に響いた。

 傍聴席のあちこちから、すすり泣きが聞こえた。「ああ、うちの孫、戦争に行っちゃうかもしれない」。年配の女性が、諦めたようにそう呟いた。

 この前日、特定秘密保護法は、国家安全保障に関する特別委員会で強行採決されていた。しかし、この日の本会議では、その強行採決の根拠を問う討論が、みんなの党の小野次郎氏と、共産党の井上哲士氏によって行なわれていた。

 12月5日夕方の強行採決の議事録には、一言も「採決」という言葉は書かれていないのだという。残っているのは、「議場騒然、聴取不能」。記録はそこで終わる。どこにも「採決」なんて言葉はないのに、特定秘密保護法は、こうして既に成立してしまった。やろうと思ったら、数の圧倒的な力でなんだってできるのだ。改めて、思った。

 さて、こうして秘密保護法は成立してしまったわけだが、今回成立した「トンデモ法案」はこれだけではない。ずっとこの連載で警鐘を鳴らし続けてきた生活保護改悪案(水際作戦を合法化し、扶養義務を強化するような内容)、そして貧困ビジネスに利用されないかが懸念される生活困窮者自立支援法も成立。また、社会保障改革推進法絡みで出てきた通称「プログラム法案」という「自己責任系」の法案も成立。その上、「これで金儲けできるぜ! ビジネスチャンスだぜ!」と言いながら弱者がまた切り捨てられそうな国家戦略特区法案も可決、成立。

 今回、秘密保護法の採決が迫る中、12月4日から6日まで、3日連続で国会を傍聴した。そこで見えたのは、やはり「数がいればなんだって、どんなことだってできてしまうのだ」という身も蓋もない現実だった。本当に、さくさくと採決されてあっさりといろんなことがすごいスピードで決まっていった。それを見ながら、心から後悔した。なぜ、今まで国会を傍聴してこなかったのだろう、と。もっともっと普段からチェックしていれば、いろんな対策ができたかもしれないのだ。だから、私は決めた。これからは、もっと国会に通おう。傍聴席に居座り、「見てるんだぞ!」と言葉では言えないかわりに全身の毛穴から威圧感オーラを出しまくろう。

秘密保護法に対して、いち早く警鐘を鳴らし続けていた山本太郎議員と。

 「でも、国会ってなんかつまんなさそう」

 そう思っている人に、朗報である。特定秘密保護法が成立した日の本会議の前半は、傍聴席が爆笑に包まれていたのだ。討論のテーマは、中川雅治委員長への問責決議。面白くなりようがないテーマのように思えるが、これに対する民主党・白眞勲氏とみんなの党・小野次郎氏の討論は既に芸の領域。要は「中川委員長いじり」なわけだが、中川氏本人の「暗記能力が異様に高い」けど「異常行動が目立つ」キャラが、時に物まねつきで披露され、議場も傍聴席も何度も爆笑に包まれたのだった。特に白眞勲氏に関しては、「政治家にしとくのがもったいない!」と心から思うほどの域の芸。参議院議員なんかやめて、今すぐに「政治ネタ」を専門とするお笑い芸人への転職を勧めたいものである。この日の動画、見たい人は、参議院のサイトなどにアーカイブが残っていると思うのでぜひ。そんな「芸のあるディスり」に対し、その2日前の三原じゅん子氏の「民主党ディスり」討論はまったく芸がなく、ただの悪口に終始。「国会討論の奥深さ」を存分に味わうことができたのだった。

 さて、そんな秘密保護法成立から一夜明けた7日、「国会に靴を投げた」男性が威力業務妨害で逮捕されていたことを知った。45歳の男性は、特定秘密保護法への抗議の意味を込めて靴を投げつけたのだろうが、その靴は、よりによってこの法案の危険性を訴え続けていた山本太郎議員をかすめる位置に落下。靴を投げるなら、ある程度練習しておいた方がよさそうである。

 と、ここまで書いた今、「あ、こういう書き方ってヤバいかも」と萎縮した。ほら、煽動とか、教唆とか?

これが「特定秘密保護法」が成立した世界の物書きの心の動きである。こういうひとつひとつの小さな「ビビリ」が積み重なっていくこと。それこそが怖いのだ。

 ということで、今日から、まったく新しい闘いが始まる。その上、自分の「ビビり」とも闘わなければならないという面倒なオマケつきだ。今までとは別の次元に、私たちは既にいる。

 最後に。今後も存分に共謀、教唆、煽動していきたいと思っているので、私に何かあった時にはいろいろよろしくお願いしたい。

 で、その場合の本のタイトルは、「女囚・雨宮処凛 女子刑務所東三号棟〜秘密の花園〜」とか、そんな感じにしようと思っている。

 

  

※コメントは承認制です。
第281回 あの日、傍聴席から見えたもの。の巻」 に7件のコメント

  1. magazine9 より:

    「日本の民主主義が死んだ日」との声も聞かれた12月6日の夜。明らかな反対の声を踏みにじり、とてもマトモとは思えない国会運営の末の強行採決は、絶望したくなる光景でした。
    こんなときだけ素早い政府、13日には早くも特定秘密保護法が公布されます(施行はそこから2年以内)。さらには、来年の通常国会には「共謀罪」創設を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案を提出する意向との報道も。どうなるんだろう、という不安はあるけれど、あきらめて黙り込んだらきっと〈彼ら〉の思う壺。〈こういうひとつひとつの小さな「ビビリ」が積み重なっていくこと。それこそが怖いのだ〉――今こそ、たくさんの人たちとつながりながら、ビビらずためらわず、声をあげていきたいと思います。

  2. nisiyama1967 より:

    ところで条文読んだ?

  3. 虹ん より:

    「女囚・雨宮処凛 女子刑務所東三号棟〜秘密の花園〜」とか、そんな感じにしよう…>笑えない。( ;∀;)

  4. 多賀恭一 より:

    12月14日18時、総理緊急記者会見の噂。
    9条改正を国民に訴えるのだろうか。

  5. TokiNoKawa より:

    雨宮さんのことは応援してるけど、前田朗が『なぜ、いまヘイトスピーチなのか』で、雨宮さんを含めて「差別放置知識人」と批判していることは支持できる。秘密保護法と「言論の自由」を考える上で、ヘイトスピーチの問題は避けて通れない問題だと思う。ヘイトスピーチによる被害者側の視点で書かれた『なぜ、いまヘイトスピーチなのか』は、ネトウヨや秘密保護法について考える上での必読書ではないだろうか。

  6. marimo より:

    国会って傍聴できるんですね。初めて知りました。
    ちなみに私は、集会やデモの場に警察官がずらーっと並んでいるだけでビビります!

  7. 花田花美 より:

    あきらめたくなるような状況だけど、あきらめるのがいちばん思うツボになってしまう・・
    うるさがられても、煙たがられても、資本の横暴を批判していかなければならない・・・
    このまま政府の暴走を許せば、軍需産業の儲けのために、多くの命が失われてしまう・・
    今の政府は軍需産業や電力会社・原発メーカーの下請け政治をやっているようにみえます。
    国民生活を犠牲にして、大資本・大企業の利便を図る法律をどんどん可決していく自公政権。
    違憲でもおかまいなし。国民の声もきくみみもたず。1万人集会も無視。国会2万人包囲も無視。
    今の自公政権は大資本・大企業の忠実なしもべのようです。

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

最新10title : 雨宮処凛がゆく!

Featuring Top 10/277 of 雨宮処凛がゆく!

マガ9のコンテンツ

カテゴリー