伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2014年8月30日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

【講師】
倉重 公太朗 氏(安西法律事務所所属)

●講師プロフィール
慶應義塾大学経済学部卒業。経営者側労働法専門弁護士。労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、社会保険労務士向けセミナーを多数開催。近著に『なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか』(労働調査会/著者代表)、『企業労働法実務入門』(日本リーダーズ協会/編集代表)など。

はじめに

 「ブラック企業」が社会問題化し、労働法を遵守しない企業に対する批判が強まっています。もちろん、悪質な企業に対する是正は法律の役割の一つですが、労働問題はそれだけで解決しない根深さがあります。労働法といえば、企業と労働者の「労使対立」の構図で議論されることが多いものですが、その内実は、正社員と非正規社員など「労労対立」の場面も少なくありません。国内でも数少ない企業側専門弁護士で、業務の約9割が労働法の案件という倉重弁護士に、現在の労働法の問題点から、今後の雇用のあり方まで語っていただきました。

 労働法を巡っては、企業側弁護士と労働者側弁護士で対立関係になりがちです。私は企業側の立場ですが、昨今の制度改革の議論を見ていると、労働者にとって不利益につながる面があると感じています。労働法遵守を叫び、正社員を守ろうとするあまりに、非正規雇用の人たちが犠牲になっているのです。能力の有無ではなく、正規・非正規という立場の違いによって不利益を被る人がいる状況が果たして正しいのでしょうか。非正規雇用は、現在の労働問題において最も大きなテーマです。

 労働法には、いくつか時代とミスマッチの点があります。その一つが「解雇権濫用法理」です。労働者の解雇を厳しく規制するもので、たとえ頻繁に欠勤をする社員であっても、なかなか解雇できません。企業の業績悪化などで整理解雇するには、4つの要件①人員整理の必要性、②解雇回避努力義務の履行、③被解雇者選定の合理性、④手続きの妥当性を満たさなければならないのです。
 このうちの②解雇回避努力義務の履行は、役員の報酬カットや正社員のボーナス減額などのほか、非正規社員の雇い止めなども含まれます。実際に裁判所も正社員を解雇する前に非正規社員を解雇せよということを求めますので、あたかも「非正規差別」を裁判所が助長しているような状況です。また、①人員整理の必要性は、法人全体の赤字が要求されます。ある事業をやめたいから解雇するというのは簡単には認められないのです。これは、企業が新たに事業をはじめる障壁の一つになっています。
 その結果、起きているのが雇用の固定化です。企業としては、常に人件費のバッファを用意しておく必要がありますが、辞めさせにくいから、新規雇用に積極的になれません。労働者側からしたら、転職しにくい状況です。

 雇用の固定化は、ブラック企業を生み出す要因になっています。長時間労働が常態化し、メンタルヘルスの不調を訴える労働者は年々増加しています。これは、海外から見ると不思議な状況のようです。あるアジアの労働担当省で、日本の長時間労働やメンタル問題について話した際には、「嫌ならその会社をやめればいい」と言われました。雇用が流動化している国からすると、転職は当たり前なのです。しかし、日本はそれが難しい。私は、最も効果的なブラック企業対策は、雇用の流動化だと考えています。「嫌ならやめる」が当たり前になれば、労働条件の悪いブラック企業は人が集まらず、自然淘汰されるからです。
 解雇権濫用法理は、終身雇用制度が前提だった高度経済成長期にできたものです。当時は正しい規制だったでしょう。しかし、同じ会社に一生勤めようとする人が少なくなった今は、時代に合わない規制と言わざるを得ません。

 ほかにも、労働法の問題点には、「就業規則の不利益変更の法理」も挙げられます。賃金を一方的に下げるには合理性が必要とするものです。そのため、企業が人件費を抑えるには、すでに入社している人はそのままに、新たに入る労働者の賃金を最初から低くせざるを得ません。いつ入社したかによって、労働条件の格差が出るのです
 不利益変更法理は、景気が回復したのに賃金が上がらない要因にもなっています。2002年~2007年に景気が回復した時期がありました。GDPは5年間で10%ほど上昇し、正社員のボーナスは10%ほど上がりました。しかし、基本給はほとんど増えませんでした。賞与は支払い義務がなく、業績によって上げ下げしてよいものですが、基本給は不利益変更法理の対象になるためです。一度、賃上げをしたらなかなか下げられなくなるため、企業は非常に慎重になっています。
 また、最近は高年齢者雇用安定法が改正されたことによる弊害も生じています。これまで60歳定年だったのが、原則として65歳まで引き上げられたため、人件費がかさむようになりました。若い社員や非正規社員の賃金を下げたり、下請け企業への支払いを減らしたりして、賄っている企業は少なくありません。彼らの犠牲のもとで正社員の賃金が守られている状況が、本当に正義なのでしょうか。

 残業代規制も問題です。私は、肉体労働者や工場のラインに入っている労働者など、1時間残業したらその分企業に成果が出る仕事の場合は、残業代を支払うべきだと思います。しかし、ホワイトカラーの職業はそうではありません。企画を立てるにしても、1時間多く会社にいたからといって、必ずしもいいアイデアがでるとは限りません。昼間の所定労働時間はダラダラと過ごし、夕方5時をすぎてから熱心に仕事をする人もいます。一定の要件を満たしたホワイトカラーの労働者には、残業代を支払わなくてもいいと思います。
 第一次安倍政権の時に「ホワイトカラーエグゼンプション」として年収400万円以上の従業員の残業代をカットする案が出され、廃案になりましたが、現在は年収1000万以上を要件に、再度検討されています。もちろん、長時間労働問題がありますから、十分な健康確保措置をとることが前提です。

 厚生労働省も非正規雇用対策を行っていますが、あまり効果的とは言えません。例えば、偽装請負の摘発。労働法上、請負とは「労働の結果としての仕事の完成を目的とするもの」で、発注企業の指揮命令に従う義務はありません。厚労省は、請負と言いながら発注者である企業が細かい指示を出している事例を摘発しました。請負ではなく雇用にするように求めたのですが、その結果、たくさんの請負会社が倒産しました。また、派遣法を厳しく解釈し、使いにくい制度にした結果、失業する派遣労働者も増えています(かといって、正社員が増えているわけではありません)。
 さらに、「有期労働契約の無期転換」も弊害が生じています。有期労働契約が5年以上になった場合は、無期労働契約に転換できるルールです。平成 25年4月から全面施行されていますが、おそらく多くの企業が5年以内に雇い止めするでしょう。平成30年頃にはたくさんの失業者が生じると思われます。
 「非正規を保護しよう」というかけ声だけで問題は解決しません。なぜ非正規が生まれるか? そこを考えなくてはならないのです。企業が非正規雇用を行うのは、正社員で人件費調整ができないからです。労働法遵守で正社員を守るのも大切ですが、マクロの視点を持つことも忘れてはなりません。

 私は、雇用の流動化を促すことが、現在の労働問題を解消する方法だと考えています。雇用流動化で大切なのが、「出口」と「入口」の政策をセットで行うことです。「出口」の手段としては、解雇の金銭解決を導入すべきです。同時に、「入口」政策として、積極的採用を後押しする対策も必要です。例えば「ジョブ・カード」制度を導入してスキルを「見える化」したり、トライアル雇用を拡大して認めたりする方法などがあります。ほかにも退職金の税制優遇をやめるのもいいでしょう。人事に関しては、能力主義・職務給に転換すべきです。2000年頃、日本でも成果主義を導入したものの、社内の人間関係がギスギスして失敗だったといわれますが、評価の仕方を間違えていただけです。チームを円滑に回したかどうかを評価すればいい。さらに、セーフティネットとしての失業保険と職業訓練も拡充します。
 こうして、正社員の雇用を少し後退させることで雇用が流動化し、正社員と非正規社員を同じ物差しで評価できるようになります。正規・非正規の身分で待遇差をつけるのではなく、現在担当している仕事での評価、つまり同一価値労働同一賃金の方向につながり、一番の非正規保護になるのではないでしょうか。諸外国では、すでにそうした方向に進んでいます。20年、30年後の若者が働く場のために、日本も労働法や雇用のあり方を考え直す時期に来ていると思います。

 

  

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