伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2014年5月31日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

【講師】
分部 悠介 氏
(IP FORWARDグループ総代表・CEO/日本国弁護士・弁理士・元伊藤塾塾生)

●講師プロフィール
東京大学在学中の1999年に司法試験合格。2000年に株式会社電通に入社し、映画・音楽・キャラクタービジネス等のコンテンツビジネス実務に関与。2003年に弁護士登録、日本最大級の弁護士事務所である長島・大野・常松法律事務所に入所、企業法務と知財法務全般に関与。2006年~2009年に経済産業省模倣品対策・通商室に出向し、初代模倣対策専門官弁護士として、中国など各国の知的財産権法制度を調査・分析、関係各国政府との協議などを担当。2009年に中国に渡り、中国弁護士事務所、模倣品対策専門調査会社などを経て、中国、ASEAN、新興国における知財業務のサポートを主要業務とするIP FORWARDグループを創設。現在、同グループを統括しつつ、多くの日本、欧米企業に対して、中国、知財にかかわる問題をサポートしている。

はじめに

 分部悠介さんは、在学中に司法試験に合格した際に「何か人と違うことをしたい」という思いを抱き、知的財産権分野への興味から、卒業後は電通に入社。そこで映画やアニメへの投資、権利売買の仕事をした後、総合法律事務所や経産省出向を経て、中国・上海で知財、模倣対策を主要業務とするコンサルティング会社、弁護士・弁理士事務所を設立起業されました。現在は、社員総数約60名のグループを率いて、業務範囲も、日中間のアニメ・漫画等著作権取引や技術取引等の支援、企業の中国進出支援まで、また地理的にも中国から東南アジアに拡大しています。「自分が中国で経営することになるとは夢にも思いませんでした」と語る分部さんは、今も新しい分野にチャレンジし続けています。弁護士の枠に収まらず、さまざまな分野で活動されてきた分部さんに、仕事への思いを語っていただきました。

ビジネスの現場に学ぶ

 私は伊藤塾の1期生ですが、最初から弁護士をめざしていたというわけではありません。大学時代はゲームセンターに入り浸っていて、そこでアルバイトもしていましたが、ふと、このままではマズイのではないか、と思った頃に、伊藤先生と出会い、伊藤塾の体験授業を受講したことがきっかけで、入塾しました。ゲームセンターの爆音の中で六法全書を開くという、ちょっと不思議な環境で勉強をしたりもしていました。

 さて、司法試験には在学中に合格したのですが、いきなり法律家になるよりも、法律家の視点でビジネスの現場を体験した方が将来のためになるのではと思い、就職活動をして電通に入社しました。ご存知の通り、電通は大手の広告代理店ですが、当時は電通の中で映画やテレビ、ゲームなどのコンテンツに製作出資するという動きも始めていました。その専門部門で働き、映画への出資業務や、ハリウッドとの契約のやりとりなどを先輩の下で担当させてもらいました。電通には2年ちょっといて、充分面白く、電通の中で法律業務に携わっていくことも考えたのですが、仕事も一段落したこともあったので、電通を辞めて、司法修習を受けて大手の法律事務所に入りました。入所当初は知財とは関係のない業務が多かったですが、しばらくすると新しく知財専門のチームができたので、そこで働きながら、より広く、知的財産について学ぶことができました。

経産省でニセモノと戦う

 弁護士として3年をすごした頃、当時の知財部門の責任者の弁護士から、経産省に出向しないかと打診されました。経産省は他の官庁に比べ、企業とのやり取りが多いところです。当時から模倣品といって、世界中に日本のブランドのニセモノが出回っていることが問題となっており、経産省は2004年に「模倣品対策・通商室」を設立しました。その部署では、途上国の政府がどのように模倣品対策をしているかを分析、そしてその国の制度を改善させるというミッションがありました。そのため、法律の分析ができる専門家を、外部から呼ぶことになったのです。2000年以降、任期付公務員の制度ができて、弁護士が官庁に出向しやすくなっていたこともそれを後押ししました。私は、せっかく弁護士事務所での仕事にも慣れ、脂が乗ってきた頃だったので、この時期に事務所を離れることには抵抗もあったのですが、最後はおもしろそうだ、という直感を信じて出向させてもらうことにし、結果としてこの3年間の出向が私の人生を大きく変えることになりました。

 いま世界のニセモノの8割以上が中国で作られていると言われています。他にもASEANやアフリカ諸国などでも増えています。一般の方にニセモノというと、ルイ・ヴィトンのバッグのニセモノなどのブランド物をイメージされる方が多いのですが、実際にはテレビやライト、文房具など身の回りのあらゆるものがニセモノとして売られています。特に日本企業のブランドは世界で信頼されているので、その裏返しでとてつもない量のニセモノが発生しているのです。例えば、自動車の中には数万点の部品が入っていて、そのほとんどの部品でニセモノが発見されています。日本メーカーのマーク付きの偽のブレーキパッドや偽のベアリングなどが入っていて、それが原因で事故が起きることもあります。

 このようなニセモノが日本企業のビジネスの足をひっぱっています。そこで経産省が入り、模倣品問題の改善を中国などに求めていくのです。中国は2001年にWTOに加盟し、知的財産のことを取り決めた協定(TRIPS協定)にも入っていますが、2000年の初頭は、きちんと法執行が実施されていない状況でした。

 中国政府の側も現状でよいと思っている訳ではなく、特に、2006年くらいから、自国の発展のために、知財制度を発展させようと真剣に考えるようになりました。中国は、2000年前後から、めまぐるしい経済発展を遂げてきたものの、それは主に安い人件費など、低付加価値のもの作りが中心でした。中国自身、今後も発展し続けるためには、高付加価値なものをつくっていかないといけないということを強く認識するようになり、そのためには、きちんと知的財産を生み出し、それを守っていく環境を整える必要がある、ということから、2006年以降、中国の知財法制度が急ピッチで発展していきました。

 私が経産省で勤務を開始し始めた時期は、ちょうど、中国がこのような形で知財の方針を転換しようとしていた時期でした。私の具体的な仕事としては、日本企業の中国、その他新興国での被害状況を聞いて、それらの国の知財法制度を調査して、改善要請案を考えて、実際に対象国の政府と交渉する、というものです。当時は、日中の政府関係が良かったこともあり、本当に頻繁に、中国の政府の方々と互いの国の法律情報を交換等していて、私自身、中国政府、中国人の考え方、中国の法律の構造や立法の過程がよく分かり、非常によい経験になりました。残念ながら、現在は日中の政府関係が非常に悪くなってしまったこともあり、このような交流はとても少なくなってしまっているようですが、早く、復旧して欲しいと思っています。

 ちなみに、日中間で現在起きている領土問題はたいへん難しい問題です。どちらも主権に関わる問題として譲れないでしょうから、この問題だけを考えていたら、ずっと解決しないように思います。ただ、国同士というのはいろんな関係で成り立っているものです。だから領土問題は解決ができなくても、他の部分で相互の利益を高め合えるよう話し合っていく必要があります。日中間で「戦略的互恵関係」の構築が確認されていますが、一つの論点だけで国家関係全体を対立させ続けるのではなく、経済や文化など様々な分野でお互いが利益を得られる関係を築き、全体として、双方の国にとって利益となる日中関係を作っていくことを意識していくことが大事なのではないかと思います。

中国で模倣対策専門コンサルティング・探偵会社を設立

 経産省には3年間勤務して、「国益とは何か」と考えながら、政策形成に関わったことは、たいへん貴重な経験となりました。その出向が終わり、当初はもとの弁護士事務所に戻る予定でした。しかし、自分の在任中、確かに、中国の知財法制度は大分、進展してきたものの、現場での法執行はまだ完全でなかったり、現地で模倣品対策を推進する弁護士事務所や模倣品対策専門の探偵会社に改善するべき点が多かったりする等、多くの課題があり、この解決のために、中国に住んで、もっと中国を理解して、この状況を改善したいと考えるようになったので、中国に行って中国の弁護士事務所や探偵会社で研修させてもらうことにしました。

 なぜ探偵かというと、中国ではニセモノ対策をする上で、権利者企業がまずニセモノを製造する工場や販売する販売業者を探す必要があるからです。日本では、警察に告発すれば捜査を通じてこの発見に努めてくれますが、中国は当局はまだあまりやってくれないので、権利者企業がこうした探偵を通じて、これらの発見に努めて当局に告訴します。こうした模倣対策専門の探偵会社は中国に300社くらいあり、多くの日本企業がこうした探偵会社を通じて模倣対策をしています。ところが、探偵会社にはいい加減な会社や悪質な会社も多く、日本企業が騙されてしまうケースなどもありました。

 私は、この探偵会社が模倣対策のキーの要素だと感じていたので、まず私自身の目で、中国全土の100から200くらいの探偵会社を実際に訪問して、どのような人が何をやっているのか、ということを現場で探る、ということをしました。すると、そもそも会社としての体をなしていない会社も多いことが分かり、また、大なり小なり不正の事案があることを認識している会社も少なくないことが分かりました。その一方で、中国の環境を変えようという強い思い、意志でやっている探偵会社もあることも分かりました。

 私は、こうした探偵会社や探偵こそ、日本企業の模倣対策をやってもらいたいと強く思い、所属する日本の弁護士事務所を辞職して、こうした熱い思いを持った探偵たちや、その他、経産省時代や、中国での研修時代に知り合うことができた、意志のある日本や中国の弁護士、コンサルティング職員等々を集めて、中国で、模倣対策・知財に特化した、コンサルティング・探偵会社を起業することにしました。

 現在、私の会社は中国で8拠点あり、60人程度の従業員が在籍しています。職員の半分弱が探偵で、中国と日本の弁護士もいます。今やっている仕事はニセモノ対策はもちろんですが、知財を中心に、本当に様々な仕事をさせてもらっています。知財関係の訴訟や関連の法律的な業務の他、最近は、中国の知財を合法的に活用しようとする動きが出てきているので、日本企業の使わなくなった特許の移転等、技術移転サポートにかかる業務や、日本のアニメ・漫画の著作権を中国の動画サイトやゲーム会社にライセンスするのをサポートする業務、知財以外では、探偵たちを活かした、中国の取引先の状況を調査する企業調査業務などもやっています。

 その他にも安価なニセモノに「打ち勝つ」ような製品開発のサポートなどもしています。それは何かというと、確かに製品のクオリティは本物の方が上ですが、最近はニセモノの品質も上がってきており、コストパフォーマンスを考えてニセモノの方を買ってしまう人が出てきています。要するに、今まではニセモノは本物とは品質、価格ともに次元が異なり競合しえなかったのですが、これが本格的に競合するような事態が出てきつつあり、日本企業は、品質の追求だけではなく、ニセモノとのコストパフォーマンス競争に打ち勝てる、バランスの良い品質、価格の設定を考える必要が出てきています。私は、「ニセモノ・マーケティング」と言っていますが、我々はこうした競合するニセモノの品質、価格を分析して製品開発する際のサポートなどもさせてもらっています。
 
 私の行動を振り返ってみると、当初から計画的に考えられていた、ということはなく、新しいことにチャレンジし続けた結果、いつのまにか今の立場に至ったというのが正直なところです。とにかく、自分にしかできないことは何かということをいつも考えて行動していました。そういうものはすぐに見つかるものではありませんが、社会で学んでいるうちにどこかで見えてくるはずです。皆さんも、いろいろなものに興味を持って、取り組んでいって欲しいと思います。

 

  

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