伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2015年5月23日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

【講師】
柳橋真人 氏
(AOSテクノロジーズ株式会社)

●講師の主なプロフィール:
AOSテクノロジーズ株式会社 経営企画室勤務。東京都生まれ。東京外語大学卒業後、都市銀行で法人顧客開拓を担当。1996年にAOSテクノロジーズ株式会社に入社。ソフト事業部門の営業部長として、2000年よりデータ復元・ソフト市場を開拓。2010年、2012年に、PC。デジタル家電などのベンダーを表彰する「BCN AWARD」システムメンテナンス部門で最優秀賞を受賞。伊藤塾長の元教え子。

はじめに

 柳橋真人先生は、現在AOSテクノロジーズ株式会社にて営業をご担当されています。今回は、ビジネスの世界がこれからどのような動きを見せるのか、また法曹界はそれにどう対応していけばいいのかという観点から、企業における人材の流動化と、それによって広まっているシャドウITの問題についてお話しいただきました。

20年間で、情報伝達手段が大きく変わった

 最初に、私が勤務するAOSテクノロジーズという会社について簡単に説明させていただくと、みなさんのパソコンやスマートフォンにトラブルが起きたときに、そのデータを復旧する会社です。そうした分野を2000年頃から切り開いてきました。私自身は、いわゆるモバイルコミュニケーションの技術分野を主に担当しています。ここ20年間で世の中はすごく変わりました。一番変わったのはコミュニケーションの仕方、情報の伝達のされ方です。今日は法律のプロになっていくみなさんと、そうした基礎事情を共有させていただきたいと思います。
 まず、質問をさせていただきたいのですが、スマートフォンを使っている方のなかで無料対話アプリの「LINE」を使ったことがない人はいるでしょうか? 実は、今年3月に日経新聞で出た記事があるのですが、LINEには通信内容などの漏洩につながる恐れのあるセキュリティー上の欠陥が見つかっています。しかし、こうした問題があってもLINEの利用者は増え続けています。それだけ、従来のコミュニケーションツールに比べて非常に影響が大きいツールなんです。いまの大学生は入学式や始業式などで会った人と、最初にLINEのアカウントを交換して、そこでつながった人と友だちになっていきます。逆に言うと、そこで仲間に入れないとその後の生活にかなり影響が出ます。これがティーンエイジャーが直面している現実です。これから社会に出る世代の人たちは、こうしたコミュニケーションツールなしには、人間関係が成り立たない現実を生きています。
 さらに、LINEというと、去年広島県で起きた未成年者の殺人事件がありました。LINEでのやりとりが事件の引き金になっています。これは、新しいコミュニケーションツールの特徴です。LINEは、ほかの誰も入ることのできないコミュニティになっていました。黒電話の時代には、「あの家には電話がないから付き合わない」とか「メールのアカウントをもっていないから友達にならない」とかいうことはありませんでしたよね。でも、いまはLINEのアカウントが交換できていないと友だちになれません。コミュニケーションツールが人間関係を変える時代になっています。

相次ぐ内部不正による情報流出

 こうしたことを前提として、次に企業における人材流動化に伴って起きている問題を簡単に紹介させていただければと思います。
 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が「2014年に相次ぐ内部不正問題」として代表的なものをまとめていますが、まず、有名なのが株式会社ベネッセコーポレーションの事件です。顧客データベースを保守管理するグループ会社の業務委託先の元社員が大量の個人情報を抽出して金銭目的で利用していたというものです。実行したのは正社員ではなくて、業務委託先の社員です。それから、国立国会図書館の保守管理の委託を受けていた株式会社日立製作所の社員が、システムにアクセスできる権限を悪用して入札情報などを営業担当の社員に送付していたという事件もありました。こちらも実行の主体者は正社員ではなくて委託先社員、システムエンジニア(SE)です。さらに、日産自動車株式会社の社員が、退職前に情報を不正に得たというのがあります。退職というのも、ひとつの人材移動の現象です。それから株式会社東芝の業務提携先であるサンディスク社の元社員が、東芝の機密情報を不正に持ち出して、転職先で使おうとして事件になっています。横浜銀行のATMでも保守管理のシステムを委託していた先での事件が起きています。
 このように委託SEによる個人情報の漏えい、海外競合企業への技術情報の流出事件などが起きています。これらの情報は、正社員と同じ権限でアクセスして知り得たものですが、実際にアクセスしたのは正社員ではありません。まさに人材の流動化ということによって起きている事件ですね。転職先での利用ということなど、まさに人材の回転です。組織を揺るがす不祥事が、業務委託先や提携先の社員、退職した元社員など、正社員よりもこうした流動的な人材、アウトソース先で起きています。
 いま、企業では人材の流動化によって組織のメンバーが多様化しています。契約社員、パート、請負会社、派遣会社と、ひとつの組織のなかに出入りしているメンバーは非常に多い。これが流動化の現実です。つまり、さまざまな立場や利害があって、以前の会社のような同質性がないなかで、同じ業務をこなしていかなくてはなりません。正社員はどうかというと、即戦力を求めて中途採用が増えているので、人材の取り合いが加速化しています。一生そこに勤めるというよりも、キャリアアップを図って正社員も入れ替わっているのです。こうした状況にかかわって起きる問題も変化していて、企業から社会保険労務士、弁護士への相談もとても増えています。20年前はなかったような、コンプライアンスや内部問題、退職者との調整の問題が、弁護士のところへ非常に多く持ち込まれています。

人材流動化によって起きている問題

 人材の流動化によって職場は大きく変化しています。派遣、請負、契約社員、パートなど外部人材の雇用が非常に増えたことによって、組織の同質性がなくなって、価値観の多様化、考え方の違いが職場に影響を与えています。出向、転職、解雇、退職勧告に関するトラブルも多い。退職後に長期化する法的紛争が多いのも最近の傾向です。正社員のかわりに組織に入ってくる人材には、女性が多い。外国籍の方も増えています。そこから、考え方の違いをきっかけとする問題も増えています。
 考え方が違う人同士がいっしょに働くには、以前よりも対話の機会が必要なはずです。しかし、そんな対応をしているところはあまりありません。社員アカウントがないとメールアドレスが与えられない場合も多くて、非正社員には対話の機会すらありません。正社員との環境のギャップ、待遇・処遇のギャップを乗り越えようとして、切ない思いやストレスを抱えている人はたくさんいます。ハラスメントの問題にもつながりますし、評価に対する不平不満も増えていきます。
 以前に比べて確認が多くなって、組織の決定スピードも遅くなっていきます。それは社内の活気にも影響します。そうした問題が発生するからこそ、それを調整するコストも発生しています。相談や紛争への処理のコストがかかる。個別紛争をどのように対策していくのかというところで、企業ごとに専門スタッフが必要とされている状況です。

必要に迫られた「シャドウIT」の普及

 さて、こうした企業の人材の流動化とは別の軸で、この20年間で企業に浸透してきたものがあります。それは、たとえば電子メールなどです。ITは、組織がこれまでアナログで処理していた問題を解決していくために普及していきました。しかし、ITの限界として、一社員あたりのパーコストが高いというのがあります。そのため、会社からスマートフォンを支給するときに、マネージャークラスの社員のみが対象になるということはよくあるケースです。組織の全メンバーがその恩恵をうけるわけではありません。そして、ITへの順応性が高い人はいいのですが、向き不向きや好き嫌い、使う頻度には個々人でバラつきがでてきます。
 もうひとつ、運用主体の権限管理の問題があります。現場の活性化といったときに、ITツールを普及しなくてはいけない対象が、実際には正社員ではないというケースが増えています。こうした問題からITソリューションが効果を発揮していないケースがあるのです。では、正社員以外の請負会社のスタッフなども含めて、対話の問題を解決できるITソリューションがあるかというと、それがない。そこで、実際にはLINEのアカウントで仕事のやりとりしているケースが起きています。プライベートなITツールを仕事に持ち込んで使う「シャドウIT」です。LINEはメールより伝達が早くて、あて先や件名も打たなくていいので便利です。同じ画面でレスポンスも確認できますよね。メールだと返信の履歴を探さないといけなくて、アクセスするだけでも大変です。シャドウITは必要に迫られて使われているのです。正社員でなくても誰でも使えます。ただし、LINEは情報漏えいの可能性があり、人間関係のトラブルの元にもなっている。そして組織の人材の流動化によって、「セキュリティの穴」にもなっています。これがいま企業にのしかかっている課題です。

IT知識を法曹界で生かしてほしい

 若い人はLINEを使うのが当たり前になっています。いつもスマートフォンを持ち歩いていて、相手もLINEのアカウントをもっている。だから、仕事相手ともアカウントを交換するのが習慣になっています。組織内でLINEのアカウントの交換禁止を徹底するなんてできません。ルール上ではLINEの使用を禁止するところはあっても、きちんと管理はできていません。ましてや金融機関以外では、企業内へのスマートフォンの持込禁止もできません。シャドウITは放置されているのです。こうした状況のなかで、シャドウITは無法地帯となっていて、悪用されやすくもなっているのです。
 AOSテクノロジーズにはリーガルテクノロジーという事業部があり、弁護士や検事さんなどからデータの法的調査を引き受けています。たとえば、退職した社員が事件を起こしたときに、使っていたスマートフォンの調査を依頼されることがあるのです。社員の挙動がおかしかったときに調べるのは、いまや電話の履歴でもメールでもなくて、LINEの履歴です。「社内のいじめ」のような問題は、外からでは見えづらくても、LINEの履歴から発覚するということもあります。LINEの記録からは、時間、場所、相手もわかるので、重要な物証になるのです。
 企業内での人材の流動化に対して、シャドウITは対話の不足を補い、コミュニケーションをサポートしています。それは、一見便利なようですが、実際にはトラブルの元になったり、悪用されたりしていることがわかります。いま企業ではこうした新しい問題が起きているのです。法律の分野でITに強いということはビジネスチャンスにもつながります。こうした状況を知って、デバイスからどんなデータが調査できるのか、何を調べたらいいのかを理解している弁護士はまだ多くありません。ぜひこうした知識を今後に生かしていってほしいと思います。

 

  

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