伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2016年6月11日(土)@東京校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なお、この講演会は、一般にも無料で公開されています。

【講師】
武井 由起子 氏
(弁護士、「八重洲法律事務所」所属)

●講師の主なプロフィール:
中央大学法学部法律学科卒業。1990年、伊藤忠商事株式会社(総合職)就職。中国室、北京駐在員事務所、本社事業・審査部(海外事業管理)、機械カンパニー機械事業・審査部(海外審査)などに所属、2004年退職。2010年、一橋大学大学院法務研究科修了。2014年、弁護士登録。その他資格、米国公認会計士。趣味は、お茶をいれること、ワイン、ヨガ。著書『これでわかった!超訳 特定秘密保護法』(共著・岩波書店)など。

はじめに

 夏の参議院選挙まで1ヶ月を切りました。今回の選挙は、与党が勝利すれば憲法改正に直結するといわれている、とても重要な選挙です。
 武井由起子先生は、「立憲主義や民主主義のピンチは、法律家のピンチ」という危機感のもと、憲法カフェ、OVERSEAs(安保法制に反対する海外在住者/関係者の会)、ミナカナ(市民勝手連みんなで選挙〈ミナセン〉神奈川)など様々な活動を行っていらっしゃいます。
 特に政治的バックグラウンドもないという武井先生ですが、日頃どのようなことを考え活動しているのか、1人の法律家として多様な人々と繋がって活動をしていく面白さや展望についてお話しいただきました。

3.11をきっかけに始めた「憲法カフェ」

 私は、いま、立憲主義や民主主義を取り戻すために、ありとあらゆる手段を使って、現政権が暴走しようとしているこの流れを食い止めたいと思っています。今でこそ様々な活動を行っていますが、もともとは政治や権力というものに特に関心があったわけではありません。
 法学部出身ですが、学生時代はアルバイトや中国の短期留学などに夢中で、とても法律家になるようなタイプではありませんでした。卒業後に就職した総合商社では、当時女性では珍しい総合職として、バリバリ働いていました。1990年代後半にアジア危機が起こり、会社のモラルハザードが目につくようになってきました。次第に、「コンプライアンスの専門家になって、外側から会社の体質を変えたい!」と思うようになった私は、十数年務めた会社を辞め、37歳のときにロースクールに入りました。入ってすぐ、司法試験の勉強ってこんなに大変なのか、と驚きましたが、ひとまわり以上年齢の離れた学生のみなさんに助けてもらいながら、どうにか司法試験に合格することが出来ました。
 修習を終え、「さぁ企業系の弁護士になるぞ!」と意気込んでいた矢先、思いがけず妊娠していることがわかりました。無事に出産することができましたが、「お母さん2年目、弁護士1年目」という状態では、とても企業系の事務所でバリバリ働くことは出来ません。「マチ弁」といわれる、主に地域の住民から相談を受ける法律事務所で働き始めました。そんな弁護士になって4ヶ月ほどした頃、東日本大震災が起きました。
 海外の友だちからも「とにかく子どもを連れて西へ逃げろ」と言われ、その言葉を頼りに、わけの分からない状態のまま、1歳半の子どもを連れて名古屋へ逃げました。不安な日々の中、夜、子どもの寝顔を見ると涙が止まりませんでした。それまで私は、国や政治、権力といったものに対して特別に何か思ったことはありませんでした。震災をきっかけに、「国の言うことをそのまま信じてはいては子どもを守れない」「自分たちで世の中を変えなくてはいけない!」と思うようになり、何かとても大きな課題を見つけたような気がして、心がざわざわしました。
 そんなときに、ママ友でもある弁護士仲間から「普通のお母さんに憲法の話をするとすごく響くよ!」と聞き、面白そうだと思い、始めたのが「憲法カフェ」です。
 憲法とは、本来、権力が暴走しないように権力を縛るための法です。ところが、2012年に自民党が発表した改正草案は、権力を縛るどころか、国民の人権や自由を制限する恐ろしい内容となっています。この恐ろしさや危機感を1人でも多くの人に伝えたいのですが、ゴリゴリ堅苦しい勉強会は嫌ですよね。オシャレなカフェで、紙芝居などを使いながら明るく楽しくお話ししていると、「弁護士ってこんなに親しみやすいとは思わなかった!」「憲法って私たちの自由のためにあるんですね」と、とても喜んでもらえます。始めたばかりの頃は参加者1名ということもありましたが、今では憲法カフェ自体の認知度もあがり、全国各地でたくさんの方が参加してくれるようになりました。

法律家として何ができるのか――自問自答の日々

 その後、「あすわか(※)のみなさんで特定秘密保護法に関する本を書いて下さい」と出版社から依頼を受け、私もメンバーの1人として執筆に携わりました。「明るく、楽しく、読まれてなんぼ!」と、お堅い弁護士が開くイメージとは異なる“ド派手な”出版記念パーティを行ったところ、それが珍しかったのか、パーティについて朝日新聞の「天声人語」欄で紹介されてしまいました。結果的に特定秘密保護法について多くの人に知ってもらう機会となり、とても良かったです。何をするにも、いかに効果的に人びとに届くか、いつも狙って活動しています。

※「明日の自由を守る若手弁護士の会」の略。2012年に自民党が発表した憲法改正草案の内容や問題点を広く伝えるために出来た弁護士グループ

 また、「見守り弁護」という活動も行いました。これは、国会前での抗議活動の際に、警察による不当逮捕や過剰警備などが行われないように、「弁護士」という腕章をつけて近くで見守るという活動です。完全にボランティアの活動ですが、市民の表現の自由を守るというのも弁護士の大事な仕事だと思っています。実際、市民の皆さんからも非常に感謝されます。
 これらの活動を行いながらも、私の中では主体的に活動しているという感覚はあまりなかったのですが、昨夏、国会前で安保法廃案の抗議行動を行っていた学生さんたちを見てハッと気付かされました。名前や所属を明かし行動する彼らは、ネット上で容易に個人が特定され、嫌がらせを受けるなど大きなリスクを抱えながら行動しています。一方で私は、活動を続けたところで弁護士として仕事が減るわけでもなく、その点のリスクはありません。法律家として、リスクをとることを大学生たちに任せていいのか、私のようなリスクの少ない人間がもっと声を挙げるべきではないかと考え、その後、私は、自分が前に出ることにしました。
 私自身が商社で働いた経験もあり、憲法9条の解釈を変えて日本の安全保障政策を変更することで、海外にいる日本人が困るのではないかと思い、「OVERSEAs」を立ち上げ、記者会見も行いました。すると、非常に反響が大きく、フェイスブックで呼びかけた署名は、わずか2週間で83カ国から1300筆も集まりました。同時に、「私たちの声を日本にいる人たちに聞いてほしい」という切実なメッセージもたくさん届き、海外在住の日本人にとっても大きな問題だと改めて感じました。
 また、弁護士として、安保関連法案の審議に関し、「特別委員会の議決不存在」、「本会議の議決無効」、「議事録の改ざん」の3回にわたって、賛同してくれる弁護士を募って、有志声明を出したりもしました。

1人でも多く、みんなで選挙!
〜参議院選挙で勝つために~

 9月19日の安保法案が成立したとされる明け方、私は国会前で決意しました。いくら野党が一緒になって反対しても、やはり国会議員の数で上回らないと勝負にならないこと、市民の声を聞いてくれた議員を参院選でも国会に戻して差し上げること。
 選挙は、数の力で決まります。どれだけ多くの人に電話を掛け、ポスター貼り、チラシ配り、握手をしたかなどで勝敗が分かれるため、非常に膨大な時間と手間がかかるのです。市民連合が「安保法制の廃止」「立憲主義の回復」に基づき候補者統一やネットでの発信などをするとしたら、地元でその手足を担うといったイメージです。野党の候補者を1人でも多く当選させるために、まずは自分の住んでいる神奈川で、昨年12月「市民勝手連ミナセン神奈川(通称ミナカナ)」を立ち上げました。また、全国の同じような勝手連に声をかけ、「ミナセン(みんなで選挙)全国連絡会」というコミュニティをつくって情報交換をしており、現在は、北海道から沖縄まで約80の勝手連が参加してくれています。
 これらは、立憲主義を守るための活動ですから、憲法の理念を体現していかなくてはいけません。そこで「ミナセン」は、3つのポリシー「みんな違って、みんないい」「政治家さんに愛を。政治ネグレクトはもうやめた」「活動は楽しく、人には優しく」を掲げています。これまでのような声が大きい人たちの主張ばかりが通る政治をやめて、一人ひとりが関心を持てるような政治をつくっていかなくてはなりません。
 参議院選挙では、憲法改正が一つの大きな争点です。いま、「緊急事態条項」を憲法の条文に加えようという動きがあります。これは、大規模な災害などの緊急時に内閣に権力を集中させ効率よく対応できる仕組みをつくろう、という主張ですが、そもそも災害時に、被害を一番少なくするために対応できるのは現場です。とても中央の指示を待つ余裕はありません。現に、東日本大震災の被災県の弁護士会全てが緊急事態条項は不要だと言っています。
 そもそも権力というのは、「個人の尊厳」を守るために、三権が分立され効率が悪いように出来ているのです。第二次世界大戦当時、世界で最も民主的な憲法であったワイマール憲法を持つドイツでなぜナチスが好き勝手にできたのかといえば、緊急事態条項によって憲法が眠らされたからです。権力を一極に集中させると、濫用の危険性が極めて高いのです。現在、世界で最も緊急事態条項が充実しているフランスをみれば、このような制度があるから災害が防げる、テロが防げる、となるわけがないことがわかります。

法によって人を幸せにできる社会へ

 最後に、いま法律を勉強している皆さんにお伝えしたいことは、早く法律家になってください、ということです。
 私は、弁護士にもっと市民活動へ参加して欲しいと思っています。例えば、各政党の主張を読み解くにあたり、事案を分析し対立軸を明らかにするというのは、弁護士にとって得意分野です。また、公職選挙法に関する知識なども役立ちます。法律家は求められているのです。
 このような活動をしていて、「仕事は大丈夫?」と心配される事がありますが、市民活動が本来業務にマイナスになることはありません。むしろ普段から市民の方と一緒に活動することで、弁護士という職業に親しみをもっていただき、事件を紹介していただくことが増えました。いま、弁護士が食えない時代だといわれていますが、机で待っているよりも、自分からどんどん外に出かけて行った方がいいと思います。
 法律の世界は専門用語が多く、一般の人が理解するには難しい世界でもあります。しかし、「普通の人」に日常的な言葉で分かりやすく伝えられて初めて、本当の法律家だと思います。「前の弁護士は話が難しかったけど、武井さんの説明は分かりやすい」と言っていただけることが増えてきましたが、これは、日頃から「憲法カフェ」などの活動を通じて市民の方々と日常的にやりとりをしているからだと思います。「この弁護士は話しやすいなぁ」と信頼してもらえたら、自然と仕事は増えていきます。
 私は、法というのは、人を幸せにするためにあるのだと思っています。いま日本では、法によって人を幸せにする社会、すなわち「法治国家」としての価値がものすごい勢いで崩れ去ろうとしています。社会における法の価値が失われた「人治国家」の世界では、法律家は必要ありません。だって、法廷で決着を付けるべきことを、有力政治家にお願いするようになるのですから。皆さんよくご存じの事件で、その兆候は見えていませんか? 私は、日本がいまそのような人治国家の方向へと突き進んでいるのではないかと危機感をもっていますが、残念ながら、弁護士の中で同じように感じて行動している人は必ずしも多くはありません。
 みなさん、ぜひ一日でも早く法律家になって一緒に活動していきましょう。試験は大変ですが、ぜひ頑張って乗り越えてきてください。本当にお待ちしています。

 

  

※コメントは承認制です。
立憲主義、民主主義を取り戻すためのノンポリ弁護士奮闘記〜「ミナセン」の動き等にも触れながら〜
武井 由起子 氏
」 に1件のコメント

  1. 鳴井 勝敏 より:

    >私は、法というのは、人を幸せにするためにあるのだと思います。
     私もそう思います。ところが、不透明な時代を迎え、幸せを求める手段が、法に求めず、より従順さに求めている感を強くしています。意識的なのか、本能的なのか、「人の支配」を選択しているように見えます。確かに、その道は抵抗が少ないため楽です。しかし、これでは民主主義は行きずまります。これが主権者の手によって創出されているところに怖さを感じます。             武井さんの講演を読んで法曹家の活躍する局面が益々増えてきた。そんな感じを致しました。ところが、弁護士の活躍は伝わってきますが、なぜか、司法書士、行政書士の活躍は伝わってこないのです。

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