伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2016年12月17日(土)@渋谷本校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なお、この講演会は、一般にも無料で公開されています。

【講師】
打越さく良 氏
(弁護士、「さかきばら法律事務所」所属)

●講師の主なプロフィール:
2000年の弁護士登録後、離婚、DVなどの家事事件を多く取り扱う。2015年、夫婦別姓訴訟弁護団事務局長として最高裁大法廷判決に臨んだ。日弁連「両性の平等委員会」委員、都内児童相談所非常勤嘱託弁護士、文京区男女平等参画審議会委員、一般社団法人女子高生サポートセンターColabo監事、「憲法24条変えさせないキャンペーン」呼びかけ人など幅広く活躍。『なぜ妻は突然、離婚を切り出すのか』(祥伝社新書)、『レンアイ、基本のキ―好きになったらなんでもOK?』 (岩波ジュニア新書)など著書多数。

はじめに

 2015年12月、選択的夫婦別姓を求めて訴えを起こした女性たちに対し、最高裁判所は「夫婦同姓を定める民法の規定は憲法に違反しない」との判決を下しました。この夫婦別姓訴訟の弁護団事務局長を務めたのが打越さく良先生です。
 「マジョリティの『常識』に麻痺せずに、差別され理不尽な思いをするマイノリティに共感しサポートできるのも、弁護士という仕事の醍醐味」と語る打越先生。本日の講演では、夫婦別姓訴訟の争点と判決の内容について解説していただくとともに、打越先生が日々の弁護士活動を通して感じていることや今後の展望などについてお話しいただきました。

「法は家庭に入らない」では助けられない

 私は、女性や子どもの権利を守るための事件を中心に取り扱っていますが、もともとは大学院で教育学を専攻していました。教育学の分野において、専門的知識を駆使して女性や子どもたちの権利のボトムアップを図りたいと思い、博士課程まで進学しました。しかし、次第に難しい言葉で訴えるよりも個別に寄り添って仕事がしたいと思うようになり、大学院を中退し弁護士になりました。いま思えば専門的な知識をもつことも大切だと思いますが、それでもあのとき勇気を出して踏み切ってよかったと思っています。
 近代市民社会では「公」と「私」は二分されており、法は「公」を規定するものです。従来「法は家庭に入らない」というルールがあり、一定の意義がありましたが、一方で家庭内が一つのブラックボックスにもなってしまいました。家庭内で高齢者や子ども、障がい者、女性など弱者になりがちな人々が暴力や虐待の被害を受けても、救済することが難しい状況が生じていたのです。
 女性や子どもが暴力を訴えても「夫婦喧嘩は自分たちで解決してください」「それくらいの“しつけ”はたいしたこと無いでしょう」と長年放置されてきましたが、重篤な被害を見過ごすことはできません。家庭という私的な領域にも法が介入し、被害者を保護する必要があります。

被害者に寄り添ったサポートを

 21世紀に入り、女性、子ども、高齢者、障がい者など虐待被害者をそれぞれ保護するための法律が制定されてきました。各法律によって家庭への介入の仕方が異なっており、例えば被害者の多くが女性であるDV防止法は、被害者と加害者を引き離すことを中心に規定しています。他方、児童虐待防止法は、子どもを保護すると同時に親を指導し、なるべく家庭として再統合できるように規定しています。また、高齢者や障がい者虐待に関する法律では、ケアする人たちへの支援やサポートにも配慮しています。これらから分かるように、虐待の加害者と被害者をただ分離すればよいというものではありません。
 DVは離婚原因にもなり得ますが、通常、密室の状態で行なわれるため裁判での立証が非常に難しいです。被害者の中には「子どものため」「世間の目が気になるから」と我慢している人が多いです。ひどい虐待を受けても病院に行かず、たとえ病院に行ったとしても診断書などの記録を残している人は少ないため、過去にさかのぼって証拠を集めるのが難しいのです。最近ではメールやラインの履歴から事実を把握することもあります。
 法律相談を受ける弁護士の中には、「大けがをするほどの暴力を受けたのなら、なぜもっと早く加害者から逃げなかったのか」「それくらい大したことないでしょう」などと心ないことを言って、被害者を二重に傷つけてしまう人がいるようです。しかし、虐待の被害というのはそんな簡単なものではありません。決して先入観をもつことなく、DVの深刻さを理解したうえで法律相談に臨んでほしいと思います。

児童虐待の対策は、その背景まで理解して

 私は児童相談所の非常勤の嘱託として、月に2回、都内の児童相談所に行って相談を受けています。家庭内の弱者を保護するために国家的な介入制度が有るということを職員の方に知って頂きたいと思うのですが、児童相談所は子どもを救済する半面、家庭を再統合させるために親と信頼関係を築きながら親を指導することが求められ、非常に難しい立場にあります。
 例えば、子どもの安全を確保するため、児童相談所の職員が家庭内に立ち入る場合、必要に応じて警察に援助を求めることができますが、それでは親との信頼関係が決定的に壊れてしまいます。そこで、どんな危険な場合でも、出来る限り自分たちだけで立入調査などを行っているようです。
 虐待の背景として、経済的貧困や社会的孤立などの問題が家庭内に存在することが少なくありません。虐待者自身に不幸な要因があり、救いの手が入っていれば虐待にまで至らなかったのだろうな、というケースが多いのです。そこで、虐待の対策を打つためには、背景のデータを読み解くことが必要です。
 虐待のニュースなどを見て「虐待をする人は人格的にひどい」というようなステレオタイプをもつのではなく、想像力を持って対策をうっていかなくてはなりません。しかし、このデータ自体が国内に不足しているのが問題です。

選択的夫婦別姓訴訟とは

 夫婦別姓訴訟というのは、2011年に女性5名が国を相手に、夫婦同姓を強制する民法750条の規定が憲法13条(個人の尊厳、氏の変更を強制されない自由)、24条(婚姻の自由、男女平等)、女性差別撤廃条約等に違反しているとして国家賠償請求訴訟を提起したものです。
 選択的夫婦別姓を求める声は1980年代から存在しており、1996年には法務省の民法改正案要綱で「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくは妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称するものとする」という案が出ていました。しかし、一向に立法が動かないので、司法の判断を求めようと女性たちが立ち上がったのです。
 東京地裁控訴後の東京高裁の棄却判決を受けて、難しいことを書きすぎたために女性たちの改姓を強制される苦しみを分かってもらえていないのではないかと思い、口コミで陳述書をたくさん集めて最高裁へ上告しました。そして迎えた昨年12月16日。私は違憲判断以外有り得ないと思っていたので、最高潮に気持ちが高揚した状態で裁判に臨んだのですが、最高裁でも棄却判決が言い渡されてしまいました。

女性は結婚すると姓が変わるのは当たり前?

 政府は選択的夫婦別姓を認めない理由として世論を挙げます。現状として、婚姻の際に夫の姓を選んだ夫婦の割合は、昭和50年代以降軒並み95%以上です。2013年に内閣府が実施した選択的夫婦別姓に関する世論調査では、賛成35%・反対36%と両者が拮抗しているかのように見えますが、実はこのアンケートは回答者の48%が60歳以上で、実際に夫婦同姓に苦痛を感じている人の声が反映されているとは言い難いです。2015年に朝日新聞社が実施した世論調査では、賛成52%・反対34%という結果でした。
 また、2015年に安倍首相は糸数慶子議員の質問主意書に対して「現在把握している限りにおいては、『法律で夫婦の姓を同姓とするように義務づけている国』は、我が国のほかには承知していない」と答えています。
 なお、日本政府は、日本も批准している女性差別撤廃条約の委員会から「夫婦同姓を強制する規定は差別的規定であり世論は理由にならない」と2003年以降、毎年勧告を受けています。

選択的夫婦別姓訴訟判決の問題点

 2015年12月に棄却された夫婦別姓訴訟では、裁判官15名のうち10名が夫婦同姓強制規定は合憲であるとし、女性裁判官3名全員を含む5名が違憲だと判断しました。
 合憲と判断した多数意見の理由は、「家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位」であり、「その呼称を一つに定めることには合理性」があるからというものでした。また、いずれの氏を称するかは「夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択」によると述べています。しかし、夫婦同姓が定められたのは明治以降のことです。また、どちらの姓にするかは「自由な選択」であると言いますが、現状として95%以上の夫婦が夫の姓にしているのであり、これは女性の社会的経済的な立場の弱さや、家庭生活における立場の弱さ、様々な事実上の圧力などによって「やむを得ず」そうしているのではないでしょうか。
 違憲だと判断した木内裁判官は、問題とすべきは「夫婦が同氏であることの合理性」よりも「夫婦同氏に例外を許さないことの合理性」であると述べていますが、まさにその通りだと思います。女性が結婚を機にこれまでの氏を使用し続けることができなくなる不利益や、自分が自分でなくなってしまうというアイデンティティ喪失による苦痛などを重視すべきです。
 今回は残念な結果となってしまいましたが、今後、下級審で選択的夫婦別姓を認める事例が積み重なっていけば、最高裁もきちんと判断してくれるのではないかと思います。ぜひ地方でもどんどん訴訟を提起して欲しいです。

憲法24条変えさせないキャンペーン始動!

 最後に、「個人の尊厳」「男女平等」を規定する憲法第24条が変えられそうになっていることをご存知でしょうか。自民党改憲案では、「婚姻・家族における両性の平等の規定(現憲法24条)は家族や共同体の価値を重視する論点から見直すべきである」として、「女性は家庭に戻れ」と言わんばかりに「個人」よりも「家族」を中心とした規定へと文言が変えられています。詳しくは、自民党の改憲冊子に諸々書かれているのでぜひお読みください。
 社会福祉を切り捨て、すべて家庭内で解決しなさいという社会には未来がありません。そこで、「24条は変えさせないキャンペーン」を始動しました。できることをやっていきたいと思います。

 

  

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