伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2017年4月8日(土)@渋谷本校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なお、この講演会は、一般にも無料で公開されています。

【講師】
岡 英男 氏
(弁護士、「大正法律事務所」主宰)

●講師の主なプロフィール:
弁護士、外国弁護士(モンゴル)、モンゴル国立国際仲裁センター仲裁人、日弁連国際交流委員会幹事。1972年兵庫県神戸市生まれ。1995年関西学院大学法学部卒業。1999年〜2004年裁判所勤務。2006年京都大学大学院法学研究科修了、司法試験合格。司法修習(新60期)後、2007年弁護士登録。2010年10月〜2015年12月モンゴル国最高裁判所で勤務(JICA専門家)。2016年大正法律事務所設立。著書『おまえがガンバれよ―モンゴル最高裁での法整備支援 2045日―」(司法協会)

はじめに

 岡英男先生は、弁護士登録からわずか3年後の2010年から2015年までの約5年間、JICA専門家としてモンゴル国内全ての裁判所に調停制度を導入することに尽力されました。「モンゴルに行くことが決まった当初、僕は、モンゴルにも国際協力にも特に関心はなく、法整備支援についての強いあこがれがあったわけでもありません。何か面白そうと思っただけ」と岡英男先生。
 本日の講演では「何でも面白がれたら人生はもっと楽しくなる」というテーマのもと、モンゴルでの活動についてお話しいただくとともに、先生の考える専門家の役割や国際協力の意義などについてお聞きしました。

そんなこんなでモンゴルに派遣されるまで

 これまで偉い先生方がお話されている中でペーペーの僕が今日呼ばれたのは、モンゴルでの経験が珍しいからだと思いますが、今日は僕のモンゴルでの経験や愚かな行動を面白がって頂けたら嬉しいです。
 学生時代に実家でゲームばかりしていた僕は、ふと気がつくと就職活動の時機を逸していました。とりあえず司法試験を受験すると言っておけば親も納得するので、卒業後は親の金で予備校に通い、試験勉強をするふりをしながらメインはゲームという生活を送っていました。
 偶然にも僕が通っていた予備校で伊藤真先生が講師をしており、伊藤先生の授業を聴いて初めて憲法や法律とはこういうものかと目が覚めました。伊藤先生が伊藤塾を立ち上げるためにLEC予備校を辞めると聞いたとき、伊藤先生に一方的に心酔していた僕は「わたしはLEC塾生ですが、心は伊藤先生の生徒です。がんばってください」と手紙を書きました。すると嬉しいことに返事が来て、手紙の文末に「がんばってください」と書いてありました。そこから僕の著書のタイトルにも『おまえがガンバれよ』とつけました。
 しかし伊藤先生への一方的な思いだけでは司法試験には通りません。このままでは永遠に司法試験に通らないと思い、29歳のとき公務員試験の講師をしていた僕は、生徒と一緒に受験して裁判所の職員になりました。その後、ちょうどロースクールができたので、一期生になってみようかと受験したら奇跡的に京都大学のロースクールに合格。その後も上げ潮に乗って受験生の半分が合格した新60期として弁護士になりました。
 弁護士登録後、神戸でいわゆるマチ弁として2年半働いていましたが、なんとなくこのままだと弁護士として“じり貧”になりそうだと思っていたとき、日弁連のホームページでモンゴルの専門家募集の記事を見つけました。JICAという言葉も法整備支援という言葉も知りませんでしたが、それでも面白そうやと申し込んでみたら、応募者が少なかったのか通ってしまいました。そんなこんなで、モンゴル語はおろか、英語さえ英検4級レベルの僕がモンゴルで調停制度をつくることになったのです。

ゼロからのシステムづくり

 2010年から2015年までJICAの教育専門家としてモンゴルに派遣されたわけですが、僕の任務は日本のODAの一環として現地の最高裁判所や弁護士会と協力しながらモンゴルに調停制度をつくることでした。
 調停というのは話し合いです。訴訟に変わる紛争解決手段として調停制度が本当にモンゴル社会に浸透するのかを調査する為に、まずは首都のウランバートルと郊外のダルハンに、パイロットコート(裁判所)を作り実験してみようという計画でしたが、まずはシステムを作らなければいけません。誰がやるか、どこでやるか、申立ての形式は、執行力はどうするか…。決めなければならないことが膨大にある中で、一つひとつ考えてシステムを作っていくということが僕の最初の仕事でした。
 人材の育成も行ないました。弁護士を中心とした法律家に調停人を担ってもらおうということで授業や研修などを行いましたが、参加者は圧倒的に女性が多かったです。モンゴルは遊牧民の社会なので、男の子は馬を飼って遊牧が出来たら一人前と認められます。一方、女の子には教育を受けさせようということで公務員や法曹には女性が多いようです。モンゴルでは一つの経歴として修了証書が重要だということで、日本の賞状を真似て研修の修了証書を作ったり、調停委員のバッジを作ったりもしました。
 システムがほぼ出来上がり、さあ調停をしよう! というところで、資金繰りに困るという問題が発生しました。JICAから、現地で雇用する人々、つまり調停人へ給料を払えないと言われてしまったのです。ODAが終わってもプロジェクトが継続出来るようにという理由なのですが、調停人に給料が支払われないと困るので、モンゴルの最高裁判所と弁護士会に出向きお金を寄付してもらえるように頼み込みました。どうにか資金繰りにも目途がつき、ようやく調停が出来るようになったのです。

モンゴルで法律作りに携わるとは!

 2011年5月、パイロットコートで調停を実験し始めた頃、調停法を作るという話が出て来ました。大統領の公約に、司法への市民参加の発想を取り込んだ司法制度改革の実現というのがあったのですが、調停制度を改革の目玉にしたいので法案を作ってくれと言われたのです。これは個人的には、35歳で弁護士になったばかりの僕が一国の法律づくりにかかわれるなんて、自分の人生にこんなことは二度とないだろうと、非常に嬉しかったです。
 大統領府から一週間で法案を作れと言われたので、なんとかみんなで手分けして作成し、起草から1年後の2012年5月に国会で調停法が成立しました。
 法律ができたことにより全国で調停を行うことになりました。地方でも研修や市民講座を行うために、僕は国内の裁判所100カ所を回ることにしました。車で行ったり、鉄道や飛行機で行ったり。ウランバートルから一番遠い裁判所には、プロペラ飛行機で5〜6時間かけてようやく県庁所在地に辿り着き、そこから車で一日かけて裁判所へ行くということもありました。そんな僻地でも調停をやっているのです。

利用者の約8割が満足の調停制度

 調停法が出来、裁判所規則も出来ました。調停人トレーナーも養成し、調停人は現在約800名となりました。調停人の資格は、弁護士がもう一つ上位資格を取得するような感覚で人気の資格となりました。ました。モンゴルの法曹が4000人ですから、単純計算で約5人に1人が調停人の資格をもっていることになります。
 2016年の事件数を見てみると、通常の民事紛争4万件に対して調停申立数は1万5000件にのぼります。携帯電話や電気代の支払いなど簡単な事案が多く、弁護士がいなくても電話会社やローン会社の社員が対応出来ます。成立率も高く、調停が成立した90%の事件が1回の期日で合意しています。また、調停費用が一律1000円ちょっとなので、訴額が高い事件を調停で解決すれば安上がりで、効率も良いです。利用者の満足度も高く、利用価値が高い制度となっています。

がんばらない人ほどうまくいく

 僕はモンゴルに専門家として派遣されましたが、調停の専門家ではありませんでした。そのことに初めは不安を感じていましたが、僕の仕事はシステム作りや根回し、コーディネートをすることで、調停のことを知らなくても出来ることでした。ある程度基本的な法律の発想が分かっていれば、専門家ではない方が、むしろ務まるのではないかと思うようになりました。
 国際協力について考えてみると、調停制度がなくてもモンゴル社会は十分にまわっていました。では僕は何のためにモンゴルに行ったのか。僕が貧困を救えるわけでも、戦争をなくせるわけでもありません。しかし、より便利なものを提供することができる。自分が調停制度をつくることで、モンゴルの人たちの日本の印象を良くすることに繋がる。これは、日本という国の存在意義を高めることなのだと思いました。
 そのように考えたとき、僕の役目は「接待」だと思いました。「日本の協力のおかげで調停制度ができてよかったね」と思ってもらえるように、モンゴル側の望むことは出来る限り叶えてあげよう、モンゴルの人を誠心誠意接待しようという思いで活動していました。間違っても、この国の腐敗を正すとか制度と正すということだけは思わないでおこうと思いました。
 結局、僕がモンゴルで何をやっていたかというと、どんなことにも面白みを見出して、ただ面白がっていただけやと思います。自分が面白いなと思って自分なりにやっていると自然とうまくいく。なんやかんやで、今も月に1週間から10日ほどはモンゴルに行き、大使館に行って仕事をするなどしています。
 最後に、受験生のみなさんへ。司法試験をあまりに難しいと思っていると、合格したときに「こんな難しい試験に受かったのだから、自分は賢い人間なんだ」と勘違いしてしまいます。むしろしんどい勉強にも面白みを見出すくらいのつもりで、自分の人生を楽しんでください。

 

  

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