伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2013年3月9日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

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講演者:本林徹氏
(弁護士、井原・本林法律事務所、元日本弁護士連合会会長)

講師プロフィール:
1961年に東京大学法学部を卒業し、63年に弁護士登録。アメリカに留学しハーバード・ロースクール修士(LL.M.)を取得。1971年に森綜合法律事務所を創立。2002年から2年間、日本弁護士連合会会長を務め、裁判員制度の導入や法テラスの設立など、司法制度改革の推進に尽力。2008年、井原・本林法律事務所を開設。得意分野は、企業法務全般、国内・国際商取引および各種紛争解決。公益社団法人「商事法務研究会」代表理事副会長、日立製作所社外取締役、日本サッカー協会裁定委員長など。

弁護士人口が大幅に増加した一方、長引く不況のために弁護士需要が減ったことで、就職難が深刻化。将来に不安や危機感を抱いている法律家も少なくありません。しかし、司法制度改革推進や国内外の企業への経営アドバイスなど、常に新しい分野にチャレンジしてきた本林弁護士は、「危機はチャンスだ」と語ります。今回は、豊富な経験を踏まえて、弁護士新時代をどのように切り拓いてゆくべきかについてお話いただきました。

◆市民が利用しやすい司法制度に

 私は5年間の弁護士実務を経て、6年目にハーバード・ロースクールに留学しました。アメリカ滞在で得た収穫は、ものごとを複眼的に観る視点です。日本の常識だけで考えるのではなく、外国の目から見たときに、どう考えてどう行動するかということを、常に考えるようになりました。
 向こうで驚いたのは、裁判の制度がまったく違っていたことです。アメリカでは市民が裁判を起こしやすい。100ドルの手数料を払えば、どんな巨額の訴訟も起こせます。また一人ひとりの被害額は少なくても、同じような被害を受けている大勢の人を代表して訴訟できる、という制度もあります。事件に関連のある証拠を、裁判所が強制的に命令して出させる制度もある。出さなければ制裁が厳しい。そして陪審員制度です。いずれも当時の日本にありませんでした。
 このようなアメリカの制度に触れて帰国すると、日本の法制度の問題点を実感しました。すでに当時は経済大国と言われ始めていた日本ですが、民事訴訟が極端に少ない。人によっては、和を尊ぶ国民性だ、という文化論で説明することがありましたが、私は違うと思いました。裁判に関わる制度が、非常に使いにくいというのが本当の理由です。
 私は弁護士は、今ある法律をただ解釈するだけの存在ではいけないと考えました。被害にあった市民の権利救済がはかれるように、司法制度を抜本的に改革することが、国民の権利を守り、正義を実現するために必要だと感じました。それから30年の月日が流れ、日弁連会長になったとき、たまたま司法制度改革の機会に恵まれました。
 90年代から始まったこの改革は、明治維新や戦後の司法改革に匹敵する、大規模な改革でした。 
 権利の護り手としての弁護士の数を大幅に増やし、その養成のために法科大学院をつくりました。また、資力の乏しい人も気軽に司法にアクセスできる窓口として、法テラスという全国的なネットワークをつくりました。裁判員制度や労働審判という新しい制度もできました。特に裁判員制度には、これまでのお上依存意識から脱却して、日本社会を根底から変える力があるのではないかと思っています。
 これまで職業裁判官だけが決めていた刑事裁判に、国民が参加できるようになりました。先進国の中で裁判に国民が参加する仕組みがないのは日本だけということは、長らく言われていたことでしたが、国会議員の理解を得て、法制度を改革するまでには大変な労力がかかりました。

◆交渉と説得は弁護士の仕事の要

 私は、弁護士の仕事の要は交渉と説得だと考えています。難しい取引や紛争を交渉でまとめ上げるのが、もっともやりがいのある仕事です。重要なのは、周到な準備をすることです。最終目標を明確にして、絶対譲れないものと、場合によっては譲ってもよいというものの優先順位を決め、戦略を立てます。相手との議論で出てくる可能性のあることを内部で徹底議論しておくことも必要です。そうした準備のもと、相手との信頼関係を築きながら、熱意を持って交渉していくことができれば、難しい交渉も成功に導くことが可能になります。
 具体例をお話しします。1998年、一部上場の大倉商事という総合商社が破産して、私が破産管財人になりました。会社が破産すると、通常は事業は廃止、社員は全員解雇となり、裁判所から選任された管財人が会社の資産を売却して、債権者に配当して終わらせるという流れになっています。
 しかし私はそうしませんでした。管財人に選任された私は、すぐに会社の情報を調査しました。すると、食料部門と宇宙航空部門では、破産直前まで利益が出ていたことがわかりました。商社の財産といえば人材と、仕入先や得意先で構成される商権と呼ばれるものです。大倉商事は、鉄鋼部門などが大赤字で命取りになったのですが、この二つの部門には優秀な社員がいて、得意先も優良なところが多かったのです。そこで私はこの二つの部門を、他の企業に商権をそのままの形で譲渡できないか追求することにしました。社員は時間とともに散逸していきますから、急ぎました。でも、このとき説得する相手があまりにも多く、苦労しました。
 まずは裁判所にかけあい、破産しているにもかかわらず営業を継続する許可をもらいました。従業員にも、管財人は占領軍ではなく皆さんの味方であり、営業譲渡の努力もするので力を貸してほしい、と説得しました。そして営業譲渡のプロジェクトが始まりました。まずは記者会見を行い、この取り組みを新聞に書いてもらいました。そこで興味を示してくれた会社が現れて交渉を始めました。
 交渉の最大のポイントは譲渡価格です。管財人はできるだけ高く売って債権者に配当したい。一方の買手企業側は、買い取っても事業が成功するか保障がないので、できるだけ買い叩きたい。そのため利害が対立します。相手が不安を持っている限り、いくら固定価格で交渉しても合意できません。そこで譲渡契約後一定の検証期間を設け、その状況を見ながら価格に反映させるという柔軟な方式を提案しました。その結果、合意も得られました。
 海外の仕入先や顧客との交渉も成功させ、破産宣告から7日目に食料部門の、11日目に宇宙航空部門の営業譲渡の基本合意ができました。破産手続がすべて終わるまで3年半ほどかかりましたが、15%超の配当もでき東京地裁におけるその後の破産処理のモデルケースとなりました。

◆弁護士の活躍の場をどのように広げていくか

 司法制度改革によって、1万5千人前後だった弁護士数は大幅に増えて、3万人を越えるようになりました。それでもアメリカは110万人で、上院議員の6割くらいが弁護士です。
 弁護士の数が増えることは、国民にとっては大きなプラスです。弁護士のいない地域では、困っていても誰にも相談できませんでした。それが各地に赴任するようになって、地域で法的なサービスを提供して、住民からたいへん感謝されるようになっています。
 弁護士の仕事の幅も徐々に広がってきています。企業の法務も、従来は紛争が起きて裁判になってから弁護士に頼む、というのが中心でしたが、今はむしろ紛争が起きないように予防する法務が増えています。弁護士の側も、M&Aや金融、ファイナンスなど、新しい分野で企業の価値創造を担うようになってきました。さらに最近は規制緩和により、役所による事前の行政指導が減っているため、企業が新しいプロジェクトをするときに、法律の専門家である弁護士に相談するのが普通になってきています。
 弁護士のアドバイスは、新しいことをやろうとしている企業にとっては、命綱になります。現在は国民の目も非常に厳しくなっていて、不祥事や偽装などを起こし、コンプライアンスがなっていないとみなされると、信用が失墜したり、企業の存亡にかかわることになります。そこで耳の痛い話だったとしても、弁護士が的確にアドバイスしていくことが求められているわけです。
 依頼者のニーズも多様になっているため、弁護士はそれに応えられるように新たな分野に進出していく努力が必要です。私が若いときは、どんな分野でも対応できるジェネラリストを目ざすのが一般的でしたが、今は依頼者が要求するレベルは高くなっています。常識的なレベルの法律の知識は、インターネットで依頼者自身が調べることができます。弁護士としては専門性を高めて、依頼者のニーズに応えていかなくてはなりません。最近では、特定の分野に特化した弁護士事務所も増えてきています。
 弁護士資格を持って、いろんな職域分野に進出する人もいます。昔はある法律事務所に入ったら、退職するまでその事務所にいるというのが普通でしたが、今は、例えば、留学し、帰国後官庁に出向し、さらに企業の法務部で働くなど、流動性が高まってきています。
 企業内弁護士も増えています。因みに、アメリカでは、弁護士の2割以上が企業内弁護士です。最近では、弁護士を採用する地方自治体が出てきています。従来、行政と弁護士の関係は対立的な場面が多くありましたが、弁護士が内部で職員として活躍することにより行政が健全で能率的になったという効果も出ています。
 このように、活躍の場は多様な広がりを見せています。訴訟は弁護士の大事な役割ですが、法廷専門家という枠だけに閉じこもっていては、新たな分野を切り拓いていくことはできません。広い視野を持って果敢に新しい分野に挑戦し、弁護士はこんなこともできるんだ、というように社会の見方を変えていってほしいと思っています。そのような努力を積み重ねていけば、弁護士が活躍する舞台は、無数にあるはずです。

(構成・写真/高橋真樹)

 

  

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