伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2012年8月4日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

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講演者:雨宮処凛氏、 船崎まみ氏
(作家、社会運動家)
船崎まみ氏
(弁護士、「北千住法律事務所」所属)

講師プロフィール:
【雨宮処凛氏プロフィール】1975年北海道生まれ。作家・活動家。新自由主義のもとで不安定さを強いられる人々=「プレカリアート」問題、脱原発問題などに取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャー プレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。

【船崎まみ氏プロフィール】東京都出身。中央大学法学部卒業。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。2007年弁護士登録。東京弁護士会の都市型公設事務所、愛知県岡崎市の法テラス三河法律事務所と公設系事務所に約4年半勤務後、2012年1月より北千住法律事務所勤務。東京弁護士会所属。日本弁護士連合会貧困問題対策本部委員。

 「ワーキングプア」「派遣切り」などの言葉とともに、日本における「貧困問題」が注目されはじめてから数年。しかし、今年に入ってからも各地で餓死・孤立死が相次ぐなど、その状況はますます厳しいものになりつつあります。最近では「最後のセーフティネット」ともいわれる生活保護制度への「バッシング」が目立つようにもなりました。

 「貧困」が広がり続ける背景にはどんな問題があるのか? そして法律家は、その現場にどうかかわることができるのか。自らも反貧困の運動にかかわりつつ、著作を通じてその実状を世に発信してきた作家・雨宮処凛さん、弁護士として貧困問題に取り組みつづけてきた船崎まみさん、2人の講師に、それぞれの立場から語っていただきました。

■憲法の理念を否定する社会保障制度改革推進法

 講義の前半は、雨宮さん、船崎さんによる対談形式。その中で、お2人が揃って指摘したのは、ちょうど今国会で衆議院を通過後、参議院で審議中だった「社会保障制度改革推進法案」(その後参議院を通過して8月10日に成立)がはらむ問題点についてでした。

 消費税増税法案とセットで国会に提出されたこの法案は、第一章・第二条の「基本的な考え方」の一項で「自助、共助及び公助が最も適切に組み合わされるよう留意しつつ、国民が自立した生活を営むことができるよう、家族相互及び国民相互の助け合いの仕組みを通じてその実現を支援していく」としています。船崎さんはこれを「つまり、社会保障は自助、自己責任が基本。それができない人を支えるのはまず家族・親族などによる”共助”であり、国や自治体による”公助”は、あくまでその後方支援、ということ(すなわち国の主体的な責任を放棄しようとしている)」と説明。「このように憲法の理念を真っ向から否定する、こんな法律ができてしまえば、社会保障のあり方そのものが覆されてしまう」と批判しました。

 また、それと並行して広がっているのが、ある芸能人家族の生活保護受給が明らかになったことに端を発する「生活保護バッシング」。船崎さん自身も、弁護士が同行していてさえ生活保護の申請がなかなか受理されないというケースを何度も体験したといいます。「一時は少しましになっていた福祉事務所の対応に、今回のバッシングを機に”揺り戻し”が来ているという感じ。今の時点でもこれだけ困っている人がいるのに、その中で今回のような法律ができたら、もっと困る人が増えるのではないでしょうか」との問いかけに、雨宮さんも「非常に危ないと思います」と頷きました。

 「生活保護バッシング」の中では、生活保護の不正受給額が過去最高に、といった報道も目立ちますが、実際には不正受給が生活保護全体に占める割合は、金額ベースで0.3%、人ベースで1.5%程度。逆に言えば、全体の98%は適正に使われているということになります。

 「生活保護受給者全体の数も、210万人で過去最高といわれていますが、一人当たり月額約93000円以下で暮らす”貧困層”は日本の人口の16%、数にすれば約2040万人。つまり、貧困層の1割くらいしか生活保護を受けられていないわけで、だからこそ餓死・孤立死の事件が相次いでいるんです。そういう状況なのに、社会保障を切り下げる、生活保護の水準を引き下げるといった動きがあるのはとても危ない」。雨宮さんはそう指摘します。

■貧困は、単なる「経済問題」ではない

 「そうした厳しい現状が生まれてくる背景には、どんな社会構造の問題があると思いますか?」−−船崎さんの問いかけに、雨宮さんが例に挙げたのは今年1月に札幌で起こった姉妹孤立死事件のケースでした。雨宮さんは今年5月、弁護士やケースワーカーなどが結成した現地調査団に参加しています。

 「さかのぼっていくと、背景には本当にいろんな問題があるんですよね。例えば、北九州で2000年代に餓死や孤立死が増えた原因は、炭鉱閉山による失業者の増加で受給者が増えて、厚労省が『受給者を減らせ』という指示を出したことでしたが、札幌の姉妹のケースも、亡くなった父親は炭鉱労働者。閉山で姉妹の地元の町はすたれてしまい、それで滝川や札幌に出てきたけれどなかなか安定した仕事は見つからなかった、ということのようです。その意味では、産業構造の変化や産業政策も背景の一つなんです」

 職を転々としながら暮らしてきた40代の姉が、知的障害のある妹の世話を1人でこなしていたという事実からは、非正規雇用の問題、そして障害者福祉の問題も透けて見えてきます。加えて雨宮さんが指摘したのは、男性と比べても厳しさが際立つ「女性の貧困」の問題でした。

 「今、単身女性の3割が貧困ライン以下で暮らしているという数字が出ています。65歳以上では52%。結婚していない、単身で暮らす女性に日本の社会福祉制度はとても冷たくできている。終身雇用の正社員や、正社員と結婚している専業主婦などに対してはいろいろ制度があるけれど、そこには該当しない人への受け皿がないんです」

 また、雨宮さんからはさらに、生活保護を受給して経済的にはある程度落ち着いたとしても、そこからどう主体的に生きていくかの道筋が見えず、苦しんでいる人も多い、との指摘も。「使い捨て」のような、人を大事にしない労働の現場で働いて人間不信になってしまっている人、若くして路上生活を経験して身体も心もボロボロになってしまっている人…。軽度の知的障害や精神疾患を抱えていながら、医療や福祉にアクセスする機会がなく、そのことに気づかないまま生きてきていたという人も多いといいます。

 船崎さんも、「国選弁護人として弁護を担当した刑事事件の被告の中にも、軽度の知的障害のある人がかなり多かった」と指摘。「ただ、知的障害も社会において『つまずいてしまう』原因の一つだけれど、家庭環境によってもそれがどう作用してくるかは大きく違います。貧困というのは、『お金がない』ことだけではなく、家族関係やどんな教育を受けてきたかなど、すべての要素が関係するのではないでしょうか」と、「貧困」が単なる経済的な問題ではないことを強調しました。

■弁護士の側から動かなければ、
「声を拾う」ことはできない

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 そして後半は、船崎さんが自身の歩みを振り返りながら、弁護士という仕事と「貧困問題」とのかかわりについて語ってくれました。

 「私自身、もちろん貧困問題だけをやりたいと思って弁護士になったわけではないし、それは今も変わっていません。ただ、出身は東京の足立区で、生活保護受給世帯の多いところでした。同級生の中にも、母子家庭だったり、家が経済的な問題を抱えていたりという人がたくさんいて、それを自然に目にしながら育ちました」

 中学校では校内暴力などの問題も多く、その地域で暮らすことが嫌で嫌で仕方ない時期もあったのだそう。少し考え方が変わったのは、地域を出て私立の高校に通い始めてからでした。

 「今度は逆に、同級生には経済的にも、家庭環境的にも恵まれた子がとても多くて、それまでの同級生の姿とはまったく違ったんですね。どういう環境で生まれ育つかによって、置かれた状況は二極化してしまうんだということを実感しました」

 さらに、大学生のときに参加した児童養護施設での学習支援ボランティアでも、複雑な家庭環境に育った男の子を担当することに。家は落ち着いて勉強できるような環境になく、同級生と比べても勉強はどうしても遅れがち。そんな状況で授業を受けていても面白くないだろうし、荒れるのは当然だと思うようになった、と船崎さんは言います。

 「貧困って、起こるべくして起こってるんだと感じました。そして、たまたま自分が何も心配せずに勉強できるような環境にいたのなら、そうではない人のことも考えて仕事をしていく。そうでなければ社会はよくなっていかないんじゃないかと思ったんですね。弱者の立場に立って働きたい、人権を守る弁護士になりたいと考えるようになったのは、そこからです」

 東京弁護士会の公設事務所を経て、無料法律相談などを行う「法テラス」の三河法律事務所に派遣されたのが2009年。ちょうどリーマンショックの直後で、債務整理の相談が急増していたときでした。さらには、経済的な破綻による離婚などの相談、貧困によって強盗などの罪を犯してしまったようなケースの国選弁護などに携わる中から、自然と貧困問題にかかわる機会が多くなっていったといいます。

 具体的な活動としてはまず、福祉事務所への同行、行政機関との交渉をはじめとする生活保護申請の支援。生活保護世帯で母親から子どもが虐待を受けていたケースでは、子どもの代理人となって、母親と世帯を分離しての生活場所の確保、子どもが単独で生活保護を受給できるようにするための交渉などにあたったことも。親子ともに障害や高齢のためにうまく生活保護費を管理できず、適切な通院治療も受けられないような状態になっていた家庭のケースでは、母親について成年後見を申し立て、後見人が生活保護費を管理できるように計らいました。

 また、少年事件・刑事事件に少年付添人・弁護人としてかかわる際にも、釈放後の生活保護申請支援や、就労先・住まいの確保、支援団体や入所できる施設探しが重要な仕事の一部となりました。そうして釈放後の生活環境を整えることで、再犯の可能性が低いと判断され、実刑判決を回避しやすくなるのです。

 ただし、こうした仕事は事務所でただ待っていて「飛び込んできた」ものではない、とも船崎さんは言います。あちこちで出張法律相談会を開いたり、野宿者支援団体の夜回りに参加したりと、自分たちの側から積極的に「動く」中で信頼関係が生まれ、生活保護の申請や財務整理などを頼まれるようになる−−という流れがほとんど。連携する福祉行政機関や支援団体を通じて相談が持ち込まれることも多かったといいます。

 「本当に困っている人というのは、自分から声をあげることはなかなかできない人が多いんですね。障害を抱えていたり、外国人で日本語能力が低かったり、ずっと路上生活で情報から遮断されていて、支援に関する情報を持っていなかったり・・・。あるいは、生活保護申請などで何度も行政に門前払いを食って、周囲に強い不信感を抱いている人もいる。弁護士の側から積極的に動いていかなければ、そうした人たちの声を”拾う”ことはできないんです」

 自ら問題の現場に近づき、声に耳を傾けて、なんとか支援の道を探る。それを繰り返してきた船崎さんの言葉が、力強く響きました。

(構成/仲藤里美)

 

  

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