伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2012年1月21日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

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講演者:新谷泰真氏
(弁護士、「桜ヶ丘法律事務所」所属)
中山雅博氏(弁護士、「弁護士法人かながわパブリック法律事務所」所属)

講師プロフィール:
【新谷泰真氏プロフィール】2005年弁護士登録。2007年4月から2010年10月まで、宮古ひまわり基金法律事務所(岩手県宮古市)の2代目所長として執務。2010年11月から桜ヶ丘法律事務所に復帰。現在、ひまわり・法テラスの赴任を目指す新人弁護士の指導に当たりつつ、公設事務所制度の発展のために活動中。

【中山雅博氏プロフィール】2005年弁護士登録。2006年11月から約4年間、むつひまわり基金法律事務所(青森県むつ市)の初代所長弁護士として執務。2011年4月から弁護士法人かながわパブリック法律事務所(横浜市)に入所。弁護士過疎地域への赴任や開業を目指す新人弁護士の指導等にあたりつつ、公設事務所制度の発展のために活動中。

 「弁護士ゼロワン地域」という言葉があります。これは、裁判所の支部があっても、その支部の管轄内に弁護士が一人もいない、もしくは一人しかいないという地域のことです。日弁連では、弁護士過疎問題の解消のため、会員からの特別会費を集めて「ひまわり基金」 を設置しました。そしてこの基金で各地に公設事務所を設置するなど、弁護士過疎の解消に取り組んできました。
 講師のお二人は、いずれも2006年末から2010年末にかけて、それぞれ岩手県宮古市(新谷)と、青森県むつ市(中山)の公設事務所に赴任し、弁護士過疎地の最前線で業務を行ってきました。現在は東京に戻り、公益活動に取り組んでいるお二人から、従来の弁護士のあり方とは少し変わった「公益系弁護士」のあり方についてお話しいただきました。

■弁護士ゼロワン地域解消への取り組み

新谷:
 私たちは、弁護士ゼロワン地域の解消のために活動してきました。憲法32条は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と定めていますが、これらゼロワン地域の人々は、弁護士の援助を受けることが難しく、法律があっても運用できない状態に置かれていました。そうした地域では、法律ではなく古い因習や力関係の強い者の意見が重視されるといった問題点もあります。
 弁護士ゼロワン地域は、1993年には全国で70ヶ所以上ありました。そのままほっておいて解消するものではないので、日弁連は全ての弁護士から資金を集めて、ひまわり基金を設置しました。現在まで、累計109ヶ所のひまわり基金法律事務所が設置されています。その各事務所に若手の弁護士が赴任して、ひまわり基金のサポートの下で活動してきました。弁護士はたいてい2-3年の任期で交代しますが、その地域が気に入って、任期満了時に定着し、個人事務所として活動を続けるケースもあります。この制度がつくられたことで、こういった過疎地域の活動に取り組む弁護士は増えてきています。また、2006年には法テラス(日本法律支援センター)がつくられて、法テラスによる過疎地域への事務所設置もされるようになりました。そのため、2012年1月現在では、ゼロワン地域は1ヶ所をのぞいて解消されています。
 しかし、弁護士ゼロワン地域がなくなったから、もう十分というわけではありません。今後も継続的にゼロワン地域解消のための努力を続けていかないと、またいつゼロワン地域に戻るかわかりません。また、単に弁護士がいるというだけではなく、より良いサービスが提供できるようにしていかなければいけません。

■弁護士がいない地域は大変なことになると実感しました 

新谷:
 私たちの赴任先での実際の活動を紹介します。私は、岩手県の宮古市に3年8ヶ月ほど赴任しました。宮古市は、市の中心から盛岡まで車で2時間かかります。管轄内の地域によっては4時間かかる所もあります。そのため、これまでは物理的に弁護士にアクセスすることができませんでした。管轄する面積は、東京23区の4.5倍という広い地域です。その地域にある法律事務所は、私を含めて2つでした。赴任中に法テラスができたので3つになりましたが、それでも弁護士一人あたり5万人とか3万人を担当しているような状況でした。
 宮古市にも裁判所はありますが、裁判官が常駐していません。1週間に一度、盛岡から裁判官がやって来て、まとめて裁判をやっています。だから、刑事事件の裁判中に、調停がまとまりそうだからと言って裁判官が抜けるなど、東京では考えられないようなことも起きていました。
 ひまわり基金が設置された当初、田舎だから都会に比べると事件は少ないだろうと考えられていましたが、それは違いました。実際に地方に行って感じるのは、どこにいっても人がいる限りは同じような問題が起きるということです。私は毎年500件くらいの相談を受けて、400件くらいの受任をしていました。あらゆる法律相談がやってきました。会社がらみの紛争もありましたし、相続や離婚、債務整理の事件などが多かったです。刑事事件は私がすべて担当しました。もう一人の先生が、刑事事件はやらなかったので、その地域で事件が起きると、私しか担当者がいないわけです。朝、新聞を読んで逮捕された人がいたら、自分が出動するという状況でした。
 そうはいっても当初は、田舎に行けば行くほど、弁護士の敷居は高いと感じられているので、個人が気軽に相談に来るようなことはありませんでした。そもそも弁護士がいなかった所なので、弁護士がどう自分の問題を解決してくれるのかわからないんです。そこではじめのうちは、こちらから出かけて、弁護士の使い方をアピールしました。アピールする先は、地元の市役所や商工会議所、福祉関係者などです。弁護士がいなかった地域は、これまで何とかやって来たわけですから、弁護士がいなくてもそれなりに問題を解決するシステムはできています。それを担ってきたのがこういう人たちでした。ただ、法律的な問題があったときは、対応できないこともありました。だからこうした既存の組織と連携したのです。
 多くの問題は、弁護士だけで解決できるわけではありません。例えば福祉にからんだ案件では、その人の債務整理は解決しても、そのあとどうやって生きて行くのかといった場合もあります。そうしたときは、行政の支援も必要となってきます。そのため、市役所などの地域の拠点と協力できたことは、お互いの長所を活かせるというメリットがありました。また、こうしたネットワーク作りを通して、講演や勉強会、執筆を行ったことで、多くの人に法律の知識や仕組みを知ってもらうことができたと思います。
 活動をしながら、地域に弁護士がいることの意義を実感しました。例えば、夫から家庭内暴力をふるわれているのに離婚させてもらえないといった件で、意を決して相談に来た女性がいました。散々苦しんで、自殺まで考えていたそうですが、私が関わることで離婚することができました。他にも弁護士から見れば比較的簡単に解決できる問題でも、自殺を考える人が多かったのです。弁護士がいない地域はこういうことになるんだなと思いました。

■ずっと苦しんできた人が、涙を流して感謝してくれました

中山:
 私は青森県のむつ市に赴任しました。担当したのは4年間で1000件くらい。離婚の調停とか、悪徳商法に騙されたとか、毎日いろんな相談があって、一番相談が多かった時期は、相談を受けるまでに1ヶ月待ちという状態になってしまいました。全国的には、最低でも3万人に一人は弁護士がいないと大変だといわれていますが、私の担当地域は8万人もいるのに弁護士がいなかったんです。だからものすごく仕事がたまっていたし、十何年も弁護士がいなかったので、ずっと一人で悩んでいた人もたくさんいました。
 でもたいていの問題は、弁護士のところに相談に来てもらえば、効果的なアドバイスを与えることができました。そしてそういう方を助けてあげられると、都会とは比べられないほど感謝され、時には涙を流す方もいらっしゃいました。もちろん都会でも相談に来る方は真剣ですが、田舎の場合は、扱う金額は大きくなくても、個々人の生活と結びついていたり、一生に関わるような問題が多いのです。それを解決してあげられたのがよかったと思っています。 
 そうは言っても、私たちが他の弁護士と比べて特別なスキルがあるわけではありません。もちろん、過疎疎地域に赴任する前には、いろんな相談を一人で解決できるように、1~2年かけて、一通りのことをトレーニングしていくわけですが、赴任するのはたいてい弁護士になって2-3年の若手です。だからそれほど知識や経験が豊富とは言えない。でも、普通の弁護士が普通に持っている知識で解決できることが、すごくたくさんありました。赴任中は、それもやりがいになっていました。
 私たち二人は、赴任先から戻って、次に赴任する後輩達の育成や制度そのものを発展させるための活動に取り組んでいます。これまでひまわり基金ができて12年が経ちました。活動を通じて、一つの社会問題が解決していくという手ごたえがありましたが、まだまだ弁護士過疎地域の問題はあるので、これからも発展させていきたいと思っています。

 

  

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