伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2011年6月11日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

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講演者:黒田健二弁護士
(黒田法律事務所所長)

黒田健二弁護士は、大学を1年で中退した翌年、1983年度の司法試験に全国最年少の20歳で合格したという異例の経歴を持っています。司法試験合格直後から新しい分野(中国、コンピュータソフト、バイオ、環境保護)に特化した弁護士を目指し、中国にも留学。中国ビジネスや知的財産権分野に取り組んだり、日本の弁護士事務所ではじめて台湾に事務所を置くなど、新しい分野を切り開いている弁護士としても注目されています。2010年には日経新聞が選ぶ「活躍した弁護士ランキング第2位(外国法部門)」を獲得されています。今回は、具体的な活動を紹介しながら、新しい分野の法律業務を開拓する面白さについて語っていただきました。

■他の人がやらないことをやりたい

 私は23歳で弁護士になった時、果たして自分はどういう弁護士になればいいかを考えました。やはり世の中の役に立つ弁護士になりたいと思っていました。研修所に行っているうちに、実は弁護士と言っても刑事事件や民事事件に関わるだけではなく、いろいろなタイプの弁護士がいることを知るようになりました。
 70歳以上まで弁護士をやるとして、50年間という時間があるのだから、他の人がやらないことをやった方がいいんじゃないかと思いました。そこで当時1980年代にはそんなに必要のない分野だけど、20年後には必要とされるような分野を扱う弁護士になってみたらどうかと。その時、私が将来必要とされるような分野だと考えたのが、開放政策が始まったばかりの中国、それから出始めたばかりのコンピュータソフトウエア、夢のような技術と言われていたバイオテク、環境保護対応、専門の弁護士がいなかった宗教法人法などです。それでこの5つの分野のうち少なくとも2つか3つは専門にしようと思いました。
 いずれは中国に留学したいと思っていましたので、法律事務所に勤めながら、独学で中国語の勉強をしました。私は大学を出ていないので、海外の大学に留学できるかわからなかったのですが、幸いにもアメリカのデューク大学のロースクールと中国、上海の復旦大学に留学することができました。

■中国での弁護士活動

 留学から帰った翌年から、日本と中国間の企業や政府のプロジェクトに起用されました。当時は中国関係の仕事はまだ少なかったのですが、1995年以降の対中投資ブームを経て、今では中国のGDPは世界第2位、日本にとって最大の貿易相手国となりました。当初は投資案件のご相談が中心でしたが、今では中国国内の取引や現地子会社の人事管理、ニセ物対策など、業務範囲が大きく広がっています。
 中国の場合、日本と大きく違うことがいろいろあります。まず土地は国有なので、私有することはできません。しかし50年とか一定の期間の権利の譲渡はできるようになりました。そこで、あるプロジェクトでは外国の弁護士として初めて、土地使用権に抵当権を設定する契約書を作成しました。
 そもそも法制度が日本と中国ではまったく違います。三権が分立してチェックアンドバランスをとる機能がないのです。裁判官が法律を解釈するという権限は基本的にはありません。すでにあるものを適用するだけということになります。
 もう一つの特徴として、「朝令暮改、多層構造の法令」ということが言えます。頻繁に法律や通達、地方の法令が変わります。社会の変化が著しいことに加えて中央集権という体制が原因としてあります。法令の構造が多層構造なので、優劣関係がはっきりしない。また、書いてある法令と実際にやっていることが違うということも起こります。日本企業と中国企業が交渉した結果、契約に合意しても、地方によっては政府担当者が認めないということもあります。だから外国企業にとってトラブルが起こりやすい環境なのです。
 それから、地方保護主義、人治主義ということが言えます。先日『人治国家 中国のリアル』(幻冬舎)という本を書きましたが、いかに中国という国家が法律に則って運営されていないかという様々な例を挙げています。例えばある都市では、市政府の有力OBが設立したコンサルティング会社で事前に有料の審査を受けないと登記を受けられないというシステムになっていました。しかも契約期間5年間分しか登記を認めない。つまり5年ごとにこのOBの会社に審査を受けなければいけません。このような案件も多く扱ってきました。

■知的財産権に関する案件

 知的財産権をめぐる案件は、中国に限らず全世界を対象に扱っています。そもそも知的財産権とは、創作や発明に関するインセンティブを守る権利のことです。発明者に独占させる権利を与えるということですね。でも一方で、いつまでもそれを守っていては社会が発展しない。それで一定の期間だけ独占権を与えるという考え方です。
 中国にも知的財産権は存在します。しかし、実際は世界のニセ物の3割以上が中国で作られています。かつて日本もコピー大国でした。では日本がどうして知的財産権を守るようになったかと言いますと、1992年以降日本の企業はアメリカで多くの特許権侵害訴訟を起こされて、莫大な賠償金を支払ってきたという経緯があるからなのです。そういう歴史があって、日本は変わってきました。
 中国においてもこれまでは、知的財産権は守られないというのが常識でしたが、昨今では法廷で争うケースも増えてきました。もちろん中国で裁判をやるのは大変です。中国では権利を主張する側がすべての証拠を出さなくてはならないからです。裁判ではなく行政による取締りをするという方法の方が、効果があります。ただしその場合は差し押さえのみで、賠償金の支払いにはつながりません。
 非常にうまくいったニセ物対策としてご紹介できるのは、ワールドカップの例です。私は98年のフランス大会からFIFAの日本における唯一の代理人をしていますが、2002年の日韓共同開催大会のときには日本国内ではなく、中国の税関で徹底的にニセ物対策を実施して成功を収めました。フランス大会では200件もの訴訟を提起しなければいけませんでしたが、日韓大会では日本ではたった1件のみという結果に終わりました。つまりニセ物対策をするなら現地、中国でやらなければならないということです。

 私は弁護士になって26年目になりますが、未知の分野をやるのは楽しいですね。正直言って疲れるところはありますけれども、自分で考えて手が打てるというのは面白いし、うまくいった時にクライアントの方が喜んで下さると、心から良かったと思います。
 インドネシア法務の本を書いたり、台湾に弁護士事務所を開設したりと、新しいことに取り組んでいると、「こんなことをやっている弁護士さんがいるんですか」と驚いていろいろな方がご相談にいらっしゃいます。私の話を聞いて、他の人がやらないことをやるのも面白いんじゃないかと思っていただけると嬉しく思います。

■講義後の参加者からのQ&Aを一部抜粋して紹介します。

Q:今後の有望と思われる新しい分野は何でしょうか?

A:個人的には、ひとつはロビイングの分野が面白いと思っています。アメリカのワシントンあたりには、ロビイング専門の弁護士がたくさんいますが、日本にはいません。もちろん中国やインドもこれから伸びる分野だと言えます。それから今私が取り組んでいるインドネシアは世界で4番目に人口が多い国なので、これもこれから伸びる分野ですね。

Q:黒田先生が関わった青色発光ダイオードの裁判で、10連敗していたのに黒田先生の加入後から7連勝へ変わったという最大の理由は何でしょうか?

A:この裁判のように、難解な技術を裁判官に理解してもらうというのは大変なことです。そのために私は入門用のビデオをわざわざ制作したんですね。それで訴訟の進行がガラッと変わったという事実はあります。他の裁判でも、資料には1ページに1個は図表を入れるなど、わかりやすくする工夫をしています。弁護士は文章を書くのが好きで得意なので、とにかく文字ばかりの分厚い資料を提出してしまいがちです。でも裁判官の側からすると、その案件だけを扱っているわけではありませんから、一度読んで何が書いてあるかがわかるような書類にしなければいけないと思っています。そのためにより多くの時間が必要となるので、受けられる案件の数は少なくなるかもしれないけれど、一つ一つ丁寧にという方針でやっています。

Q:今後学んでみたい外国語は?

A:すでにインドネシア語の勉強をしています。あとはフランス語やスペイン語ができたらいいなと思います。

Q:知財の分野で活躍したい場合、知財以外で何を勉強したらいいでしょうか?

A:知財といってもいろいろあります。薬品もあれば機械もあります。科学技術のすべての分野の勉強なんてできっこないです。結局、その時対象になっている技術を一生懸命勉強するしかないということですね。例えばLEDの裁判をやったときはLEDを基礎から勉強しました。すごい時間がかかりましたけれど、それが面白いんですよ。弁護士は法律以外のことを勉強しないと解決できないことがいっぱいありますから、好奇心は大事だと思います。

Q:現在法曹人口が過剰になっている件についてどう思われますか?

A:確かに、伝統的な法律業務をやっているだけでは弁護士の数は過剰だと思います。事務所に就職できない弁護士さんが増えているというのも問題です。でも、考え方を変えて新しい分野を開拓していけば、いくらでも弁護士のニーズはあります。黒田法律事務所は、弁護士の数は外国の弁護士を入れてもわずか25名ですが、日本の弁護士事務所では唯一、台北に事務所を置いています。海外に出て行って日本企業をサポートするというニーズはとても大きい。でもやろうとする人があまりいないんですね。そういう意味では、考え方次第でいくらでも仕事はあると思います。

 

  

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