B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吠えてみました」

 東京電力・福島第一原子力発電所の事故をめぐり、「原因究明」と並ぶ大きなテーマが「責任追及」である。未曾有の事故を起こした責任は誰にあり、法的な責任をどう取らせるのか。目下、東電の経営陣を相手取った「株主代表訴訟」と、東電役員や国の幹部、学者らに対する「刑事告訴」が、その柱になっている。2つの取り組みが相次いで本格的に動き出したので、状況を報告する。
 株主代表訴訟とは、一定の要件を満たした株主が会社や全株主を代表する形で、会社に損害を与えた取締役に賠償を求める制度だ。株主側が勝訴すれば、取締役は個人の財産で損害を賠償しなければならない。賠償金を払う相手は、訴えた株主ではなく損害を被った会社なので、ある意味、公益的な性格を持つ訴訟と言える。
 東電の株主代表訴訟を起こしたのは、個人株主42人。1991年から毎年の株主総会で原発からの撤退を提案してきた「脱原発・東電株主運動」のメンバーが中心だ。被告は、勝俣恒久会長ら現・元の取締役27人。いずれも、2002年に文部科学省の地震調査研究推進本部が「三陸沖から房総沖の日本海溝沿いでマグニチュード8級の地震が起き得る」との見解を発表して以降、3・11による原発事故までの間に、取締役に就いたことがある。
 訴状では、原発という「超危険物」を扱う東電の取締役は、炉心損傷・溶融をはじめとする重大事故の発生を予防したり、重大事故が起きた場合の損害拡大を最小限にとどめるための安全対策を講じたりすることについて、通常の会社の取締役よりはるかに高い水準の注意義務を負うと指摘。08年には東電自身が福島第一原発に15.7メートルの津波が襲来する可能性を試算するなど、事前に数々の警告があったにもかかわらず、被告の取締役が必要な安全対策を取らなかったために今回の事故を招いた、と主張している。
 賠償請求額は、5兆5045億円。国内の訴訟では過去最高だそうだ。被害者への損害賠償額や廃炉費用の増加分など、政府の第三者委員会の試算に基づいている。全額を回収するというよりは、法廷で誰にどんな責任があったかをはっきりさせ、再発を防止し、原発再稼働の歯止めにし、廃炉につなげていくのが大きな狙いという。株主が勝訴した場合、取締役から東電に支払われる賠償金の全額を原発事故の被害者への賠償に充てるよう求めている(訴えの内容は、河合弘之編著『東電株主代表訴訟 原発事故の経営責任を問う』〈現代人文社・6月下旬刊〉を参照)。
 で、第1回口頭弁論が6月14日、東京地方裁判所で開かれた。
 被告の取締役側は、予想通り、原告・株主側の請求を棄却するよう求める答弁書を提出してきた。「原発の安全性確保については極めて細心の注意が払われてきた。東電としては、法令や行政機関の策定した指針などで示された安全規制を遵守するのみならず、さらに自主的な調査・検討を行うとともに、必要に応じて対策も講じつつ原発事業を行ってきた」としたうえで、被告に「原発の設置・運転に関する取締役としての注意義務違反はなかった」と反論している。
 同時に、これも予想通り、東電は被告の取締役を支援するため、訴訟への「補助参加」を申し出てきた。申出書には「今後も原子力発電が依然として一定の役割を担うことが想定されており、原発事業を営む東電としては、今後の円滑な電気事業の遂行を確保するために(補助参加が)必要だ」と記されている。
 これに対し、弁論の冒頭、株主側弁護団の河合弘之団長が補助参加に異議を申し立てた。理由の1つは、東電は原発事故の責任を認めて損害賠償に応じているのに、補助参加によって取締役を支援するのは国や被害者に対する態度と矛盾すること。2つ目は、補助参加に伴う多額の弁護士費用は、東電に投入された公的資金=国民の税金で賄われることになり、国民が納得しないこと。3つ目に、現在の東電取締役会のメンバーは1人を除いて今回の訴訟の被告になっており、取締役会で自分たちを支援するための補助参加を決めるのは「利益相反」にあたることを挙げた。
 地裁が東電の補助参加を認めるかどうかが、訴訟の最初の焦点になりそうだ。
 弁論では原告・株主側の意見陳述も行われた。福島県田村市から金沢市に避難している浅田正文さんは「頭では放射能に汚染された福島に戻ることができないと分かっている。でも、心は福島から離れることができない。原発難民を再びつくってはならない」と訴えた。原告団事務局長の木村結さんは、20年以上にわたり株主総会で脱原発提案を続けてきたのに、経営陣が耳を貸そうともしなかった経緯を振り返り、「事故以来の取締役の態度は反省しているどころか、当事者としての自覚も感じられない」と批判した。ちなみに、被告の現・元取締役は、誰も法廷に来なかった。
 河合団長は記者会見で「東電には反省が全くないまま、原発の継続にやる気満々であること分かった。あんなにひどい事故を起こしておいて聞き捨てならない」と怒っていた。たしかに、東電が原発の再稼働に強い意欲を持っている様子は、提出された書面の記述からもうかがわれる。
 弁護団は今後、勝俣会長や吉田昌郎・前福島第一原発所長らの証人尋問を申請する方針という。長い裁判になるだろうが、どんな議論が展開されるのか注視していきたい。
 一方の「刑事告訴」。株主代表訴訟に先立つ6月11日に、福島県民1324人による「福島原発告訴団」が福島地方検察庁に告訴・告発状を提出した。
 告訴・告発の対象は計33人。東電幹部が勝俣会長ら15人、原子力安全委員会が班目春樹委員長や委員計7人、山下俊一・福島県立医科大副学長ら県放射線健康リスク管理アドバイザー3人、原子力委員会の近藤駿介委員長のほか、経済産業省原子力安全・保安院の前院長ら3人、文部科学省の局長ら4人をリストアップした。容疑は、業務上過失致死傷と公害犯罪処罰法(公害罪法)違反である。
 告訴・告発の概要については、5月の拙稿「福島県民が問う原発事故の刑事責任」をお読みいただきたいが、事故前に津波対策が必要と指摘されていたのに怠ったことや、事故後に安全宣言を繰り返して住民の避難を遅らせたことなどが過失にあたる、と主張している。告訴の目的には「原発事故の責任の所在を明確化し、被害者の救済と真の福島の復興を実現すること」を掲げた。
 告訴・告発状を提出した後の記者会見で、代理人の河合弘之弁護士は「地検が起訴するかどうかを決めるまでに最低1年かかる」と見通しを示したうえで、「地検を動かすには世論を強めることが重要。日本でいま一番大事なことに取り組んでいるのだから、誇りと自信を持って運動を前に進めてほしい」と激励した。保田行雄弁護士は、事故による被曝の実態と、それが傷害に該当することを立証するために、専門家の意見書や告訴人の被曝線量測定結果を地検に提出する考えを明らかにした。
 告訴団は、1000人という当初の目標人数を超えた。福島第一原発から4キロのところに自宅がある人もおり、小学校入学前の子どもから80代まで幅広く、現在の避難先も全国に散らばっているそうだ。10月をめどに第2次の告訴・告発を予定。県外からの告発者も募集するとともに、署名を集めて地検に早期の捜査開始を要請するという。
 報告集会で、告訴団のメンバーは「今までの生活が営めない状態で、事故という名の犯罪だ」「このまま原発事故の責任がうやむやにされてしまうことには、絶対に納得がいかない」などと胸の内を吐露していた。武藤類子団長は「県民が再び一つにつながるきっかけにしたい。行動によって、私たちが力を取り戻したい」と決意を述べた。
 告訴団の声明には「告訴へと一歩踏み出すことはとても勇気のいることでした。人に罪を問うことは、私たち自身の生き方を問うことでもありました」とある。地方にあって、告訴人として自らが表に出るには、さまざまな障壁や葛藤があったことだろう。それでも告訴せずにいられなかった人たちの気持ちを、大事にしたい。

 

  

※コメントは承認制です。
第95回 原発事故の法的責任を誰にどう取らせるか?
~「東電株主代表訴訟」と
「刑事告訴」が本格始動
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    原発事故によって、甚大な被害がもたらされたことは確かなのに、
    その責任が誰にあり、誰によって補償されるべきなのかは、
    いっこうに明らかにされないまま、という状況のおかしさ。
    刑事告訴団団長の武藤類子さんの、
    昨年9月の東京での集会でのスピーチにあった、
    「私たちは今、静かに怒りを燃やす
    東北の鬼です」という一節を思い出します。

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どん・わんたろう

どん・わんたろう:約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。 派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。 「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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