B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吠えてみました」

 福島第一原子力発電所で起きた事故に対し、法的な責任を問う2つの大きな取り組み~「刑事告訴」と「東電株主代表訴訟」~について、6月の当コラムで詳しく紹介した。その後、刑事告訴・告発は検察当局が受理。株主代表訴訟では、事故発生直後のやり取りを収めた東京電力のテレビ会議の記録を裁判所が保管することが決まった。いよいよ活発化してきたここ3か月の動きをたどり、今後の展開を見通したい。
 9月22日、「福島原発告訴団」の全国集会が福島県いわき市で開かれ、会場は熱気であふれた。1324人が6月11日に福島地方検察庁に刑事告訴・告発したのに続き、第2次の告訴・告発を11月15日に実施することを決めており、それに向けた決起大会だった。
 第1次の告訴・告発は原発事故が起きた時に福島県内に住んでいた人に限定していたが、第2次では全国に対象範囲を広げる。福島県内居住者のほか、県外のホットスポットで生活していた人はもちろん、直接被曝していなくても誰でも告発人として加わることができる。目標は1万人以上で、全国に10カ所の事務局を設けて申し込みを受け付けている。
 おさらいすると、福島原発告訴団が告訴・告発したのは、東電の勝俣恒久会長、清水正孝社長、原子力安全委員会の班目春樹委員長(いずれも事故当時)、山下俊一・福島県立医科大副学長や、原子力安全・保安院、文部科学省の幹部ら計33人。
 主な罪名は業務上過失致死傷で、事故前に津波対策が必要と指摘されていたのに怠ったり、事故後に安全宣言を繰り返して住民の避難を遅らせたりした過失により、たとえば近隣の病院から避難した入院患者を相次いで死亡させ、また、県民全員を被曝させて身体の安全を侵した(傷害)と主張している(詳しくは、上記・当コラムと5月の拙稿「福島県民が問う原発事故の刑事責任」を参照)。
 第1次の告訴・告発は8月1日に福島地検に受理された。東京、名古屋、金沢の各地検に出された別の告訴・告発と同時で、検察当局は専従班をつくって捜査に当たると報道されている。ちなみに、他の案件も併せると告訴・告発されたのは事故当時の菅直人首相を含む約40人になり、容疑の罪名には業務上過失激発物破裂や公害犯罪処罰法(公害罪法)違反、原子炉等規制法違反が加わるそうだ。
 ただし、東電や政府関係者らを実際に起訴できるかどうかについて、検察は厳しい見方をしているという。「極めてまれな地震・津波災害について(原発事故の)回避義務まで認定するのは難しい」「被曝が『傷害』に当たるかどうかについても、事故の影響だと断定するのは難しい」「原子炉建屋内に入って機器類を確認するのが難しく、事故原因を解明できないのに刑事責任を問えるのかという問題もある」といった理由が挙げられている(読売新聞・7月24日夕刊)。
 そこで「世論」の盛り上がりで検察の捜査を後押しするのが、第2次告訴・告発の大きな狙いというわけだ。集会で告訴団代理人の河合弘之弁護士は「関係者の取り調べや書類の押収など、検察がどのくらい本気を出すかが問題。国民の怒りや被害者の悲劇を、検察官に肌で分からせる必要がある」と強調していた。
 被曝が傷害にあたることを立証するために、被害の事実をさらに掘り起こす方針も示された。たとえば、原発事故や被曝によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)、福島の子どもの甲状腺異常の増加などを想定している。
 検察の結論が出るまでに、告訴から1年以上かかることが予想されている。起訴されれば、そこから裁判で判決が出るまでに数年。不起訴になれば福島検察審査会への不服申し立ての手続きに移るから、強制起訴までにはもっと時間を要する。「補償、除染、避難民への態度などの現状を見ると、事故を起こした側が主導して居直っている」(代理人の保田行雄弁護士)ことへの怒りをどこまで結集できるか。第2次告訴・告発の広がりが、捜査の行方を左右する一つの要素になりそうだ。
 さて、もう一方の東電株主代表訴訟。
 概要を簡単に記すと、原告は東電の個人株主として約20年前から株主総会で脱原発を求めてきた42人、被告は事故当時の勝俣会長ら現・元の取締役27人。2008年には東電自身が福島第一原発に15.7メートルの津波が襲来する可能性を試算するなど、事前に数々の警告があったにもかかわらず、被告の取締役が安全対策を取らなかったために事故が起きたとして、東電が原発事故で被った5兆5045億円の損害を個人の財産で会社に賠償するよう求めている(詳しい内容は、上記・6月の当コラムをお読みください)。
 6月14日に第1回口頭弁論が開かれた後、株主側が同29日に東電のテレビ会議の録画・録音を証拠保全(開示)するよう東京地方裁判所に申し立て、この扱いが最初の焦点となった。テレビ会議の記録をめぐっては、マスコミへの公開が一部にとどまり、しかも音声へのピー音や画像へのぼかしが施されていたうえ、公開後に記録自体が消去・改竄される懸念もあり、この訴訟での判断が注目された。
 結局、裁判所の仲介で8月29日に合意が成立。東電は記録の原本を廃棄・消去しないことを約束したうえで、ピー音やぼかしの入っていない原本のコピーを東京地裁に提出し、裁判所が保管することになった。
 一方で、提出された原本のコピーは、ただちに裁判の証拠に採用されて中身を調べるわけではない。原告・株主側が訴訟の争点に関連する部分を特定して請求した場合に、東電が提出したテレビ会議の録画・録音が捏造されていないかどうかを確かめるために使われるという。しかも、通常の訴訟手続きと同様、東電が録画・録音を任意で提出しない限りは裁判所の提出命令が必要で、どこまで開示されるかは不透明だ。
 この過程で株主側は、東電が被告の現・元取締役を支援するために申し出ていた訴訟への「補助参加」も認めることになった。合意の相手が東電であり、実質的に訴訟への参加が前提になっているからだ。第1回口頭弁論で株主側は「原発事故の責任を認めて損害賠償に応じている東電が取締役を支援するのは、国や被害者に対する態度と矛盾する」などと批判し、補助参加に異議を申し立てていた。
 株主側には不満の残る内容ではあるが、それでも「国民の共有財産である録画・録音が毀滅・改ざんされることはなくなった。引き続き全面開示を要求していく」(河合弘之弁護団長)、「真実を暴く手がかりが残った」(堀江鉄雄原告団代表)と前向きに評価している。刑事告訴・告発を受けた検察の捜査が進めば、テレビ会議の記録の原本は押収されるおそれもあり、その意味でも記録の保管が実現したことの重要性を強調していた。
 で、テレビ会議記録の保管が決着したことを受け、9月13日の第2回口頭弁論では、株主側弁護団が「日本の原発の歴史」や「原発の耐震安全性」「中越沖地震の教訓」をテーマに総論的な意見陳述をした。
 次回の口頭弁論は11月16日。前回の意見陳述の続きと、「大きな津波が予測されたとして、東電の取締役は何をなすべきだったか(作為義務)」について株主側が主張する。被告・取締役側から、訴状の個別事項に対する認否や主張を記した答弁書も出る予定という。当面は「津波対策」を主な争点として、本格的な審理に入っていくことになる。
 ところで、原発事故の責任追及の手段として、刑事事件としての個人の立件や、個人の財産での損害賠償を求めることに対しては、違和感を持つ向きもあるようだ。原発は「国策」だったわけだし、組織の一員としてかかわった人物の個人的な責任まで問うのは酷だと感じる気持ちは理解できる。
 しかし、刑事にしても株主代表訴訟にしても、関係者に法的な責任があると認定されるかどうかはあくまで結果であって、それだけがクローズアップされるのは間違いだ。むしろ、最大の眼目は、捜査や裁判のプロセスにおいて事実の解明を少しでも前進させることだろう。
 逆に言うと、東電や政府がすべての情報を自主的に開示することが期待できない以上、法的な手段に頼らなければ原発事故の究明は曖昧なままに終わってしまう危険が極めて大きい。そこにこそ、刑事告訴と東電株主代表訴訟の意義があると思う。引き続き、今後の展開に注目していきたい。

 

  

※コメントは承認制です。
第103回 佳境に入りつつある原発事故の責任追及
~「刑事告訴」と「東電株主代表訴訟」のその後
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    著者も指摘しているように、どちらの裁判も、
    法的責任が実際に認められる可能性は、
    決して高いとは言えないかもしれません。
    けれど、なぜあの事故が起こったのか?
    その原因はどこにあったのか? を明らかにするための、
    一つの有力な手段になりうることは確かでしょう。

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どん・わんたろう

どん・わんたろう:約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。 派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。 「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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