B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吠えてみました」

 定時制高校と聞いて、どんなイメージを持つだろうか。
 今月3日、映画「月あかりの下で〜ある定時制高校の記憶」の完成披露試写会に出かけた。舞台は、埼玉県立浦和商業高校の定時制(現在は廃止)。入学から卒業までの4年間、生徒と先生を追ったドキュメンタリーである。
 カメラが入ったクラスは、入学当時、40人のうち37人が不登校経験者だった。最初のホームルームで担任が言う。「不登校で自分と向き合った経験は、かけがえのない財産だ」と。
 家庭の事情、自傷行為、人間関係、進級…。生徒たちのまわりで、さまざまな事件が起きる。酔っぱらって登校してみたり、職員室や保健室に入り浸って授業を受けなかったり。でも、先生たちは、あくまで優しい。そこは、学校だけれど、学校ではない。次第に、学校に弾かれていた少年・少女たちの居場所が、学校に築かれていく−−。
 定時制高校を何回か取材したことがある。貧困で小学校に通えず、60歳近くなってから字を覚えて勉強し、入学を果たした女性がいた。いつも始業の2時間前に登校し、自習していた。15歳で仕事に就いた男性は、「生活が落ち着いたから」と50歳を過ぎて入学。授業中、左手にルーペ、右手に鉛筆を握ってプリントに向かった。
 映画でも描かれているが、先生たちの熱心さも印象的だ。生徒のつながりを強めるために、さらに社会や地域との関係も意識して、学校行事や講座を企画する。授業が終わった後も、夜遅くまで個別の学習指導や部活動に取り組む。「自分たちが学ぶことの方が多い」と語りながら。
 よそ者が定時制高校に独特の雰囲気を感じるのは、仕方ないことかもしれない。生徒たちが常にフランクなわけではないし、事情を知らない人からすると首をかしげるであろう言動もある。でも、「包容力」が校内に通底しているのは確かだ。雑多な人生経験、多様な価値観が共生するからこそ、他者を認め、受け入れる優しさが培われるのだろう。
 1990年代以降、夜間の定時制高校は全国的に大きく減った。東京都や大阪府の公立高校では、半減である。定員割れが続いたうえ、全日制の入試に失敗したために入学するといった、夜間に学ぶ必然性のない生徒が増えていることなどが、理由にされた。「財政効率を優先している」「教育の機会均等に反する」との批判もあったが、十分に顧みられなかった。
 ところが、深刻な不況の影響で、今春、定時制高校の志望者は急増した。東京都立高校の定時制では、2次募集で300人を超える不合格者が出た。学費の高い私立高校に行けない生徒が志望したためだ。定時制高校の数や定員をあまりに減らしたことが響いている。
 入学者の増加は、決して良いことばかりではないらしい。定員いっぱいの状態では、定時制の特徴であるきめ細かい指導がしにくい。同年代の生徒ばかりになって多様性が薄れるとともに、学力差が生じ、いじめのようなことも起きるようになった。現場には「学び直しの場」としての存在意義が失われる危機感があるという(アエラ・5月17日号)。
 あまり好きな言葉ではないが、定時制高校は学びのセーフティーネット(安全網)なのだと思う。若い頃に学べなかった人はもちろん、志望した学校に行けなかったり、入った学校でうまくいかなかったりした若者たちに、もう一度、やり直す機会を提供する場である。多少コストがかかっても、いつでも、誰にでも開放されていることが必要だろう。そのために、定時制の体制を、いま一度、考え直すべきだ。
 弱者を大事にし、やり直しに大らかな社会でありたい。消費増税をはじめ、「強い」議論が飛び交うばかりの参院選の最中。映画を見た後、そんなことを考えた。

 

  

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第9回 定時制高校が学びの
セーフティーネットであるために
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    財政難や不況を口実に、
    さまざまな場面で「効率化」が進む昨今ですが、
    「効率」だけでは測れないものも、多分世の中にはたくさんあるはず。
    失敗しても、間違っても、やり直しのきく社会でありたい、と思います。

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どん・わんたろう

どん・わんたろう:約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。 派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。 「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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