B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吠えてみました」

 東京で山手線に乗って原宿から渋谷に向かうと、渋谷駅の手前で左側に細長い公園が垣間見られる。渋谷区立宮下公園である。駅から歩いて5分ほど。繁華街の真ん中にあって、喧噪から一息つける場所だった。立地の良い公園は、デモのスタート・ゴールや集会の会場にもなっていた。
 その公園で9月24日、渋谷区による「行政代執行」が行われた。当日の朝日新聞夕刊には「国や自治体などの行政機関の命令に従わない人に対し、その本人に代わって行政機関側が強制的に撤去や排除をすること」とある。「放置することが『著しく公益に反する』と認められる」のが条件という。穏やかでない。
 渋谷区は昨夏、宮下公園の命名権をスポーツ用品メーカーのナイキジャパンに年間1700万円の10年契約で売却した。ナイキは約4億円かけて、園内にスケートボード、ロッククライミング、フットサルの施設を整備し、「宮下NIKE(ナイキ)パーク」と通称をつけるそうだ。施設の利用は有料で、夜間は入れなくなるらしい。
 これに対して、公園内で暮らすホームレスの支援者らが「みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会」を結成。園内にテントを張り、芸術作品を置くなどして着工に反対してきた。行政代執行は、それらを退かし、工事を始めるための措置だった。
 代執行に先立ち、区は15日に公園を閉鎖して、園内のホームレスを半強制的に排除した。その後、何回か現場を訪れたが、入り口はすべてフェンスで封鎖され、前には警備員が立っている。代執行前日の23日、大雨の中での反対集会には警官も動員され、園内から区職員や警備員が何人も様子を伺っていた。異様な雰囲気に、とても残念な気持ちになった。
 区はこのまま公園の閉鎖を続け、10月はじめにも着工する予定だという。当初の計画より1年遅れになると説明している。
 公園の改修自体に、私は反対しない。もちろん、ホームレスの人たちに移動してもらうのに十分な時間をかける必要はあるが、一般論として彼らがいつまでも公園内にとどまることが決して良いとは思わない。命名権売却にしても然り。利用者の合意が得られたうえで、公共財産の使用目的から外れず、財政にも寄与するのなら、一つのやり方として認めて良いだろう。
 それにしても、渋谷区、ムキになりすぎである。お金を出してくれる企業のためには行政はここまでやるのか、と忠誠ぶりに妙に感心させられる。奔走している職員が、なんだか可哀想になってしまった。その「サービス」のエネルギーは一般市民にこそ向けてほしい、と願わずにはいられない。
 そもそも、公園って誰のためのものなのだろう。公園前の歩道で開かれた23日の集会で、反対派は道行く人たちから浮いてしまっているように見えたが、「みんなの公園を返せ」という主張には共感できた。公共事業に詳しい五十嵐敬喜・法政大教授も「企業がスポーツ公園に整備することを(行政代執行法の)公益と言うには、疑問を感じる」と朝日新聞でコメントしていた。
 そして、私が何より驚き腹が立ったのは、代執行の当日、東京新聞夕刊に載った桑原敏武・渋谷区長のセリフだ。いわく、「区関係者以外の人が集まってきて、『われらの公園だ』というのは筋違い。区民が使える公園にしなくてはならない」。
 偏狭である。だって渋谷区の財政って、簡単に言えば区外から来る人たちがお金を落とすからこそ潤ってきたわけでしょ。この不況下、区の今年度当初予算の伸び率は4.4%で23区の中でも高い方だし、88億円を貯金(基金)から繰り入れられるほど余力はある。区外の人たちも含めて、訪れる人みんなが憩える場を提供するのは行政の当然の責務であり、サービスだと思うけどな。なんか、渋谷で買い物や飲食をする気がしなくなってしまった。
 それから、区は今回の計画の利点として、区の持ち出しなしで施設が整備できることを挙げているが、これも検証が必要だろう。ナイキが造った施設は区に寄付され、その後の維持・管理には毎年4700万円かかる(25日付・朝日新聞朝刊)。当然、区の負担だ。年1700万円の命名権料は10年間の限定。長い目で見た収支について、よく考えた方がいい。
 「守る会」のホームページによると、区は命名権の売却に当たり、事前に基本プランを公開せず、区民らから意見も募集せず、「区長と一部区議のトップダウンで計画を実行に移した」という。ナイキに決める段階でも、公募や競争入札をしなかった。「民主主義的な手続きを無視したずさんなプロセス」と批判する。
 少なくとも、今回の計画が、公園を利用する多様な人たちの声をじっくり聞かないまま立てられたものであることは間違いないようだ。着工前に今一度、時間をかけて話し合う場を設けることは出来ないのだろうか。
 ところで、今回もマスコミの取り上げ方には疑問大だ。4月には着工を巡って緊迫していたのに、騒ぎ出したのは行政代執行になってから。それまでの記事だって、区役所情報の垂れ流し。中でも、公園の閉鎖を伝える16日付朝刊はひどかった。参考までに、朝日新聞東京版の記事を引用するので、区の広報発表とご照合ください(こりゃ現場に行ってないどころじゃなくて、区役所に電話だけして発表文を引き写した印象ですね)。

 渋谷区は15日、渋谷駅近くの区立宮下公園を立ち入り禁止にした。同公園は、スポーツ用品メーカーのナイキジャパン(東京都品川区)が昨年8月に命名権を取得し、約4億円をかけてロッククライミングが体験できる施設などを整備する計画だが、これに反対する団体が公園を占拠していた。
 区によると、当初は昨年秋に着工し、今年春のオープンをめざしていたが、当時、園内にいた約30人のホームレスを自立支援施設などに移すのに時間がかかったうえ、4月からは「団体による不法占拠のため、着工を見合わせてきた」(区土木部)。
 今回の措置は「この間、園内樹木の刈り込み作業ができず、JR山手線側へ枝落ちや倒木の恐れが出てきた」(同)ことに伴うもので、今後は団体の設置物の強制撤去も検討し、早ければ月内にも再整備にこぎ着けたい考えだ。

 

  

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第19回 公園を企業に「売る」
〜渋谷・宮下公園の場合〜
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    一企業による「有料化」に向けた整備が、果たして「公益」なのか?
    マスメディアではほとんど報じられてこなかったこの問題ですが、
    ネット上では以前から話題になっていて、
    その名も「宮下公園」というツイッターアカウント(https://twitter.com/miyashitapark)もあり。
    ナイキへの売却そのものへの賛否を別にしても、
    新聞報道だけを読んでいるのとはまったく違う「事実」が見えてきます。

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どん・わんたろう

どん・わんたろう:約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。 派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。 「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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