B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吠えてみました」

 コンピューターウイルスを作って他人に迷惑をかけた奴を罰するんだったら、仕方ないじゃん。取り締まる法律がなくて、器物損壊罪とかで立件しているっていうし。
 「ウイルス作成罪」の創設を盛り込んだ刑法・刑事訴訟法などの改定案が今国会に提出されると聞いた時、人の良い私は(恥ずかしながら)無邪気にそう思った。
 ところが、法案に反対する人たちの間では「コンピュータ監視法」と呼ばれていると知って驚いた。2月8日に東京・渋谷で開かれた反対集会に赴いて山下幸夫弁護士の話を聞き、中味の危うさにさらに驚いた。
 問題点の一つが「通信履歴(ログ)の保全要請」である。発信者・送信先・日時といったメールのヘッダー部分について、捜査機関がプロバイダーなどに対し、特定の人のデータを一定期間、消去せずに保存するよう要請できる制度だそうだ。
 これが令状なしで可能になる。令状請求すれば裁判所のチェックがあるが(実際は有名無実化しているとはいえ)、歯止めなしに捜査機関の判断で自由にできるのだ。データを保存する「一定期間」は60日以内になるらしいが、その間に令状を取れば履歴を差し押さえられる。捜査機関にとっては、犯罪の根拠は不十分だけれど「あいつは怪しい」と睨んだ段階で関係者を含めて幅広く履歴の保存を求めておき、保全期間を利用して令状請求に必要な犯罪の資料を集めていけば良い、という甚だ好都合な仕組みである。もちろん、保全要請があったことは本人には知らされない。
 プロバイダーやサイト管理者の企業などには「協力義務」が課されるから、保全要請自体が事実上の強制捜査とも言える。山下さんは「日本では通信履歴も『通信の秘密の保障』の対象になると考えられており、憲法21条を侵す恐れがある」と指摘していた。
 プロバイダーにとっても負担が重くなりそうだ。保全要請が乱発されれば、事務的・技術的な手間はバカにならない。しかも、経費はプロバイダーの負担だ。結果的に、利用料金に転嫁されることも起こり得るだろう。
 メールを差し押さえる際に導入される「リモート・アクセス」と呼ばれる方法にも、大きな問題がある。たとえば、1台の携帯電話への差押令状さえ取れば、携帯会社のセンターに保存されていて、その端末から呼び出し可能なメールや留守番電話の録音も一緒に差し押さえられる。1台のパソコンに対する令状で、サーバーに保存されたメールなどのデータが一網打尽だ。LANでつながっているサーバーも対象になるから、企業の場合なら、本社のパソコンへの令状1枚で全支社のデータまで差し押さえられてしまうかもしれない。現行ではサーバーごとに令状を取っており、捜査機関の手間は大幅に縮減される。
 山下さんはこの方法が「捜索する場所を特定して令状に明示するように定めた憲法35条に違反する」と主張する。少なくとも、差し押さえられる対象の範囲をあらかじめ限定しておく必要を訴えていた。
 さらに、ウイルス作成罪(正式には「不正指令電磁的記録作成罪」と言うらしい)も、決してもろ手を挙げて賛成できるものではなかった。インターネットにつながっていないパソコンでプログラムを「作っただけ」で成立するから、ウイルスかどうか分からない段階で、かなり恣意的に適用される恐れがある。ウイルスを使用せずに危険を発生させていなくても「3年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金」という罰則は重すぎる、との批判も出ているようだ。
 この法案は2004、05年にも国会に提出されたが(恥ずかしながら、よく知りませんでした)、「共謀罪」とセットになっていたため一緒に廃案になった。今回は共謀罪と切り離し、「ウイルス作成罪」を前面に打ち出して成立を目指す。手口が巧妙ですな。
 2001年に日本も署名したサイバー犯罪条約なるものが拠り所になっているそうだ。この条約を批准するために国内法の整備が必要、という理屈らしい。でも、山下さんに言わせれば、条約自体が「各国の官僚が集まって、人権の観点もなく警察や検察がやりたいことを書いただけ」とのこと。「国際的に必要」と言われれば一般国民は納得してしまいがちだし、マスコミもイチコロだろう(そう言えば「国際派」の朝日新聞は15日現在、今回の法案提出について全く報道していない)。実に頭の良いやり方だ。そして、今回の法案が可決されれば、もともと一体だった共謀罪の成立に向けた動きが、またぞろ蠢き出すと予想していた。
 確かに、エジプトやチュニジアを見ても政権打倒のうねりはネットから広がっているから、官僚たちは、その影響力への危機感を相当強めているに違いない。尖閣映像や警視庁情報がネットへ流出する、なんて事件も続いた。だから、本来の必要以上に幅広く監視できるようにして、思い通りに取り締まれる術を確保しておきたい、という狙いがミエミエである。
 それにしても民主党政権、こんな法案を国会に出そうとして何とも思わないのか。多少なりとも期待していた江田法相は、1月25日の記者会見で法案について問われ、「ちょっと勉強不足で何ともお答えできるほどの私の見解を持っておりません」と答えたそうだ(法務省のHP参照)。本当に情けない。
 メル友が捜査対象になったために、知らないうちに自分のメールが「監視」されているかもしれない。パソコンで携帯で、メールを利用していれば、あまねく関係してくる法律だ。それにしては、内容を議論する時間があまりに足りない。幅広い層の人たちが今すぐ声を上げなければ手遅れになる。

 

  

※コメントは承認制です。
第36回 かなり危ないコンピュータ監視法案」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    「犯罪を防ぐため」「きちんと罰するため」と言われれば、
    必要なのかな? とも思ってしまいがちだけれど、
    その背後で、どんどん私たちへの監視の目が強まっていくとしたら。
    少なくとも、こうした「改正」の内容や問題点が、
    十分に周知されているとはとても言えないのでは?

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どん・わんたろう

どん・わんたろう:約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。 派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。 「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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