マガ9学校やりました。

10月9日(火)19:00~21:00
@カタログハウス本社 地下2階セミナーホール

希望は、商店街!~札幌カフェ・ハチャムの挑戦と社会的包摂~講師:中島岳志さん(北海道大学准教授)

コラム「希望は、商店街!」でもおなじみの中島岳志さんは、北海道札幌市に暮らし、地元の発寒(はっさむ)商店街の人たちとともに「カフェ・ハチャム」を運営しています。ここは、誰もが気軽に立ち寄れて、ときには地元住民が主役のイベントも開催されるコミュニティカフェ。かつて、シャッター通りと化していた発寒商店街に、活気を取り戻す拠点となっています。中島さんが、カフェ・ハチャムを始めた理由は、人々が支え合う「社会的包摂」を再構築することでした。カフェ・ハチャムの成り立ちをたどりつつ、社会的包摂の意義について語っていただきました。

中島岳志(なかじま たけし)
中島岳志(なかじま たけし)1975年生まれ。北海道大学准教授。専門は南アジア地域研究、近代政治思想史。『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中公新書ラクレ)、『中村屋のボース─インド独立戦争と近代日本のアジア主義』(白水社)、『パール判事─東京裁判批判と絶対平和主義』(白水社)、『朝日平吾の鬱屈』(筑摩書房)、『秋葉原事件―加藤智大の軌跡』(朝日新聞出版)など著書多数。「ビッグイシュー」のサポーターであり、「週刊金曜日」の編集委員を務めるなど、思想を超えて幅広い論者やメディアとの交流を行なっている。twitter はこちら→@nakajima1975

 講演の前半は、「今の時代に合ったコミュニティのあり方」がテーマになりました。社会の流動性が高まり、映画『三丁目の夕日』の時代のような密なコミュニティを求める風潮がありますが、中島さんは「基本的には賛成」としながらも、安易な過去への回帰には慎重な姿勢をとっています。

 「確かに、昔のコミュニティは社会的包摂が機能していました。しかし、同時に排除の力学も働いていたコミュニティです。町内会や青年会、あるいは農協などでうまくやっているうちは、ちゃんと再配分を受けられます。でも異議を呈したり、人とは違う行動をとったりすると、とたんに排除されます。こうしたコミュニティのあり方は個の主体性や自由を奪うとして、戦後すぐから議論になっていました」

 では、今の時代に合ったコミュニティとは、どのようなものなのでしょうか。中島さんは、ロバート・パットナム(アメリカの政治学者)が提唱した「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」という概念を用いて説明します。

 「ソーシャル・キャピタルとは、簡単にいうと、信頼関係に基づいて行動できるベーシックな人間関係のことです。パットナムはイタリアの地方政治を分析し、デモクラシー改革が進んでいる北部の都市はソーシャル・キャピタルが分厚いことに気づきました。例えば、ゴミ問題などが起こると人々が集まって協議し、行政に訴え出るのですが、これは行政と個人の間に”中間的な領域”があるからできることです。一方、改革があまり進んでいなかった南部は中間的な領域が少なかったといいます」

 この”中間的な領域”は、包摂性の高い社会作りにおいて重要なカギを握るようです。

 「パットナムは、現代社会でコミュニティを作り直すには、2つのキーワードがあるとしました。『ボンディング』と『ブリッジング』です。前者はボンド、絆のようなものです。毎日顔を合わせる密着した関係性のことで、かつてのコミュニティと同じです。そのままでは必ず排除が始まりますが、これは人間の常で、規範でなくせるものではありません。パットナムはブリッジング、つまりコミュニティとコミュニティを橋渡しすることで、新しい社会が生まれると言いました」

 中島さんは日本の地域社会に置き換えてこう話します。

 「最近、町内会は必要か必要でないかが議論になりますが、私はあったほうがいいと思います。しかし”町内会しかない社会”では、排除されたらその地域で生きにくくなってしまいます。だから町内会以外に、NPOや趣味のサークルなど別の集まりが必要です。飲み屋でだけ会う人の集まりでもいい。『町内会がダメでもほかがあるさ』と人々が多元的な関わりを担保できる”町内会もある社会”。つまり、ボンディングとブリッジングが掛け合わされた社会が、これからのコミュニティのあり方ではないでしょうか」

 ブリッジングを機能させるには、いわゆる「斜めの関係」も重要だと中島さんは強調します。上司部下、あるいは先生生徒といった縦の関係や、同僚や同級生など横の関係は、利害関係が伴うぶん、重要なことを相談しにくい側面があるからです。

 「仲がいいから言いにくいことは、たくさんあります。例えば、夜泣きする子どもに手をあげそうになった母親は、愛があるがゆえに夫には言いにくい。しかし、地域社会とまったく関係ないところで出会った別の母親にだったら、初対面なのに話せたりします。また、大学生が中学高校に赴いて生徒たちと車座になって語り合う『NPOカタリバ』の人たちの話によると、いじめを受けていることを先生や親に打ち明けられなかった子も、そこでは話すことができるといいます。大学生は、利害関係がない他者だからです。生きやすい社会にするには、こうした斜めの関係をいかにブリッジングするかが重要になります」

 そこで中島さんが注目したのが商店街でした。発寒商店街は、かねてからシャッター通り化していることが問題になっていた町です。中島さんは、カフェ・ハチャムを開くきっかけになった、おばあさんとの出会いについて振り返りました。

 「雪深い2月に発寒に行くと、大きな買い物かごを持って歩くおばあさんがいました。とても重そうだったので、『持ちましょうか』と声をかけると、『いえいえ、いいですよ』といいながら話してくれました。以前は発寒にも『ジョイ』というスーパーがあったけれど撤退してしまい、生鮮食品が買えなくなった。だから週に一回、病院に行くついでに隣駅の町で買い込んでくるというのです。発寒は、190万都市の札幌から3駅しか離れていない交通の便がいい地域なのに、買い物難民がいる。その事実が可視化された瞬間でした」

 日本の商店街の衰退は60~70年代から始まったそうです。ダイエーやイトーヨーカ堂など中央資本の大型スーパーをめぐる動きに、商店街は翻弄されてきました。

 「1973年に大型スーパーの進出が大規模小売店舗法(旧大店法)で規制されると、商店街には中型スーパーが増えました。反対もありましたが、次第に中型スーパー+専門店という構成が定着。生鮮食品はスーパーに任せるという形になり、商店街には畳屋や布団屋、洋品店などの専門店が残りました。しかし、2000年代になって大店法が緩和されると、大型スーパーにお客さんが集中して中型スーパーが撤退。発寒のジョイも、そうした中型スーパーでした。結果、生鮮食品を買う場所のない商店街付近には来る人が減って、残っていた専門店もシャッターを下ろします」

 このような状態の商店街を、どうやって”中間的な領域”にするか。中島さんは、商店街が持つ2つの機能に可能性を感じたといいます。

 「商店街をよく見ると、買い物をしないのに店主としゃべっている人が多いんです。大型スーパーで店員と10分も話していたら迷惑ですが、商店街ではよく見かけます。布団なんてめったに買わないものなのに、いつも布団屋さんをのぞいていく人もいます。『おはよう』『元気?』とお互いの存在確認の場なんですね。まるで”長い縁側”のような社会的包摂の機能を、商店街はもともと持っていました」

 もう1つの可能性は、古くから商店街に残る店が”なぜつぶれないか”という、傍目から見ても謎に感じられることでした。

 「商店街の布団屋さんは、新品を売るだけでなく布団の打ち直しやレンタルによって利益を得ています。時計屋さんもそう。時計が壊れた時の修理です。私達が自転車屋さんに行くのだって、新品を買うよりパンクの修理のほうが多いでしょう。商店街は、リペア業で成り立っている店が多いのです」

 2008年5月、中島さんはレギュラー出演しているラジオ放送「中島岳志のフライデースピーカーズ」で発寒商店街を取り上げました。「商店街が持っている社会的包摂とリペアの機能は、21世紀の価値観である」と放送すると評判になり、同年8月「縁側機能を復活させるためにカフェでも作ろう」と、カフェ・ハチャムが誕生しました。計画当初は、商店街の店主たちがなかなか腰を上げなかったという課題を乗り越えてのことです。

 「商店街振興組合はメンバーが高齢化していて、事なかれになっていることが多いんですね。特に、アパート経営などの収入があって店を閉めても困らない人たちは、新しい人に店舗を貸しません。まずは彼らをエンカレッジする必要がありました」

 中島さんは、教え子の大学生たちの協力を得ることにしました。といっても、やみくもに学生を使ったわけではありません。斜めの関係の力を活用して、商店街に”風穴”を開けたのです。

 「商店街にカフェを作ろうと思うといったら、授業とは関係ないのに『やりたい』と手を挙げる学生が大勢いました。彼らには、商店街マップを作らせました。外の人に来たいと思わせるような、商店街の特徴をつかんだマップです。学生たちは、商店街に入って店主に話を聞きました。最初は乗り気じゃなかった店主も、自分の話に若者が熱心に聞き入る姿を見て、次第に生き生きと語るようになります。利害関係のない異質な他者が来ることで、コミュニティが活性化したのです」

 こうして店主たちを巻き込んでいったカフェ・ハチャムですが、誰もが来やすい場にするために、中島さんはいくつかの点にこだわりました。1つは、毎週土曜にイベントを開催することです。

 「私もあちこちのコミュニティカフェを見てきましたが、こういうカフェは客の固定化が起きやすいんですね。まさにパットナムのいうボンディングの関係ですが、空気を読める常連客にとっては居心地がよくても、ほかの人には入りにくくなってしまいます。イベントを開催するのは、カフェを流動的な場にして、ブリッジングを作るためです」

 毎週のイベント開催はネタが尽きないか気になるところですが、中島さんは「タモリ倶楽部方式」によって乗り越えてきたとか。

 「タモリ倶楽部はかなりマニアックなテーマで番組を作っていますよね。線路だけとか、酒のつまみだけとか。でも視聴率はある。私は番組を見ていて、みんなが興味を持つイベントよりネタを絞ったほうが人が来るという原則に気づきました。英会話教室よりもスワヒリ語教室。ギター教室より馬頭琴教室。それなら広域的に20人くらいのお客さんが集まって、ブリッジングできるんです」

 中島さんは、カフェの店名にもこだわりました。「ハチャム」とは発寒のもとになったアイヌ語で、「地名にちなみつつ抽象的な名前にした」と言いますが、一方でダメな例としてよくある店名とは…。

 「コミュニティカフェで多いのが『ふれあいカフェ』という店名。運営者の思いが高じるほど、こういう名前になるのですが、来る人のことを考えてみてください。『さみしいの? 悲しいの?』と聞かれそうで入りにくいでしょう。特に中高年は、面倒くさいと思うはずです。だから、発寒商店街の店主たちには『一歩、引いてみましょう』と言って、ハチャムという抽象的な名前にしました。同じ理由でカフェの外観も大事にしています。外壁に絵を描いてもらい、おしゃれなカフェにしたのです。よく、コミュニティカフェというと、折り紙で作った飾りなどが窓から見えたりして、手作り感満載のところがあるのですが、かなり入るのに勇気がいります(笑)」

 もう1つ、無料の憩いの場ではなく、ちゃんとお金を取るカフェにしたことも中島さんのこだわりでした。

 「無料でお茶をふるまう公民館などもありますが、多くは失敗するか、同じ人しか来なくなります。そうなると、『あの人はまた来ている』などと排除が始まり、行きにくい場所になってしまう。逆にお金をもらったほうが、色んな人が来られるようになります。本当の目的はカフェで和み、話をすることでも『コーヒーを飲みにきた』という顔ができる方がプライドを傷つけず、優しいのです。コーヒー代はもうからない値段ですけどね」

 現在、発寒商店街にはシャッターが閉まったままの店はなくなりました。カフェ・ハチャムの2号店を作ろうとする若者や、新しい魚屋を開きたいという若者が参入して、地元の店主たちもそれを受け入れています。中島さんは「壁を穿つのは大変でしたが、もともと色んな人が来る商店街は、社会的包摂のポテンシャルを持っています。ボンディングだけのコミュニティではなく、ブリッジングをかけた新しい公共的な空間になり得るのです」と語ります。

 コミュニティの崩壊を放っておくのでもなく、『三丁目の夕日』の時代に回帰するのでもない。発寒商店街の軌跡は、誰もが生きやすい社会作りへの希望を感じさせてくれました。

koe

●アンケートに書いてくださった感想の一部を掲載いたします。(敬称略)

いつも疑問に思っていたこと、すこしだけ「明かり」がつきました。話を聞いていたら、自分は斜めの関係、けっこうやっているかも? ありがとうございました。(匿名希望)

「フライデースピーカーズ」のポッドキャストを最近よく聞いていたので、楽しく講義を聞きました。特にロバート・パットナムの「孤独なボウリング」の話はラジオでも少し触れられていて、もう少し深く聞きたいと思っていたところでしたので、有意義でした。後半で述べていた「日本人と宗教」「死者との問題」をテーマに、また中島先生の「マガ9学校」をやって欲しいです。(匿名希望)

なぜ商店街なのか? がよく分かりました。「別のことをしにきた顔ができる」ことの大事さ、よくわかります。本当のことを話せる人や場所が、誰にでもあって欲しい、と思います。(匿名希望)

とても明快で分かりやすく話してもらいました。商店街の話がやはり興味深かったです。よく考え抜かれたコンセプトで商店街の再活性化が実現されていることが、分かりました。思いつきではダメで、どれだけ深い人間理解の上に構想−実践されるかが大事ですね。(匿名希望)

縦と横の関係だけだと立体的でも面の広がりにしかならないけれど、斜めの関係を加えたとたんに、立体の内部全てが有機的につながっていくのだな、と思える話でした。さらにウィーク・タイズが大切との話にも納得。強いつながりだけでは、できた立体でも固定化されてしまうけれども、弱いつながりがあれば、立体は自在に変形していくと思います。私の関わっている組合でも「高齢化・弱体化」と「思いが高じるからこそのハードルの高さ」があると思うので、「ブリッジング」と「お節介の引きだし」をキーワードに、新たな関係性をつくりはじめたいです。(匿名希望)

自分の知っているところにもシャッター商店街はたくさんあるので、どのように盛り上げていったかの話は、すごく興味深く聞きました。中島さんの場合は、大学のゼミぐるみでやりやすい環境だったから成功したのでは? と思っていたのですが、話の中に自分でも実用できそうなアイディアもあったので、お話が聞けて良かったなと思いました。無縁社会を何とかしたいという気持ちはずっと持っていたので、何か社会や人に役立つことを少しでもやってみようと思います。(匿名希望)

私の住む町にもシャッター商店街があるので、発寒のような例を聞くと大変うれしく思います。発寒にも是非行ってみたいです。(田中豊)

ひとつの商店街がどのように息を吹き返したのかが、よく理解でき大変面白かった。地域社会にとっての商店街の重要性について興味深い内容である一方で、大きな経済(グローバルや大資本が作り出す経済)の台頭する現代における商店街という小さな経済の役割について、どう考えたのかという点も聞いてみたかった。でも大変満足しています。(角野渉)

商店街という身近なところから、政治や哲学の話というとても大きなところとリンクしていてその幅がすごいと思いました。主体性が重要だなと思いました。(匿名希望)

理論から実際の取り組みまで、本当に分かりやすく学びました。ノスタルジーではなく、今の時代にとっての商店街の意義に共感します。斜めの関係を育む商店街、是非、たくさん生まれて欲しいです。(三浦慶太)

楽しく拝聴させていただきました。地元の商店街の活性化など、東北の仮設商店街のイベント、まちづくりのアイディアとさせていただきます。ありがとうございました。自立がキーワード。良い示唆をいただきました。(匿名希望)

 

  

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