小石勝朗「法浪記」

 憲法改正の手続きを定めた国民投票法の改定案が5月9日に衆議院を通過し、今の国会で成立する見通しになった。国民投票の投票資格者の年齢を4年後に「18歳以上」に引き下げ、国民投票にあたって公務員個人の意見表明や他人への働きかけを認めるのが柱だ。そこだけ見れば「若者の政治参加を促す」「公務員の権利を守る」と前向きに評価できなくもない。

 しかし、この2点は2007年に国民投票法が成立した際の「3つの宿題」だったことに注意が必要だ。今回の改定案に盛り込まれたことで、実際に国民投票を実施するためのハードルが解消され、改憲の環境が整いつつある、と見ることもできる。というか、改憲派にとっては、そういう位置づけだろう。

 しかも、改定案が共産党と社民党を除く「7党合意」によって共同提案されたことも大きい。自民党からは早くも「実際の改憲案の策定や発議にあたっても、この枠組みを生かしていきたい」という声が聞こえてくる。

 ちなみに、宿題の残る1つは、国民投票の対象を憲法改正以外の一般的な事項に広げること。たとえば「原発」「安保」「脳死」といったテーマで国民投票を実施できるようにするものだが、間接民主制との整合性などを理由に「将来の検討課題」と先送りされてしまった。政治と民意の乖離がどうにも気になる時代にあって、個人的には、この制度の導入こそが一番重要だと思うのだが。

 改憲派にとっては、2012年暮れの衆院選に続き、昨夏の参院選で改憲勢力が躍進したことも追い風だ。そんな背景があるだけに、今年の憲法記念日、改憲派の集会は盛り上がりを見せた。東京都内で開かれた民間憲法臨調主催の「公開憲法フォーラム」を覗くと、作家の百田尚樹氏が登壇したこともあってか会場を埋めた聴衆は昨年より明らかに多く、「いよいよ改憲が視野に入ってきた」との意気込みを感じさせた。その様子を報告したい。

 象徴的だったのは、特別報告をした百地章・日大教授(憲法)の話だ。改憲を容認する勢力が衆議院で発議に必要な3分の2を超え、参議院でも3分の2に近づいていることを挙げて、「今こそ憲法改正を実現する最大のチャンス。逃したら二度と巡ってこない」と強調。「護憲派も必死なので決して油断はできないが、それを上回る熱意で自信を持って立ち上がろう」と気勢を上げた。

 気になるのは、どうやって改憲を進めようとしているのか、その戦略である。

 自民党の船田元・憲法改正推進本部長は、安倍首相が進める集団的自衛権の行使容認に触れ、「9条改正までには時間がかかるのだから、現在の危機的な状況を考えると解釈改憲は当然」と説明し、明文改憲の「順番」について次のように語った。

 「憲法改正案は、項目を分割して提案することになる。国民投票は1回では終わらない」「9条は国民の議論が割れている。まだ日本は国民投票に慣れていないし、もし改憲案が否決されれば、しばらく発議できなくなる。姑息かもしれないが、環境権、89条(公の財産の支出・利用の制限)、緊急事態条項あたりから改正を発議し、国民投票への『慣熟運転』をした後に9条を問うのが現実的だろう」

 これに対して、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が「姑息」という表現に反応。「現実的に、政治的に、正しいやり方。姑息ではない」と指摘して、改憲要件を定めた96条をはじめ「まわりからの改正」を主張し、船田氏が「堂々と現実政治の中に位置づけて進めていく。96条も、できれば1回目の改正の中で問いたい」と釈明する一幕もあった。

 西修・駒沢大名誉教授(憲法)も、改憲の第1グループとして、船田氏の挙げた項目に9条2項や家族条項(24条)を加えたうえで、「(発議に必要な衆参両院の)3分の2を突破するために現実的な考え方も必要」とコメントしていた。

 全般に「改憲を実現させるためなら多少の妥協は辞さない」というムード。さらに9条改正という本丸に向かって、どうやったら有利に進められるかを現実の政治に即して検討している様子が伝わってきた。護憲派が見習うべき点に違いない。

 最初の国民投票の日程についても、早くも言及があった。前出の百地教授は、2年後(16年夏)の参院選を衆院選とのダブル選挙にしたうえで、さらに改憲を問う国民投票をぶつけることを提案していた。投票率を上げて無党派層を取り込むとともに、衆院選・参院選とリンクさせることで改憲派を総動員した運動を展開するのが狙いだ。

 決して荒唐無稽なアイデアではないと思う。むしろ、安倍政権なら「自分たちに有利」と判断すればやりかねないと考えた方が良いだろう。改憲派は「国民投票が最大の難関」と捉えており、すでに具体的な照準を定めて着々と布石を打ちつつあることに注意が必要だ。うかうかしていると、改憲派のペースで事がどんどん進められていきそうだ。

 そうそう、印象的だったのは百田尚樹氏の発言だ。曰く、「護憲派は大バカ者に見えるが、戦争を起こしてほしくないという目的は、改憲論者も同じ。どちらにリアリティーがあるか、戦争の抑止力があるか、話していきたい」。

 うーん、ちょっと違うような気もするが、なんだか妙な説得力がある。こういう論理で来られたら、国民はけっこう「9条改正賛成」に傾いてしまうのかもしれない、と考えさせられてしまった。

 櫻井氏も、アメリカや中国をめぐる国際情勢をもとに「いざとなればアメリカが日本を守ってくれるから大丈夫という考えは留保すべき」と唱えていたし、百田氏や西氏は、他国の改憲の回数を並べたうえで一度も改正していない日本国憲法を「世界最古の化石憲法。社会情勢が変われば改正は当たり前」と揶揄していた。なかなか分かりやすい説明ではあり、そこだけ聞けば納得させられてしまいそうな気がした。

 こうした改憲論者の理屈や戦略を、いろんな意味で護憲派も学び、対抗軸をしっかりと築いていかなければなるまい。「9条を守れ」と叫ぶだけでなく、一般の国民が受け入れやすい言葉で主張を広げ、議論を交わしていくことが求められているのだと思う。

 「解釈改憲による集団的自衛権の行使容認」は、もちろん喫緊のテーマだ。だが、そこにとどまらず、明文改憲という、さらにその先をも見据えた取り組みを進めなければならないと強く感じた今年の5・3であった。

 

  

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第27回
意気上がる改憲派の戦略は?
」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    「改憲」が手段ではなくて目的化していることに強い違和感を覚える一方、著者が指摘しているように「戦略」の面では、護憲を訴える勢力よりも「改憲派」のほうが、一歩先んじていることは認めざるを得ないかも、とも思います。彼らの手のひらの上で踊らされるわけにはいかないけれど、そのために私たちはどうすべきなのか? ゆったりと構えている余裕は、もうないのかもしれません。

  2. 近隣の国際情勢に関しては、結局あちらの民主化勢力と手を組んで、東〜東南アジア全体を網羅するようなネットワーク作りをしていくしかないんじゃないのかな〜?安倍政権も潰すが、中国共産党もアメリカも全部ぶっ潰す的な方向で。まあ潰すというと爆弾闘争とかになっちゃうから、もう少し穏便に全てに対する対抗勢力して。

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小石勝朗

こいし かつろう:記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。 共著に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)。

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