小石勝朗「法浪記」

 たしかに、裁判で求めているのは原子力発電所の建設中止である。しかし、法廷で意見陳述を聞いているうちに、この裁判の本質はむしろ別のところにあるのではないか、と強く感じるようになった。

 北海道函館市が、対岸の大間原発(青森県大間町)の建設・運転差し止めなどを求めて起こした訴訟。東京地方裁判所で7月3日、第1回口頭弁論が開かれ、工藤寿樹・函館市長が意見陳述をした。この訴訟について改めて考えてみたい。

 本州最北端に建設中の大間原発と函館市との距離は、最短で23キロ。間は津軽海峡で遮るものはないから、ひとたび事故が起きれば函館市も甚大な被害を受ける可能性がある。しかし、函館市には原発建設や運転への「同意権」はなく、逆に3・11後には、30キロ圏内(UPZ)の自治体として事故の際の避難計画の策定を国に義務づけられた。しかも、3・11でいったん停止した大間原発の建設工事は、1年半後に再開された。納得できる説明はないままに、だ。

 函館市は「極めて横暴で強圧的なやり方だ」と怒り、大間原発建設の「無期限凍結」を掲げて踏み切ったのが、この裁判である。自治体が原発の差し止め訴訟を起こしたのは、全国でも初めてのこと。事業者の電源開発(Jパワー)に対して建設・運転の差し止めを、国に対して原子炉設置許可の無効確認などを求めている。

 訴訟の概要については、2月の拙稿「自治体による原発差し止め訴訟が意味すること~大間原発をめぐる函館市の取り組み」をお読みいただきたい。今回は工藤市長の意見陳述の内容をトレースしながら、訴訟の背景を検証してみる。

 印象的だったのは、国と電源開発に対する根深い不信感だ。

 「避難計画の策定を義務づけられ、住民を安全に避難させる責任を負わされたにもかかわらず、国や事業者は30キロ圏内の市町村には説明会や意見を言う場を設定しない。ましてや建設の同意を求めることを一切行わず、無視している状況にある。私たちには、それが全く理解できない」

 「最悪の事態を想定した実効性のある避難計画を作るためには、まず被害の想定をして、多くの課題について十分な検討をする必要があるが、その前提となる事故の想定が国や事業者から何一つ示されていない。最大でどの程度の放射性物質が放出され、どれくらいの時間で北海道側に達し、どのくらいの期間にわたり、どの範囲まで影響が及ぶのか、そして、どの程度の被害が生じるのか。このようなことが全くない中では、避難計画の立てようがない」

 建設工事を電源開発が再開したことに対しても「福島の原発事故以前と同じように北海道側には何の説明もなく、私たちの意見を聴くこともなく、また、私たちの意向を一切斟酌することもなく、一方的に再開を通告しに来ただけだった」と強く批判した。

 「自然災害とは異なり原因者が明らかである原子力災害では、避難計画を作るのは、周辺自治体の同意を得ずに原発を造る事業者、あるいは、それを認めた国がやるべきだ」という要求には、一理あると感じないわけにはいかない。

 この裁判を多くのマスコミは単純に「脱原発訴訟」と位置づけて報道しているけれど、こうした市長の主張を見れば、根底に「地方は国が決めたことに無条件で従わなければならないのか」との古くて新しい問題提起が横たわっていることがよく分かるのではないだろうか。まず「国と地方の関係性」という大きなテーマがあり、その具体的な論点が「原発」だと受けとめるべきなのだと思う。

 マスコミはあまり触れていないが、現に工藤市長も記者会見で「この訴訟を反原発や脱原発(の立場)で論じたことはない」と強調し、脱原発運動とは一線を画す姿勢を示し続けている。ちなみに、工藤市長は副市長まで務めた市役所の生え抜きで、決して「リベラル系」の経歴を持つわけではない。

 もちろん、人の生命や財産と密接にかかわる「原発」だからこそ、主張の中身が重くなるのは当然のことである。意見陳述で工藤市長は、大間原発の特殊性を中心に主に5つの問題点を説明した。

 中でも注目されるのは「テロの危険」だ。大間原発が面している津軽海峡は国際海峡なので、領海が通常の12カイリ(約22キロ)ではなく、3カイリ(約5・5キロ)しかないのだという。「国籍不明船であろうがどのような船でも自由に航行でき、時速数十キロの能力のある高速艇であれば、あっという間に原発に突入することができるという、テロ集団にとって格好の位置に建設されている」と工藤市長。

 大間原発は、全国の原発の使用済み核燃料から取り出したプルトニウムとウランを混ぜたMOX(モックス)燃料だけで発電する「フルMOX」と呼ぶ方式だ。プルトニウムは毒性が非常に強く、事故が起きれば通常のウラン原発以上に大きな危険性があると懸念されている。付け加えれば、フルMOXの原発は世界でも初めてなのに、事業者の電源開発には原発運営の経験がない。

 フルMOX自体が問題点の1つだが、テロの危険が加わって「安全保障上、世界で最も大きな危険性を抱えた原発」との指摘は、これまであまり触れられなかった点でもあり、見過ごせまい。

 この2点のほかにも、①福島第1原発事故を招いたずさんな審査基準で許可されたまま、原子力規制委員会の新規制基準の策定も待たずに建設を再開した、②建設地の北方や西側の海域には巨大な活断層がある可能性が高いと言われている、③現在ある発電所で電力の需要は十分に賄えており、あえて大間原発を新設する必要はない、と列挙した。

 函館市はこれらの問題点を一貫して国や電源開発に申し入れてきたのに「納得できるような説明はこれまで一切ない」という。とくに国に対しては「一方的に建設ありきの発言を繰り返し、住民の不信感や不安を払拭しようとする姿勢は感じられない」と厳しく批判した。

 この日の口頭弁論では、国の代理人も意見陳述をした。通常、こうした訴訟の第1回口頭弁論では国は答弁書を提出するだけで、意見陳述をするのは異例のことだ。

 ただ、その内容はあまりに冷たいものだった。訴えの却下、つまり門前払いを求めたのである。

 函館市は訴訟の根拠として「地方自治体の存立を求める権利(地方自治権)」を掲げている。大間原発が稼働すれば福島のような重大な事故が発生する危険性は高まり、自治体が崩壊するほどの壊滅的被害が現実のものとなってくる。そこで、憲法の「地方自治の本旨」に由来する地方自治権を打ち出し、原発事故によるこの権利への侵害を排除・予防するために原発の建設・運転の差し止めを求める、という論理構成をとった。

 さらに、原発事故が起きれば市の庁舎、市有地といった多数の市有財産が使用できなくなることから、市の所有権(財産権)に基づく「妨害予防請求」としても原発建設・運転の差し止めを求めている。

 国はこれらに対して「地方自治権は憲法が保障する具体的な権利義務ではない」「地方自治体の財産権は個人の財産権と異なり個別的利益ではなく、保護の対象にならない」と立論した。法律の言葉では、前者を「法律上の争訟性がない」、後者を「原告適格がない」と言うそうだが、いずれにせよ中身の論争に入らずに訴えを却下するように求めた。

 国の代理人にしてみれば従来の法律解釈や判例に則って、まずは入口で裁判を終結させようと企てたのだろうが、ここでも「地方は黙って国の言うことに従っていればいいんだ」という態度が透けて見えたように感じた。

 函館市の弁護団はただちに反論し、「福島の例を見れば、原発事故が起きると自治体が機能しなくなる、つまり自治体の生命が失われている。地方自治体の存立を求める権利が議論されてこなかったのは、あれほどの災害がなかったからで、今や実体ある権利として扱うべきだ」「3・11後に改正された原子炉等規制法には『国民の財産の保護』が明記されており、地方自治体に原告適格はある」と述べた。

 まずはここが最初の争点になりそうだ。次回の口頭弁論は10月29日。函館市が国の主張に改めて反論する書面を出し、電源開発がこれまでの経緯や詳しい主張をまとめた書面を提出する予定だ。

 それにしても、国の理屈に従って自治体がこうした訴訟を起こせないとなれば、弁護団が閉廷後の記者会見で語ったように「じゃあ市はどうすれば良いのか。福島のような被害を受けても文句を言えないのか」と疑問を持つのが一般的な受けとめではないだろうか。「時代錯誤的な主張。姑息な手段。正々堂々と安全性を立証すべきだ」と、弁護団から国への批判はとどまるところを知らなかった。

 前回の拙稿で触れたが、国にしてみれば大間原発はフルMOXの原発だからこそ、おいそれとは計画を撤回しないであろうことが予想される。国内の原発の使用済み核燃料から取り出したプルトニウムは核兵器に転用可能だが、44トンもたまってしまっており、消費する道筋をつけないと「日米原子力協定に反する」とアメリカに追及されかねないからだ。

 であれば尚更、今からでも周辺自治体を含めて、工藤市長が求める「丁寧な対応」をとっていくことが不可欠なのではないだろうか。少なくとも「国の言うことに地方は従っていればいいんだ」という姿勢が、地方分権の時代に全くふさわしくないことは言うまでもない。

 最後に、もう1点。

 国と地方が共生していくためには何が一番大切なのか、この裁判は考える材料を提示している。そして、そこを突き詰めることによって、自ずと原発をどうするかの結論が導かれていくだろう。「脱原発」を叫ぶだけよりも、説得力があり、広がりがある。なぜなのか。脱原発派が学ぶべき点なのかもしれない。

 

  

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第31回
「脱原発」を超えたところにある本質~函館市による大間原発訴訟が始動
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    地方は、国が決めたことに黙って従わなくてはならないのか――。例えば(現在も急ピッチで基地建設計画が進行中ですが)沖縄の米軍基地問題などにも当てはまる、非常に重要な問いかけだと思います。だからこそそれは、「その地域だけの問題」ではないし、「中央」に近いところに暮らす人にとっても、他人事のままであっていいはずがない。引き続き、注視していきたいと思います。

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小石勝朗

こいし かつろう:記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。 共著に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)。

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