小石勝朗「法浪記」

 のっけから宣伝めいて申し訳ないが、1年あまり前に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)という単行本を出版させてもらった。特に3・11後に、市民や自治体を中心に広がった再生可能エネルギー(以下、再エネ)による「地域発電」の状況を、全国各地にルポした。「地域発電・市民発電は素晴らしい」という賛歌にするのではなく、失敗や課題も含めて事例を多角的に浮き彫りにしたつもりだ。

 地域発電の中心となる太陽光発電の場合、神奈川県小田原市で稼働する1メガ(1000キロ)ワット級の発電所や、東京都世田谷区が始めた420キロワットの区営発電所(神奈川県三浦市)のように比較的まとまった規模のものもあるが、ほとんどは50キロワット以下の小規模な発電所だ。民間企業には約2万2000世帯分の消費電力を賄う70メガ(7万キロ)ワットの太陽光発電所(鹿児島市)もあるから到底かなわず、再エネの「量」を増やしていくうえでは役割が大きいとは言えない。

 しかし、足元の「資源」を使って自分たちのお金や労力で安全・安心な電気をつくろうとする市民や自治体の取り組みに、多くの意義があることもまた事実である。発電を事業化するために地域の特性を見つめ直したり、おこした電気の利潤や雇用を還元して地域経済を活性化したり、地元で生成し得るエネルギーに合わせてライフスタイルを変えたりすることは、まさに「まちづくり」に他ならない。再エネを起点とした営みが、そこに暮らす人たちの手で地域の将来像を構築することにつながっていくのだ。

 それに、中央の大企業が地方の自然資源で発電を行い、生み出されたエネルギーと利益を全部持ち帰ってしまうとすれば、原発の経済構造と変わらない。再エネの「量」を増やすためには企業による大規模な発電所が不可欠であるにせよ、それと対比する形で地域・市民発電は「質の再エネ」と呼ばれ、必要性の認識は定着したと言って良いだろう。

 ところが、そこに激震をもたらしたのが、電力会社による再エネの新規受け入れ中断だった。それがきっかけとなって、固定価格買取制度(FIT)の運用が見直されたのだ。

 ご存じのように、FITとは、太陽光や風力、水力、地熱、バイオマスの自然エネルギーでおこした電気を最長で20年間、決まった価格で全量買い取るよう電力会社に義務づけた制度で、2012年7月に施行された。長期にわたって売電の利益が保証されるので再エネ事業の収支見通しが立てやすくなり、太陽光をはじめとする再エネ発電が広がる大きな要因になった。地域・市民発電が普及したのも、FITがあってこそだった。

 再エネの新規受け入れ中断、正確には「接続申込みに対する回答保留」問題は、昨年9月下旬に九州電力で表面化した。数日後には北海道電力、東北電力、四国電力も同様の対応をしたほか、沖縄電力も接続申込みが接続可能量の上限に達したと発表した。太陽光発電は天候によって発電量が変動するので、接続量が急に増えると電力の安定供給に支障が出る、というのが理由だった。これを受けて経済産業省は12月18日に「固定価格買取制度の運用改善について」をまとめ、翌19日からパブリックコメントが実施された。

 ところが、その3日後、パブリックコメントの最中の12月22日、経産省は上記5社に北陸電力、中国電力を加えた電力7社を「指定電気事業者」にしたと告示する。

 FIT法(電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法)の施行規則は、500キロワット以上の太陽光・風力発電所を対象に、電力会社が年間30日を超えて出力を抑制する=発電を一時的に止める場合は、金銭的な補償をしなければならないと定めていた。しかし、指定電気事業者になった電力会社は、太陽光発電所に対して「無制限」に出力抑制を求めることができ、損害の補償もしなくて良くなるのだ。

 逆に見ると、7社管内で太陽光発電を始めようとする事業者は、無制限・無補償の発電停止を受け入れなければ電気を送電線につないでもらえない。つまり、電気を買い取ってもらえないわけだ。しかも、家庭用まで含むすべての太陽光発電所に適用される。

 「このままでは市民発電は全滅する」

 地域・市民発電を含めた再エネ事業の現場に詳しい水上貴央弁護士は、日本弁護士連合会(日弁連)が1月下旬に国会議員会館で開いた学習会で、こう警鐘を鳴らした。

 水上氏によると、従来のような30日間までの出力抑制であれば、仮に最大限に実施されたとしても売電収入の減少は8%超の見通しで済んでいた。しかし、出力抑制が「無制限・無補償」になることで、仮に年間60日間実施されるとすれば、優良な太陽光発電所でも21%、一般的な太陽光発電所では23%の減収になると試算されるという。発電量が平均的な4、5月の数字で試算しているので、夏場に出力を抑制されればもっと減るとみられる。

 これをもとに長期収支を計算すると、一般的な発電所では金融機関の融資が不可能なレベルの採算になり、優良なケースでも融資は難しいレベルになるそうだ。ちなみに、地域・市民発電への融資は、事業の収益予測をもとに、その発電事業の資産だけを担保とする「プロジェクト・ファイナンス」という方式によっている。

 「実際には出力抑制はそれほど行われないでしょう。でも、最悪で10%以上売り上げが減る可能性があれば融資は受けられない。つまり、市民発電は成り立たなくなる。一方で、資本力のある大企業は事業を続けることができ、FITによる利益を独占できることになる。不平等な仕組みです」(水上氏)

 「指定電気事業者」についても法的に大きな問題があるという。同じ学習会で江口智子弁護士が解説した。

 FIT法では、電力会社は再エネ事業者からの送電線への接続要求を原則として拒んではいけない、とされている。同法施行規則は電力の供給が需要を上回る見込みであっても再エネの給電を優先する旨を定めており、電力会社はまず火力発電などの出力を抑制するといった措置を取らなければならない。それでも供給が上回る時に限って、年30日間まで再エネの出力抑制が認められていた。再エネ事業者の予測可能性を確保し、多様な主体が事業に投資しやすくすることで再エネを広げるのが目的だ。

 ところが、無制限・無補償での出力抑制が可能となる制度が電力7社に適用されることで「FIT法の趣旨が骨抜きにされた」と江口氏は指摘した。

 そもそも、指定電気事業者の制度が設けられたのは、FIT施行後の2013年のことだ。北海道に大規模な太陽光発電所が集中して受け入れが限界に近づきつつある、というのが理由だった。資源エネルギー庁も当時のパブリックコメントで「北海道管内に限った例外的措置」「北海道電力に接続を行おうとする太陽光発電設備のみを想定」と答えている。にもかかわらず今回7社も指定したことについて何ら説明がなく、「告示には違法の疑いがある」という。

 「指定電気事業者は、FIT法の制定時には想定されていなかった制度。無制限・無補償の出力抑制が可能になることで、電力会社の再エネ接続義務の原則と例外が逆転してしまった。この点については国会でも議論されておらず、制度自体にも違法の疑いがあります」(江口氏)

 さらに制度の問題点として、①指定の要件が厳格に決まっておらず、電力会社の主張する接続可能量を追認した判断になっている、②再エネ発電の事業者だけが一方的に不利益を受ける、③指定を解除する要件は定められていないので、出力抑制の必要性が乏しくなっても恣意的に継続されるおそれがある――を挙げている。

 それから、今回のFIT運用見直しにあたって電力会社が再エネの「接続可能量」を算定する際に、7社のうち原発を持つ6社が自社管内にある全原発の稼働を前提にしていることにも批判が集まっている。建設中の原発や、活断層が走っていたり老朽化したりで再稼働が困難視されている原発まで入れているのには、どう考えても首をかしげざるを得ない。再エネに割り当てられたのは原発や火力、水力発電などを引いた残りで、仮に原発の再稼働を認めるにしても、たとえば40年廃炉ルールを徹底すれば再エネの接続可能量は増えるからだ。

 ちなみに、資源エネルギー庁の担当者は2月中旬の国会エネルギー調査会(準備会)で、「FITは再エネの買い取りを保証する制度なので、リアルな制度設計が必要だ。接続可能量は暫定値であり、電源構成の見直しで再エネの比率が上がれば割当量も増える前提になっている」と説明していたが……。

 太陽光発電をめぐっては、もう一つ重要な論点がある。

 新年度(2015年度)のFITの買取価格が3年連続で下落することが、2月24日に開かれた経産省の調達価格等算定委員会で固まった。10キロワット以上の太陽光発電の買取価格は、4月から1キロワット時あたり29円に、FIT施行3年となる7月からは27円になる。制度が始まった2012年度は40円、13年度は36円、今年度は32円だった。ソーラーパネルなどのコストが下がり、発電効率は上がっているとはいえ、大幅な減額には違いない。

 4月、7月と2段階でダウンするのは、FIT法の附則に「制度開始後3年間は、再エネの集中的な利用拡大を図るため事業者の利潤に特に配慮する」と記されており、逆に3年経ったので優遇はやめるという論理からだ。再エネの買取価格は電気料金に転嫁されて消費者が負担することを考えれば、「量の再エネ」にとってはやむを得ないことと言えるかもしれない。

 ただし、10キロワット以上の太陽光発電の買取価格はすべて、1メガワット以上の大規模発電所のコストをもとに算定されていることに注意が必要だ。前述したように地域・市民発電は小規模なものがほとんどだからスケールメリットと縁遠く、不利な条件に置かれている。地域・市民発電の事業者や自治体は、たとえば500キロワット未満の太陽光発電の買取価格を別区分にするよう経産省に求めてきたが、顧みられる気配はない。

 地域・市民発電にとって、さらなる買取価格のダウンは指定電気事業者制度とともに、まさにダブルショックなのだ。

 どうすれば良いのだろうか。

 電力の安定供給や電気料金の急激な値上がり回避のために、「量の再エネ」のペースを落とすことは避けられないのかもしれない。そうだとしても、前述した「質の再エネ」の意義に鑑みて、「量」とは別の枠組みで、地域発電・市民発電を後押しする国の制度を整備したい。そのための働きかけを強めていく必要がある。

 しかし、現段階で制度化の実現可能性が小さいとするならば、厳しい状況を前提として、悪条件の下でも事業として市民主導、地域主導でやっていけるビジネスモデルを作るしかない。それなしでは、これから地域発電、市民発電に参入したり、取り組みを拡大したりしようとする市民や自治体は出てこないだろう。地域・市民発電にかかわる市民や自治体はもちろん、多分野の専門家の英知を結集するべき時なのだと思う。

 地域・市民発電は新たな局面に入った。まさに正念場である。

 

  

※コメントは承認制です。
第43回
このままでは市民発電は全滅する
」 に5件のコメント

  1. 電気自動車を普及させて、料金は天候変動制にして、天気のいい日の昼間はタダ、雨の日は単位あたり50円、夜は100円とかにすれば、みんな電気が余ってる時に充電するから、それで解決…できないかな??

  2. 鈴木耕さんは「再生可能エネルギーへの不当な扱い。原発再稼働への動きが、自然エネを抑圧する、という構図。→このままでは市民発電は全滅する│小石勝朗「法浪記」 」と紹介しているけれど、小石さんは原発再稼動について一言もこの稿では言及していない。まるで鈴木耕版の「安倍話法」だ。https://twitter.com/kou_1970/status/570476884355637249

  3. countcrayon より:

    解説が具体的で問題点の所在がわかりやすかったです。ありがとうございます。古賀茂明さん言うところの「改革派官僚」の皆さん、もうちょっと踏ん張ってくれねえかなあ……、っても究極は皆さんのボスを(制度がインチキ臭いわ、マスコミは抱き込まれてるわ、とは言え)選挙で選んじゃってる国民の問題なんですけども。

  4. とろ より:

    固定で買い上げてくれると思って投資した個人は可哀そうでしたね。
    まぁ投資ですから,しょうがないですけど。

  5. ピースメーカー より:

    >しかし、現段階で制度化の実現可能性が小さいとするならば、厳しい状況を前提として、
    >悪条件の下でも事業として市民主導、地域主導でやっていけるビジネスモデルを作る
    >しかない。それなしでは、これから地域発電、市民発電に参入したり、取り組みを拡大
    >したりしようとする市民や自治体は出てこないだろう。地域・市民発電にかかわる市民
    >や自治体はもちろん、多分野の専門家の英知を結集するべき時なのだと思う。

     論文としての起承転結が明瞭であり、全般を通して冷静で知性的ですが、特に良いのが「結」で書かれた上記の記述でしょう。
     この記述で、小石勝朗氏が俯瞰的視野の保有者であるという事が、一般庶民でも一目瞭然です。
     「俯瞰的視野を保持していれば、その論文の書き手がどのような価値観の保有者であろうとも関係なく、一度は傾聴に値する」、という事を実証している人間の一人が、小石氏ではないでしょうか?
     「反知性主義」という批判をする人間は、「反知性主義」というレッテルを他者に張るのではなく、小石氏の様な論文を次々に他者に向けて送り出せば良いのです。

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小石勝朗

こいし かつろう:記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。 共著に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)。

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